第3章:百円ライターが金貨になる日

 レトルトカレーと絆創膏の一件で、俺はミリス村の英雄、あるいは神の使いとして扱われることになった。村長である、例のカレーに感動した老――ギルマスさんから、村に滞在してほしいと強く懇願された。

「悠斗殿、どうか我々に、あなたの持つ素晴らしい知恵と道具をお分けくだされ!」

 ギルマスさんはそう言って、深々と頭を下げた。村人たちも、期待に満ちた目で俺を見ている。

 断る理由はなかった。むしろ、ここを拠点に商売の足がかりを作るのは、願ってもない話だ。

「分かりました。俺にできることなら協力します。ただし、俺は商人です。タダというわけにはいきません」

「もちろんです! 我々が出せるものなら、なんでも!」

 こうして、俺の異世界での最初の商売が始まった。俺が拠点として提供されたのは、村で一番マシな空き家だ。そこに、俺は次元倉庫から持ち込んだ商品を並べ、即席の店を開いた。

 並べたのは、日本の百円ショップやホームセンターで手に入るような品々だ。

 まず、カッターナイフ。これまで粗末なナイフで木を削っていた村人たちは、刃をスライドさせるだけで新品の切れ味が手に入るカッターに度肝を抜かれた。木工細工の効率が劇的に向上したのは言うまでもない。

 次に、LEDマジックライト。夜は松明か蝋燭の明かりしかないこの村で、スイッチひとつで昼間のような光を放つ懐中電灯は、魔法そのものだった。特に夜警の若者たちから絶大な支持を得た。

 そして、インスタント食品。カップ麺やフリーズドライの味噌汁、スープの素。お湯を注ぐだけで完成する手軽さと、その豊かな味わいは、村の食文化に革命を起こした。火の管理が楽になり、調理時間が大幅に短縮され、主婦たちは大喜びだ。

 これらの商品は、村人たちの生活を根底から変えていった。作業効率は上がり、生活にはゆとりが生まれ、村全体が活気に満ちていくのが目に見えて分かった。


 問題は、対価だ。

 この村には、俺が現代で使えるような通貨はない。彼らが持つのは、この世界の通貨である銅貨や銀貨、そして金貨だ。それ自体も貴重だが、俺が欲しいのはそれだけではない。

「ギルマスさん。お金もありがたいですが、この村にしかないような珍しいものはありませんか?」

 俺の問いに、ギルマスさんはうーんと唸った後、村の蔵へと案内してくれた。

 蔵の中には、村で採れる鉱石や、冒険者が魔物を倒して持ち帰った素材などが保管されていた。

「これは『輝石』といって、夜になるとぼんやり光る石です。装飾品くらいにしかなりませんが……」

 ギルマスさんが見せてくれたのは、手のひらサイズの石だ。昼間はただの石だが、暗闇では確かに淡い光を放っている。鑑定スキルなんてものはないが、直感的にこれは現代に持ち帰れば高く売れるかもしれないと感じた。

「こっちは、『魔狼の牙』ですな。硬くて加工が難しいですが、武具の素材になります」

「なるほど……」

 俺はそれらの品と、現代グッズの交換レートを自分なりに設定していった。

 例えば、百円のLEDライト一つが、銀貨五枚。あるいは、輝石三個と交換、といった具合だ。村人たちは、それでも安すぎると口を揃えた。彼らにとって、それは生活を変える魔法の道具なのだから。

 そんなある日、ギルマスさんが申し訳なさそうに、一枚の羊皮紙を持ってきた。

「悠斗殿、これくらいしか価値のあるものがないのですが……。これは、村の創始者が残したという、古代の魔導書の一部でして……」

 それは、俺には読めない奇妙な文字でびっしりと書かれていた。どう見てもただの古い紙切れだ。

「俺には価値が分かりませんが……いいんですか?」

「ええ。我々には使い道が分かりませんので。もし悠斗殿のお役に立つのであれば」

 俺はその魔導書を、ライター十個と交換した。火打ち石で苦労していた村人たちにとって、ボタン一つで火がつくライターは、それこそ奇跡の道具だったからだ。

 後日、この何の気なしに手に入れた魔導書が、俺の運命を大きく左右することになるとは、この時の俺は知る由もなかった。

 商売は順調だった。次元倉庫には、金貨や銀貨、宝石、そして輝石や魔狼の牙といった異世界の特産品が着実に増えていく。

 俺は定期的に日本に帰還し、ホームセンターや業務用スーパーで商品を仕入れ、ミリス村で販売する。このサイクルを繰り返すだけで、俺の資産は雪だるま式に増えていった。

 元商社マンとして、これほどイージーな商売はない。需要と供給が完全に一方通行なのだから。

 だが、そんな俺の独占市場が、いつまでも平穏であるはずがなかった。ミリス村の急な発展は、良くも悪くも、周囲の注目を集め始めていたのだ。

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