第3話 笹川トメ氏への聞き取り(1)

忘れられた日本の足跡

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土地が記憶する名、『オイカガミ様』について


カテゴリ: フィールドワーク , 現代民俗学 , 赤坂田市

投稿日時: 2025年8月14日



厳しい酷暑が続いております。こんばんは、久坂部です。 前回の記事で、古くからの住民の方への聞き取り調査の難しさについて吐露しましたが、その後、赤坂田市役所の福祉課にご協力いただき、再開発地区にニュータウンが造成される以前からお住まいだったという、笹川ささがわ トメさんという方にお会いする機会を得ました。


今回は、その聞き取り調査のご報告です。そして、この調査で、私は初めてこの土地に眠る謎の核心に触れることになりました。


【以下、今回の報告は、聞き取り調査の記録とその内容に関する私の考察という、二部構成でお届けします。】


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パート1:インタビュー記録

日時: 2025年8月12日 14:00 - 15:00

場所: 特別養護老人ホーム「あさなぎの丘」面談室

対象者: 笹川 トメ氏(88歳・女性)

※赤坂田市役所福祉課の紹介による。再開発地区にニュータウン造成以前から居住していた数少ない存命者の一人。


【記録開始】


久坂部: 笹川さん、はじめまして。本日はお時間をいただきありがとうございます。大学で民俗学を研究しております、久坂部と申します。


笹川: まあ、大学の先生が。こんな婆さんのところに、なんの御用かね。


久坂部: 先生だなんて、とんでもないです。今、笹川さんが昔お住まいだった、あのニュータウンのあたりが出来る前の土地の歴史について調べておりまして。昔の暮らしの様子などを、少しお伺いできればと。


笹川: ああ、あの山の…。もう、なんにも残ってないだろう。ぜーんぶ、綺麗になっちまって。ワシらが子供の頃は、見渡す限り田んぼと、あとは湿った林があるだけだったよ。夏は蛍がすごくてねぇ。


久坂部: 蛍ですか。綺麗だったでしょうね。


笹川: うん。だけどね、あんまり奥のほうへは行っちゃいけないって、きつく言われてた。


久坂部: 奥、ですか。


笹川: そう。特に、古い井戸が三つあったあたりはね。あのへんは、オイカガミ様の土地だったからねぇ。


[ここで初めて「オイカガミ様」という単語が出る。私は聞き返す。]


久坂部: オイカガミ様、ですか? どのような字を書くのでしょうか。


笹川: 字ぃ? さあねぇ…そんなもん、誰も知らんよ。ただ、みんなそう呼んでただけだ。偉い神様なんだか、怖いもんなんだか…。でも、悪さはしないように、毎年小さいお社にお神酒だけは供えてたね。


久坂部: そのお社や信仰について、もう少し詳しくお伺いしても…


笹川: ……。 [笹川氏、急に口を閉ざし、窓の外へ視線を移す。表情が険しくなる] あんた、あそこの再開発のこと、調べてるんだってね。


久坂部: は、はい。それで、失われた文化や信仰を記録しておきたいと…。


笹川: やめときなさい。ろくなことにならんよ。 [声のトーンが一段低くなる] 神様の目を、土で塞いじまったんだからな、あの時に。祟りでもなけりゃいいが、と今でも思うよ。


[私は、彼女が言及した「あの時」が、ニュータウン造成時を指していると推測。しかし、彼女はそれ以上その話題に触れることを拒むかのように、不意に全く別の話をし始めた。]


笹川: ワシが…そうさね、七つか八つの頃だったかねぇ。隣の家のタケ坊が、いなくなったことがあってね。


久坂部: いなくなった…神隠し、のようなものでしょうか。


笹川: 神隠し…そうさね、みんなそう言ってたよ。あの子は、あの古い井戸のあたりで遊ぶのが好きでね。夕方になっても帰ってこないもんだから、村中の男衆が松明を持って山を探したけど、どこにもいない。結局、三日後に、井戸のすぐそばの沼で、履いてた片方の草履だけが見つかったんだ。


久坂部: ……それは…。


笹川: 村の年寄りはみんな言ってたよ。「オイカガミ様に、連れていかれたんだ」ってね。


[私は、二つの話の関連についてさらに尋ねようとしたが、ここで施設の職員の方が面会時間の終了を告げに来た。笹川氏は私を見送る際、思い出したように、しかし強い口調でこう言った。]


笹川: あんたも、面白半分で首突っ込むんじゃないよ。特に、井戸には近づくんじゃない。……「見られちまう」からね。


【記録終了】


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パート2:考察

今回の聞き取り調査は、わずか一時間でしたが、極めて重要な示唆に富んでいました。特に、以下の二点は今後の調査の核となるでしょう。


1. 未知の信仰「オイカガミ様」について

笹川氏の発言から、この地域に「オイカガミ様」と呼ばれる、公的な記録には残らない土着の信仰が存在したことが明らかになりました。

その性格は「偉い神様か、怖いものか分からない」と曖昧で、畏怖と親しみの二面性を持っていたことが伺えます。


2. 「神隠し」と土地開発

笹川氏の語った「神隠し」の伝承は、この土地の持つ、ただのどかではない一面を物語っています。そして、最も重要なのが、「神様の目を土で塞いだ」という彼女の言葉です。

もし、ニュータウン開発が、この「オイカガミ様」の聖域を破壊する行為だったとしたら? そして、今回の再開発が、その封印を再び解く行為だとしたら…?


「オイカガミ様」と「神隠し」。そして、土地の開発。

この三つの要素が、赤坂田市の「歴史の空白」を埋める鍵であると、私は確信し始めています。


次回は、この「オイカガミ様」という謎めいた存在について、私なりの考察を深めてみたいと思います。


(久坂部 誠)

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