『高橋兄弟じゃなくて、立花兄弟!』

志乃原七海

第1話 『スカイラブハリケーンの立花兄弟』



第一話『スカイラブハリケーンの立花兄弟』


金曜の夜。週に一度、全てのしがらみから解放される魔法の時間。

「でさー、うちの部長がまたしょうもないことでキレてて!」

「あはは!想像つくわー!」


わたし、ユキは、目の前の親友・ミサキの話に相槌を打ちながら、キンキンに冷えたハイボールのジョッキを呷る。ぷはーっ、と喉の奥から幸せのため息が漏れた。時刻はまだ午後七時を少し回ったところだというのに、わたしの目の前のジョッキはこれで三杯目。かなりのハイペースである。


「ユキ、ちょっと飲みすぎじゃない?顔、赤いよ」

「いいの!今日は飲むって決めてたんだから!ミサキもお疲れ!」

「はいはい、お疲れさん」


カチン、とジョッキを軽く合わせる。賑やかな居酒屋のカウンター席。炭火で焼かれる焼き鳥の香ばしい匂いと、あちこちから聞こえてくる楽しげな笑い声が、凝り固まった心と体をゆっくりと溶かしていく。これだから金曜の夜はやめられない。


もう少しで空になりそうなジョッキをぼんやりと眺めていた、その時だった。

ふわり、と爽やかな柑橘系の香りが鼻先をかすめた。香水だろうか。こんなガヤガヤした居酒屋には少し不似合いな、上品な香り。

香りのした方にそろりと視線を向けると、わたしの二つ隣の席に、二人の男性が座ったところだった。


(うわ……)


思わず、心の声が漏れる。

ひとりは黒いニットを着ていて、少し色素の薄い髪がさらりと流れている。涼しげな目元は、まるでモデルのよう。もうひとりは白いシャツを腕まくりしていて、快活そうな笑顔と日に焼けた肌が眩しい。こっちは俳優か何かなのだろうか。

明らかに、この大衆居酒屋の平均レベルをぐんと引き上げるビジュアルの持ち主たちだった。


「……キ。ユキってば」

「へっ!?な、なに?」

「なに、じゃないわよ。さっきからガン見しすぎ」


ミサキがニヤニヤしながらわたしの脇腹を肘でつつく。


「ねえ?声かけちゃう?(笑)」

「やめてよ!聞こえるでしょ!」


わたしは慌ててミサキの腕をバシバシと叩く。

「い、痛いなもう(笑)」と笑いながらも、ミサキは楽しそうだ。こういう時の彼女の行動力は、時に予測不能な事態を招く。わたしは平静を装ってハイボールの残りを一気に飲み干した。


でも、やっぱり気になる。

もう一度、今度はバレないように、そっと隣の二人組に視線を送る。

黒ニットの彼と、白シャツの彼。なんだろう、この二人組……どこかで見たことがあるような……。


脳内のデータベースを必死に検索する。芸能人?雑誌のモデル?いや、違う。もっとこう……二次元的な、というか……。


あ。


「ねえ、ミサキ」

わたしは身を乗り出して、ミサキに耳打ちした。

「あれ、もしかして……立花兄弟じゃない?」

「は?たちばなきょうだい?」

きょとん、とするミサキに、わたしは確信を込めて頷く。

「そう!あの、頭文字Dの!」


わたしの言葉に、ミサキは数秒間、ぽかんと口を開けていたが、やがて状況を理解したのか、テーブルに突っ伏して震え始めた。


「ぶふっ……!あはははは!ユキ、あんた最高!」

「え、なんで笑うのよ!似てない!?」

「違う、違うよ!全然違う!」


ひとしきり笑ったミサキは、涙目になりながら顔を上げた。そして、悪戯っぽく笑いながら、わたしにこう言ったのだ。


「あれは、スカイラブハリケーン!のほうだよ!(笑)」


「……は?」

スカイラブハリケーン。その単語が脳内で処理されるのに、コンマ数秒。

わたしの思考が追いつく前に、ミサキは勝利を確信したような顔で、ダメ押しの一言を放った。


「ドリフトじゃない、ドリブルだ(笑)」


その瞬間、わたしたちの笑い声が、店内に少しだけ大きく響いた。

やばい、と思った時にはもう遅い。

隣の席のイケメン二人が、不思議そうな顔で、わたしたちの方を、見ていた。

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