第5話 濱夏橋転落事故

「次は、長野__」


駅のホームで買った弁当を片手に、そのアナウンスが流れる新幹線の中でふと考える。

長野は次だ。翠に会ったら、なんて言おうかな。"久しぶり"…"会いに来ちゃった"…

それとも__


「……好き?」


いやいや、流石に引かれる。ていうか、それ以前に翠は私のこと知ってるのかな。

――――――――――――――――――――

スーツケースを引きながら改札を出る。

ここからバスに乗って、濱夏へ向かう予定。


「今は十八分で、二十分のバスに乗るから……あと二分!?やばいやばいやばい!って、バスどこ!」


「あっち……ですよ。すぐ着きます」


独り言を呟いていると突然、杖を持ち、腰を曲げたお爺さんが指をさして教えてくれた。

目は細いけれど、確実に私を見てくれている。

お爺さんの指の先には、確かに看板がある。


「あ、ありがとうございます!」


私はお辞儀をし、駆け足でその看板に向かう。…頼む、間に合ってくれ!

―――――――――――――――――――― 


「ご乗車、ありがとうございましたー」


ギリギリバスに間に合い、約一時間。

山に囲まれた、新鮮な土地へやって来た。辺りは緑で囲まれている。こんな私でも、自然を感じる。

空気が美味しいって、こういうことかぁ。

私は思い切り空気を吸って肺に空気をため、ふぅと空気を吐き出す。

……まだ、終わりじゃない。同じタイミングで降りたバスの乗客を探し、問いかける。


「あの、すみません。濱夏高校ってどこですか?」


「濱夏高校ですか……あの交差点を左曲がって……いや、右だったかな……」


声が小さくて全く聞き取れない…一番若そうな人を選んだけど、これかあ。年寄のほうが土地に詳しかったかな。


「あ、あの人に聞いたらどうですか?交差円渡ってる人、濱高の生徒さんですよ」


交差点の方へ視線を移すと、翠が着ていた制服と同じ制服を着た男子が二名、信号を渡るように歩いていた。

翠のこと、何か聞き出せるかもしれない。見失わないうちに、聞きに行かないと。


「ありがとうございます!」


私は、交差点へ向かって駆け足で向かった。色々ギリギリだ。信号、間に合うかな…


「あ、あの!濱夏高校の……生徒さん!」


荒い息を整えるように、胸を抑えながら呼びかける。

すると、片方がこちらを振り向いてくれた。翠では…ないけど。


「えっと…僕達のことですか?」


「ん?なに?」


一人は、眼鏡をかけた真面目そうな子。

もう一人は、金髪のやんちゃそうな子。真逆の見た目に驚きながらも、コクリと頷く。


「えっと、人を探しているんです。翠っていう、濱夏高校の綺麗な顔立ちの人を知りませんか?」


大きな期待を込めながら、そう問いかける。すると、その彼らは顔を見合い、複雑そうな表情でこちらに視線を戻す。


「…それは、夜城翠のことですか?」


「夜城……ですか。すみません、苗字まではまだ分からなくて」


すると、金髪の子がこちらにスマホの画面を向けてきた。写っていたのは仲良さそうに笑う男子三人。今ここにいる真逆の二人と__


「翠……そうです、その人です!」


この二人は翠の友達…なのかな。よかった、これで翠に会える!


「あー、あのベンチに座りましょうか」


眼鏡の子が、自販機の隣にポツンと置かれた、二人程が座れる小さなベンチを指さす。


「俺は立ってるんでどうぞ。ほら、お前座っとけ」


金髪の子がベンチの裏へ周り、眼鏡の子を引っ張り、無理やり座らせる。

眼鏡の子は少し不満そうな顔をして、ベンチに腰掛ける。私も、スーツケースを横に置いて腰掛けた。


「濱夏橋の転落事故、知ってますか?」


「ああ……そのサイト、見かけました。濱夏高校の生徒が亡くなったっていうやつですよね」


「え、見たんすか?」


「いえ、見出しだけ。事故とか、そういうの苦手なんです」


彼らは同時に顔を見合う。

口は全く動いてないけれど、何か会話をしているように見えた。少なくとも、何かを伝え合っている。

金髪の子がコクリと頷くと、眼鏡の子はため息を付いて俯き、私の視線から目を逸らす。


「翠は、その被害者なんです」


「…え?」


…今、なんて言った?気の所為だろうけど…翠が…被害者って…そんなこと…


「その日、近くの公園で花火大会があって。翠、写真撮ることが好きだったんです。花火が見えて人目の少ない穴場、濱夏橋で花火を撮ってたらしいっす」


……嘘だ。


「その時、濱夏橋の老朽化が原因で床が抜けて…翠はその時に」


「翠の墓でも行きます?」


「おい…お前な…」


「行き……ます。行かせて下さい」


きっと、何かの冗談だ。墓を見れば、分かるはず。だって、話したんだもん。

翠と、沢山、色んなことを、話したから。

彼らは立ち上がり、歩き始めた。私もスーツケースを手に取り、二人について行く。

数分歩いたところで、墓地に着いた。奥の方へ歩いていると、『夜城家』と書かれた、ツルツルした立派な墓が建ててあった。


「ここです」


……違う。そうだ、私が話したのは夜城翠ではない。苗字が違う、別の翠だ。

あの写真も、きっと翠に似た、いわゆるドッペルゲンガーとかいう__


「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


――――――――――――――――――――


「……すみません」


墓地の中のベンチに座り、缶コーヒーを両手で握る。彼らも、ペットボトルのキャップを開け、プシュっと音を立てる。


「いえ、お気になさらず。……こんなこと聞いていいのか分かりませんが、翠とはどんな……?」


「夢の中で、翠と話したんです。将来の夢、とか」


「夢……ってどういうことっすか?」


私は、彼らに全て話した。突然、夢で翠に会ったこと、星空の下で色々なことを語ったこと、翠に触れることができなかったこと、翠と一つの約束をしたこと。


「制服を頼りに、ここまで来ました。今更考えれば、翠に私が分かるとは思いませんよね」


引きつる頬を動かし、彼らに微笑みを見せる。けれど、きっと、上手く笑えていない。


「天文学者、確かにあいつの夢でした」


「よく濱夏橋で星見に行かされたよな。プラネタリウムとかも散々行かされたっけ」


「お友達、なんですか?」


「そうですね。詳しく言うと"幼馴染"というのでしょうか」


幼馴染ということは、翠との面識がかなり深い人たちだ。聞けることがあれば、今のうちに聞いておこう。……けど、何を聞けばいいんだろうか。


「私、寝てきます」


ベンチから立ち上がり、歩き始めると、手首を掴まれた。


「待ってください、え、どこでですか?」


「墓の前で」


「いやいやいや!流石にそれは……」


「でも!」


振り返ると、彼らは困ったような顔でこちらを見つめた。どこか"心配"されているような気もする。


「……今日は終わりにします。ありがとうございました」


掴まれた手をそっと引き、スーツケースを掴んで墓地から出た。どちらかに何か話しかけられたような気はしたけれど、何も頭に入ってこなかった。

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