第3話 「心配ご無用、です!」
コトン、と、私の目の前に氷の入った麦茶が置かれます。
「わっ、冷たいお茶ですか!? ありがとうございます! ……ってそうではなくっ! お、お構いなく……」
そんなやり取りをしてしまっているように、私は厚顔無恥にも、ご主人様のお部屋にあげてもらってしまっていました。
白状します。ひとまず上がって話を聞かせてほしいと言ってくれたご主人様の言葉に、まんまと甘えてしまいました。私の記憶が、ご主人様に残ってしまう可能性があるのに……。
で、ですが、変な別れ方をするとそれこそ妙に印象に残ってしまうかもしれません。やることは変わらないんです。きちんと事情を説明して、ご奉仕させてもらって、記憶を封印して帰る。それだけです!
ということで私は早速、目の前に座ったご主人様とお話をすることにしました。
「あ、えっと……。まずは見ず知らずの、それも『奉仕させて』なんて口走る怪しいエルフ女をお家にあげてくれて、ありがとうございます。それにお茶まで……。とっても美味しいです!」
お礼を言うと、ご主人様は特に気にするなと言ってくれます。こういう優しいところは、世界が変わっても変わらないみたいなんですよね。
「
これにはご主人様も同意みたいで、困ったように笑っています。それはそうですよね。いきなり現代日本にファンタジーを持ち込まれたら、ご主人様でなくても混乱してしまうと思います。
さて、なにからどう話しましょうか――。
「ひゃ、ひゃい!? なんでしょうか!? ……え、なんとなく地球とは違うところから来たのは分かる。けど、住む場所や食べるものはどうしているのか、ですか……?」
え、えっと、どうしましょうか。まさかご主人様の方から私に興味を持ってくれるなんて、予想外です。だって――。
「あ、あれれ……? ご主人さまが私に質問してくる……興味を持ってくれるまで、最低でもあと3回はご訪問しないといけないはず。なのに、どうして……?」
って、今はそんな疑問は後、ですね。ご主人様からの質問に答えるのが最優先です。
「お、おほん。た、食べるものはコンビニで買っています。お金は駅前で魔法を手品って言って見せると、少しだけおひねりが貰えるので……」
そう、これが私の日課です。人がたくさんいる駅前で、魔法を見せるんです。すると、気のいい人たちが少しだけお金をくれるんです。
「も、もちろん幻影魔法で普通の日本人に見えるようにしています! それに、女子高生っぽい見た目にしているおかげで、おじさん達が色んなものをくれるんですよ?」
「うちに泊まってもいいって言ってくれる人もいるんですよ! それも、タダで!」
そういうと、なぜかご主人様は一気に顔を青ざめさせます。
「えっ、泊めてもらったことはあるのか……、ですか? いえいえっ、そんなはずありません! ……里の教えで、心に決めた人以外とは同じ部屋に入ってはいけないんです!」
おかげで、優しいおじさん達のせっかくの善意も断るほかなくて――
「――って、あっ」
いま、私、とんでもないようなことを言ってしまった気がします。だって今、私はこうしてご主人様のお部屋に入ってしまっています。もしもご主人様が私の失言と現状を比べてしまったら、私のご主人様への想いがダダ漏れに……。
「〜〜〜〜〜〜っ!」
一気に顔は熱くなって、声にならない悲鳴が喉からこぼれてしまいます。
「な、ななな、なんでもありません! なのでご主人さまも深く考えないでくださいね!」
この話題を引きずるのはよくありません! 多少強引にでも、話題を変えさせてもらいます。ご主人様、すみません!
「と、とにかくっ! いま私は、駅前から少し離れたネットカフェに住んでいます。たくさん漫画と雑誌があって、翻訳魔法を使いながら読んでいたら、私も立派なオタクさんに……あは、あはははは……」
最初は地球の文字や文化を知るために読んでいたんですが、気づけば完全にサブカル沼にハマってしまいました。最近だと、寝落ちしていつの間にか1日が経っているなんてこともざらで……。
「そういうことなので、住む場所についても心配しないでください! 拾ってもらったときと違って私も、もう立派な大人のエルフなんですら!」
なんてつい口走ってしまいましたが、さすがに
それにしても、どうして今回、ご主人様はすんなりとお
いえ、実際問題、回を重ねるごとにご主人さまが私をおうちに上げてくれるまでの期間は短くなってます。やはり潜在意識の中に私という異物が混じってしまっているんでしょうか……? だとすると――。
なんて考えていると、ご主人様が声をかけてくれました。
「えっ、本当に魔法が存在するのだとして、どうして記憶を消すのか、ですか?」
それは、前回もご主人様に聞かれたことでした。そして、私の答えは決まっています。自己満足に巻き込んでしまっているご主人様の人生への影響を最小限にするため、です。
「私の恩返しとご主人さまの平穏な日々。それを両立させるための記憶処理……だったんですが。もしかするともうすでに、少なくない影響を与えてしまっているのかもしれません。だとすると、もう私はご主人様に……」
会うべきではないのかもしれない。その言葉は、どうしても声になりませんでした。
ご主人様のためなんて言っているくせに、結局、私は「ご主人様のお役に立ちたい、一緒にいたい」という自分自身のわがままを優先しているんです。そんな私に、ひょっとするとご主人様は気づいているかもしれません。
「それでも!」
私は正面に座るご主人様に顔を寄せて、少しでも私が本気なのだと伝わるようにします。
「誘拐された私を助けてくれて、食べるものと着るものをくれて……。私に“普通”を……生き方を教えてくれたのが、エプルカのご主人様だったんです。そして、その勇気と優しさはこっちでも変わらなくて……」
あれは私が、ご主人様の魂を追ってこの町に転移してきたばかりのころでした。
「地球で、言葉も通じず、文化の違いに戸惑っていた私に声をかけてくれたのも、ご主人様でした。まぁ、すぐに交番に連れて行ってもらって、警察の人の保護観察処分から抜け出すのに四苦八苦したのは良い思い出です、あはは……」
とはいえ、このご時世、名前も顔も知らない、しかも恐らくコスプレしている外国人にしか見えなかっただろう私に声をかけるのは、すごく勇気がいる行為だったはずです。なのにご主人様は、世界を超えても変わらない優しさで、私を助けてくれました。
「だから! ……って、あっ! ち、近……っ!?」
いつの間にか息がかかりそうな距離にご主人様のご尊顔がありました。このままではご主人様の過剰摂取でキュン死してしまうので、急いで距離を取ります。
「だ、ダメですよ、ウィーネ……! 私のご主人様はご主人様だけ! たとえ地球のご主人さまも優しくてすごく魅力的だったとしても、ご主人さまにはご主人さまの幸せが……あぅ~~~!」
なんて1人でやっていたら、ご主人様にめちゃくちゃ怪しむような視線を向けられてしまいました。
このままではご主人様の中で私が“変な奴”になってしまいます。いえ、まぁ、もう手遅れかもしれませんが、とにかく。
「こ、コホン! ご主人様! お腹は空いて……ませんよね。それなら部屋の掃除……は、前に私が片付けてしまったんでした。……えっ? あっ、そうなんですね、気づいたら部屋が片付いているときが何度かあった、と。それで私の記憶の魔法の話を聞いて、もしかしてって思ったんですね」
さすがご主人様です。記憶処理によって生まれる記憶の穴と、突然やってきた怪しいエルフ(私)を関連付けたみたいです。
「そ、そうなんです。お察しの通りこれまでも何度かお家にあげてもらったことがありまして、そのたびにいろいろと身の回りのお世話をさせてもらったんですが……」
気のせいか、私が知っているご主人様の部屋よりもきれいになっている気がします。前はもっと、ここを掃除したい、あそこを片付けたいと思える場所があったような気がしたんですが……。
ご主人様が自分で片付けたんでしょうか。まぁ、いずれにしても、です。
「ど、どうしましょう、ご主人様。そろそろ身の回りのお世話で私にできることがありません!」
近くの山で猪や兎、鹿を狩ることはできますが、日本では確かダメな行為だったはずです。かといって日本に魔物は出ませんし……。困りました。これではいよいよご主人様のお役に立てることが……。
「――あっ!」
疲れた様子のご主人様を見て、私でも1つ、お役に立てそうなことを思いつきました。それは――。
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