宮澤千早のおせっかいが世界を救う(予定)
志乃原七海
第1話:宮澤千早は星屑を拾う
第一話(神話レベル再構築版):宮澤千早は星屑を拾う
東京というコンクリート・ジャングルで、宮澤千早(23)はひとつの法則を信じて生きていた。それは「世界は、誰かがおせっかいを焼かなければ回らない」という法則だ。
後輩の山崎くんが抱えたデータ入力地獄。彼女はそれを、迷子の猫を助けるくらいの気軽さで片付けた。フロアに響く感謝の声を背に、彼女は戦場を後にする兵士のようにオフィスを出る。胸にあるのは、小さな達成感と、それを誰とも分かち合えない、もっと大きな虚無感。
夜の帷が下りた街は、無数の星々のようにビルの灯りを瞬かせる。だが、そのどれ一つとして、彼女を照らしてはくれない。彼女はいつも、誰かのための光になることはできても、その光を浴びる側に立つことはなかった。
アパートの前に立ち、鍵を探す。カチャカチャと鳴る金属音は、彼女の心の空洞で虚しく反響する。見上げた自分の部屋のドアは、まるで墓標のようだ。ふいに、たまらなくなって、声が漏れた。
「……あーあ」
それはため息ではなかった。祈りに近い、魂の渇望だった。
「世界で、たった一人でいい。わたしのこと、見つけてくれる人なんて、いないかなぁ……」
その言葉が、アスファルトに吸い込まれて消えるはずだった。
その、瞬間。
「――ずっと、探していました」
背後から聞こえたのは、静かで、けれど芯のある声だった。
振り返る。そこに立っていたのは、見知らぬ青年。年は自分より少し下だろうか。パーカーというラフな格好とは不釣り合いなほど、その瞳は夜の闇よりも深く、遠い過去から自分だけを見つめてきたかのような、不思議な引力を宿していた。
「え……?」
「あなたのその『おせっかい』は、世界を少しだけ良くしている。でも、その光は、あなた自身を焼き尽くしてしまう。だから、俺が来たんです」
青年の言葉は、詩的で、非現実的で、しかし、千早の魂の最も柔らかな部分を的確に撫でた。
恐怖よりも先に、懐かしさがこみ上げた。なぜ?
「あなたは、誰かのために走り続けることで、自分の座標を見失ってしまう人だ。だから、俺があなたのための北極星になる」
彼は一歩、千早に近づく。千早は動けない。まるで、生まれた時から、この場所で彼を待っていたかのように。
「あの……」
やっとのことで声を絞り出す。
「ぼくじゃ、だめですか?」
その問いは、もはや疑問形ではなかった。
それは、幾千の時を超えて交わされる、魂の契約の確認作業。
「あなたの孤独を、半分背負わせる資格が、ぼくじゃ、だめですか?」と、そう聞こえた。
いつもの決めゼリフ「んなわけあるか!」なんて、思考の片隅にも浮かばない。
そんなもので拒絶できるほど、この出会いは、軽くない。
彼女は、まるで操られるように、ゆっくりと頷いた。
「……はい」
その一言で、世界の歯車が、カチリと音を立てて噛み合った気がした。
青年――将暉は、安堵したように、でもどこか泣きそうな顔で、ふわりと笑った。
「よかった。やっと、見つけた」
数日後。親友の早苗にこの話をすると、彼女はドン引きした顔で言った。
「はあ?何それ、新手のカルトかポエム系詐欺師じゃないの?あんた、騙されてるって!」
「違う!なんか、そういうのとは違うの!」
「どこが違うのよ!『北極星になる』よ!?普通に考えて、ヤバすぎるでしょ!」
早苗の言うことは、頭では分かる。客観的に見れば、あまりにも怪しい。
でも、千早は確信していた。
あれは、ただの出会いじゃない。
わたしは、寂しさのあまり幻聴を聞いたんじゃない。
わたしはあの日、アパートの前で、わたしという孤独な星の軌道に、引力に引かれて飛び込んできた、もう一つの星を拾ったのだ、と。
この出会いが、自分の、そして彼の、ひいては世界の何をどう変えていくのか。
宮澤千早はまだ、その壮大な物語の序章に立ったばかりだとは、知る由もなかった。
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