「月の森の異変」

平和な朝のひととき


朝日が東の山々から顔を出し、レオネス荘の広いキッチンを暖かな光で包んでいた。レオは既に起床し、愛用のエプロンを身に着けて【料理マスター】のスキルを発動させている。


「今日は何作ろうかな...あ、そうだ。新鮮な卵と...」


手慣れた様子で魔法の道具を操り、豪華な朝食の準備を始めるレオ。フライパンでは完璧な目玉焼きがジューッと音を立て、オーブンからは焼きたてのパンの香りが漂ってくる。


そんなキッチンの隅では、メリサが既に電卓を叩いていた。


「昨日の町での支出、2万3456セルン...食費の無駄遣いはないけど、やっぱり現金はすぐに借金返済に回されるのよね」


彼女の前には家計簿が広げられ、収支の計算が細かく記されている。借金999億セルンという絶望的な数字を前に、1セルンたりとも無駄にはできない現実があった。


「おはようなのじゃ...」


眠そうな目をこすりながら、リリィがパジャマ姿でキッチンに現れた。銀髪がふわふわと跳ね上がり、まだ完全に目覚めていない様子だ。


「レオお兄ちゃん、今日は何して遊ぶ?」


「おはよう、リリィ。今日はリューナが月の森に帰るって言ってたから...」


レオがそう答えると、タイミング良くリューナが姿を現した。いつもの冒険者らしい軽装ではなく、今日は珍しく故郷の民族衣装を身に着けている。深緑の布地に銀糸で月と星の刺繍が施された、ダークエルフの伝統的な服装だった。


「皆、おはよう。今日は久しぶりに村の様子を見に帰ろうと思う」


「まあ、リューナさんの故郷ですわね。私たちもご一緒させていただけますの?」


エリカが優雅な足取りで現れる。元貴族らしい上品な所作は、平民の生活を送る今でも変わっていない。


「もちろんだ。みんなに村を見せたかったからな。【神器創造】で作ってもらった『怪しいやつ自動迎撃クン』もあるし、安全だ」


リューナは少し照れたような表情を見せる。故郷を仲間に紹介するのは、彼女にとっても特別な出来事だった。


そこに、人間の姿をしたカイロスが紅茶のカップを手に優雅に現れた。


「月の森...ダークエルフの隠れ里か。竜族と友好関係にあった頃を思い出すな」


古い記憶を辿るような、どこか懐かしそうな表情をするカイロス。彼の長い人生の中で、ダークエルフとの交流があったことを窺わせる発言だった。




空の旅への提案


「あ!そうなのじゃ!」


リリィが突然手を叩いて声を上げた。


「スキルで【時空操作】するより、カイロスお兄ちゃんの背中に乗って飛んでいきたい!」


その提案に、カイロスは少し考え込むような表情を見せる。


「...リリィがそう言うなら仕方ないな」


「おお、それいいな!俺も久しぶりにカイロスの飛行を楽しみたい」


レオの目が輝く。カイロスの竜の姿での飛行を体験したことがあったが、あの爽快感は忘れられないものだった。


「燃費を考えると【時空操作】の方が効率的だけど...まあ、たまにはいいでしょう」


メリサは相変わらず計算高いが、仲間の楽しみを否定するつもりはない。


「空中散歩なんて、貴族時代でも経験がありませんわ。楽しみですわね」


エリカも期待に胸を膨らませている。




出発の準備


「よし、これで安全だ。...っと」


レオは【神器創造】を使って、飛行用の装備を作成していた。安全ベルト付きの座席を6人分、しっかりとした作りで風を防ぐ透明なカバーも付いている。


「出発進行!」


全員が元気よく答える。


カイロスは荘の外に出ると、深呼吸をした。


「久しぶりの大型化だ...やはりこの姿が一番しっくりくるな」


光に包まれたカイロスの体が巨大化していく。人間の姿から、全長10メートルの壮大な銀龍へと変化する姿は、何度見ても圧巻だった。銀色の鱗が朝日に反射して虹色に輝き、翼を広げるとその威容は圧倒的だ。


「わあああ!カイロスお兄ちゃん、格好いいのじゃ!」


リリィが手を叩いて大喜びする。


皆が背中に乗り込み、レオの作った座席にしっかりと座る。安全ベルトを締めて、いざ出発だ。




空中からの絶景


カイロスの大きな翼が羽ばたくと、一行は空高く舞い上がった。地上がどんどん小さくなり、やがて雲の高さまで到達する。


「高いところ、楽しいのじゃ!雲がふわふわ!」


リリィが手を伸ばして雲を触ろうとしている。風で髪がなびいて、まるで空の妖精のようだ。


「この景色...まるで絵画のようですわ。貴族時代には見ることのできなかった美しさですわね」


エリカは感動に目を潤ませている。地上の美しい風景が眼下に広がり、川は銀色の帯のように蛇行し、森は緑の絨毯のように見える。


「故郷が見えてきた...あれが月の森だ」


リューナが指差す方向を見ると、他の森とは明らかに異なる神秘的な森が見えてくる。深い緑の木々の間から、銀色の光がちらちらと漏れている。


「上から見るとすげぇ...本当に月の光みたいな森なんだな」


レオが感嘆の声を上げる。


「この光、魔法的な性質があるわね。【万能解析】で調べてみたら?」


メリサの提案に、レオは【万能解析】を発動させた。すると、森の情報が頭の中に流れ込んでくる。


「...月の加護を受けた古代の森。ダークエルフ族に特別な力を与える聖地...すげぇところなんだな」


「そろそろ着陸だ。掴まっていろ」


カイロスの声に、皆が座席にしっかりと身を預ける。

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