異世界誘拐事件録 第3巻

明智吾郎

ChapterⅠ 明晰夢

第1話 夢世界

二週間後、岡山県某所――山間にひっそりと佇むキャンプ場。


雪やルイを救い出したあの日から、すでに二週間が経っていた。

悠は久しぶりに趣味のキャンプへと繰り出し、澄んだ空気と静寂の中で心を解きほぐしていた。焚き火の残り香が夜気に溶け、虫の声が遠くで響く。


「……ふぅ、やっぱりこういう時間だよな」

独りごちて、再びマットに寝転がる。まぶたがじわりと重くなり、意識が水底へ沈んでいく感覚。悠はテントの外を軽く片づけ、ランタンを消すと、静かに目を閉じた。


――チュン、チュン。

小鳥のさえずりが耳に触れる。


「……ま、まぶしい……」

まぶたを開けた瞬間、息を呑む。そこには、一面の花畑が広がっていた。風に揺れる花々が視界いっぱいに広がり、淡い香りが鼻をくすぐる。


「ここは……どこだ? 何が起きた……?」

戸惑いながら辺りを見渡すと、自分以外にも大勢の人々が立ち尽くしていた。ざわめきと困惑が空気を満たしている。


「おい、探偵。気がついたみたいだな」

低く響く声に振り返る。そこに立っていたのは、二週間ぶりに見るクライス王の姿だった。


「えっ……なんであんたがここに……!」

「理由はわからん。ただ、どうやらここにいる者は皆、眠るとこの花畑に飛ばされるらしい」


――キィィーン。

突如、耳の奥を裂くような耳鳴りが走った。


「うっ……!」

「お前もか?」

「……あんたも?」


次の瞬間、脳内に直接、澄んだが不気味な声が響く。


『おはようございます。皆様には、ここで犯した罪を償っていただきます』


「は……?」


――ドン、ドン、ドン!

大地を打つ衝撃音が立て続けに響き、空から何かが降ってきた。見上げた悠は息を呑む。


それは、人骨で形作られた怪物だった。

骸骨の群れが、花畑のあちこちに叩きつけられるように降下し、カタカタと顎を鳴らしながら立ち上がる。


「骨が……歩いてやがる……!?」

「市民が巻き込まれる……私は市民の救助に向かう。君は――なんとか生き延びてくれ」

「……無茶を言うなよ」


ポケットを探ると、拳銃とポケットナイフが手に触れた。拳銃には弾が六発、予備はない。


「案外もろそうな骨だ……ナイフでもいけるか」

「じゃあな。生き延びろよ、探偵」

クライスはそう言い残し、剣を抜いて駆け出していった。


骸骨たちが剣を振りかざし、迫ってくる。顎の骨がカタカタと不気味な音を立てた。


「……骨共が。バラバラにしてやるよ!」

悠はナイフを握り直し、低く構えて骸骨の群れに向き合った。

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