第7話 ポンコ2

結局アスガルドの設営はかなりの部分を私がやってしまった。

斜面に大きなテントを綺麗に張るのは難しくて、ちょっと不格好にみえるかもしれない。

お兄さんは最初申し訳なさそうにしていたけど、すぐに切り替えたみたいだった。

さすがエリート。

それからお兄さんの車から出てくるキャンプギアはどれも高級な物ばっかりだった。

一体何十万円かかったのか、ちょっと私にはわからない。


大体設営が終わったので3人で椅子に座って少し休憩にした。

「そういえば葵ゆるキャン見たんだね。」

「そうそう。ちゃんと予習してきましたよ。」

「だいぶ驚いてたね。キャンプのイメージと違う。って」

お兄さんも会話に加わる

「そうそう。ちょっと聞いてよ奥さん。私キャンプってみんなでBBQして、ギター弾いてみんなで歌ってお酒飲んでみたいなの想像してたのよ。パリピみたいな? 」

顔の前で手をヒラヒラさせながら葵が言う。

「そしたらもう。全然違うじゃない。この間晴をライブカメラで見て、あれ?なんか違うなとは思ってたんだけど。」

「ゆるキャンみてびっくりよ。あぁ、晴がやってるのはコレか!と 」

 

葵が喋っているとお兄さんの隣に車が入ってきた。

大きな白いSUV。後ろが荷台になっている車だ。

降りてきた運転手は若い男性。白いバケットハットの下から金色に近い髪が覗いて、サングラスにオーバーサイズのシャツ、胸や腕にシルバーのアクセサリーが付いている。

お兄さんが近づいて行って男性とハイタッチをした。

もう嫌な予感しかしない。

「よーコーヘイ!テントできてるじゃん!成長したな。」

「いやいや、俺は役に立たなくて。妹の友達に手伝って貰ったんだ。ほらあの子」

「んわ?可愛い女子が2人もいるじゃん。この美少女はどちら様?」

「昨日話しただろ。妹とその友達だって。レオ、手だすなよ。絶対」

やっとお兄さんの名前が聞けたと思ったらこのチャラ男の名前まで分かってしまった。

まさか一緒にキャンプするのだろうか。

状況的にそうとしか思えない。

 葵を見ると、これ以上ないくらい怪訝な顔をしている。

葵キレないでね。と祈りたくもなる。

お兄さんとチャラ男はなんだか2人で盛り上がっている。

 

案の定、チャラ男は、荷物を降ろし始めた。

どうやらこのキャンプに完全に参加するつもりらしい。

彼の荷台からは、派手なキャンプギアが次々と出てくる。


 その時、葵が立ち上がった。普段穏やかな優等生な顔が、明らかにこわばっている。

「ちょっと、お兄ちゃん。話が違くない?」

 その一言で、場の空気がピンと張りつめる。

「え? なにが?」

 お兄さん──コーヘイさんは、とぼけた顔をして言ったけど、どこかで予想していたような表情でもあった。

「私、晴と、あとお兄ちゃんと、3人でキャンプってじゃないの?あの人のことは一言も聞いてないんだけど?」


「いや、それは……昨日急に『行きたい』って言ってきてさ。せっかくの機会だし、断るのもアレかなって思って」

「“アレ”って何よ。“アレ”って!」

 珍しく語気を強める葵に、私も内心ドキドキしていた。

コーヘイさんは気まずそうに目を逸らしながら続けた。


「……でもさ、レオ、意外といいやつなんだよ? ああ見えて気も使えるし、道具もいっぱい持ってるし、きっと楽しいって」

「私、キャンプに来たの。合コンじゃないの。分かってる?」

 その言葉には、完全に棘があった。

 コーヘイさんは一瞬返す言葉を失ったみたいだったけど、無理に笑顔を作って言った。

「分かってるって。でもさ、そんなに怒ること?」

「私だけなら良いんだけど、今回は違うでしょ!」

 葵はそう言って、すっと椅子に戻った。私はどう反応していいか分からず、黙って飲みかけの麦茶を口に運んだ。


 その後ろでは、レオくんが「お〜、葵ちゃん怖〜」

と、悪びれもせず笑っている声が聞こえた。

 ……大丈夫かな、このキャンプ。


 



 


 

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