第7話 再会

「……あれ?」


目が覚めると、懐かしい景色が広がっていた。湖にボート、そして綺麗な星空。

……見れた。あの夢だ!それより、翠は?


「……いない?」


ボートには、私しか乗っていない。

人の気配は……あれ?


「翠?」


辺りを見渡してみると、奥にもう一つ、ボートが浮かんでいた。そこには、一人、紺色のブレザーの制服を着た男の子が座っている。

……間違いない。


私は、櫂を手に取り、そのボートに向かって漕ぎ進めた。

そして、ボート同士が"ゴン"と音を立ててぶつかる。

その衝撃で、彼は肩を震わせてこちらを振り向いた。


「……あれ?芽衣?どうして?」


「翠だ……翠!」


私は、自分の乗っていたボートから翠のボートまで、思い切り飛んび込んだ。

そして、翠に抱き着こうと手を広げる。翠は戸惑いながらも手を広げ、私を抱きしめてくれた。

……あれ?私、翠に触れてる?


「どうしてここに?」


「濱夏橋に行ったの。花を添えたら、なんか眠くなっちゃって」


「濱夏橋……って、どうしてそこが?」


「勝手にごめん。翠の制服から濱夏高校が分かったの。会いに行こうとしたら、教えてもらったんだ。眼鏡の子と、金髪の子に」


すると、翠は目を見開き、目を伏せた。


「あいつらが……それより、来てくれたの?濱夏に」


「うん。迷惑……だったよね」


「全く迷惑なんかじゃないよ。ありがとう、芽衣」


翠は、再度私を優しく抱いてくれた。

あぁ、幸せだ。翠に触れることができるなんて__


「……あれ?」


「どうしたの?翠……」


突然翠が口調を変えたため、顔を見ると、青ざめて私の身体を見つめていた。


「芽衣、僕に触れてる?」


「え……今更?なんか、さっき触れるようになってたんだよね。不思議」


すると突然、翠は私の身体を押し、ボートの端からから落とそうと体重を乗せてきた。

私は吃驚して必死に抵抗するも、力が強くてどうしようもない。


「ちょ……翠!何、どうしたの!?」


翠の手は、震えていた。

力を込めている震えではないのが分かる。


「僕は死人だったんだ!だから僕は身体が透けて、何にも触れることができなかったんだよ!」


必死に叫ぶ翠に驚いて、内容がうまく入ってこなかった。えっと……つまり……


「君は今、死んでいるから死人の僕に触れられているんだ……いや、まだ半透明、死にかけの状態だからまだ間に合う。お願い、夢から覚めてくれ!」


私が……死んだ?

あぁそっか、確かに雨に打たれて冷たいまま寝てるもん。すごい寒かったし。

死んでてもおかしくないよね。けど__


「ふざけないでよ……私、翠に会うためにここに来たんだよ?翠に色々報告したかったの!話したかったの!なのに、どうして?死んでるならもう、どうでもいいじゃん」


「どうでもよくなんかない……それじゃあまるで、僕が君を殺したみたいだよ。まだ半透明だから、希望はある」


翠の力が、微かに弱まる。その瞬間に、私は翠の身体を押し返してボートの中心に座り込む。荒い息を整えながら、翠の目を見つめる。


「お願い、話を聞いてくれない?」


「でも……」


私は今、どのような表情をしているのか分からない。涙目になっているのは分かるけど。

そんな表情を見たからか、翠は俯いて静かに泣き始めた。


「ごめん……」


「ううん。ありがとう。えっと……

そうそう、私ね、天文学者の道を進むことにしたの。約束したの、覚えてる?」


翠は涙ぐむ瞳を見開き、微笑んでくれた。


「もちろん。約束、守ってくれたんだね」


「当たり前でしょ。指切りしたじゃん」


私は、小指の腹をスッとなぞる。

翠も小指を眺め、コクリと頷いた。


「あとね、天文宇宙検定ってやつを受ける予定なの。二級を」


「すごい、かっこいいなあ。僕も受ける予定だったんだけどね。本当に、芽衣なら叶えてくれそうだ」


翠は私の頬をそっと撫でてくれた。

その手は、優しくて、とても温かかった。


「あと、一つ言い損ねたことがあるの」


「うん、どうしたの?」


これが、翠と話せる、本当にラストチャンスかもしれない。だったら、伝えたいことは全て伝えておく。私が一番伝えたいこと__


「私、翠のことが好き。大好き。…私と、付き合ってくれませんか?」


ぬるい風が、私達を横切った。ゆらゆら揺れる翠の髪を見つめていると、翠は俯いて口を開く。


「……僕も、芽衣のことが好き。付き合いたいよ」


その声は震えていて、掠れていた。私は翠の手を取る。

けれど、その手は翠の意志で、スッと私の手から抜けた。


「けど、ごめん。付き合うことはできないよ」


「そんな…どうして?」


翠は少し躊躇い、月を眺める。そして、私の肩にポンと優しく手を置く。


「……僕は死人なんだよ。例え付き合っても、君の今後に影響はさせたくない。僕より素敵なんて、沢山いるんだから」


「私は翠がいいの。翠じゃなきゃ駄目なの。ずっと、翠のことを考えてきたのに」


すると、翠の瞳から涙が垂れてきた。そして、唇を噛み締め、私を見つめる。


「……僕だって、付き合いたい。けど、僕のせいで君が、芽衣が自由な恋愛を出来なくなったら、僕も耐えられないよ」


「それでもいい。私、恋なんてしたことなかった。けど、翠にだけ、特別な感情が芽生えたの。お願い、私と付き合ってください」


気付けば、私の瞳からも涙が零れ落ちた。翠は私を見つめ、困った顔で微笑んだ。そして、小指を差し出す。


「じゃあ、約束。もし、君が、僕よりも良い人を見つけて、恋をしたら……僕のことなんか気にせず、次の恋に進んでね」


「そんなこと、有り得ないよ。けど、付き合ってくれるのなら何でも良い、お願いします」


私は、翠の小指に自分の小指を絡める。

そして、"指切りげんまん"と唱える。

翠は微笑んだあと、ボートの端に立ち上がった。


「じゃあ、終わりにしよう」


「……え?」


「今まで、ありがとう。芽衣」


翠はこちらを振り返り、天使のような微笑みを見せた。

そして段々と後傾していき、気付けば音を立てずに、湖の中へ沈んでいった。

私は迷わず、翠に手を伸ばす。そしてその勢いのまま、湖へ落ちて行く。


手で水をかき、翠に向かって思い切り手を伸ばす。何故だろう、全く苦しくない。

夢の中だからかな。……しかも温かい。

そして、やっと翠の手に、私の手が届いた。なのに、触れることはできなかった。感じるのは、ひんやりとした冷気のみ。

それに気付いた翠は、優しく微笑み、涙とともに水へ、段々と溶けていった。ああ、いなくなっちゃう。


「世界で一番、愛してるから!約束、守るから!見ててね!翠!」


最後に力を振り絞り、そう叫んだ。

翠に聞こえたかは分からない。けれど、きっと届いた。そう信じてる。

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