第4話 歌う女子高生

誰もいないのをいいことに、フルフェイスの中でELLEGARDENの「風の日」を叫ぶように歌う。

感情のコントロールがうまくいかない。

僕らはそんなもんさ。

歌い終わって、インカムから「拝啓、少年よ」が流れてくると、テンションが一気に上がった。

どちらも、今年の引退ライブでベースを弾いた曲だ。

私は歌がうまくない。

でも今はどうでもいい。

声が漏れていようが、構わない。

3曲目、ヨルシカの「言って」で完全にノリノリになった。喉が痛くなるまで歌いきって、ようやく少し落ち着いた。

 

 若い男性二人には、意図はどうであれ助けてもらったのだから、お礼を言うべきだったと思う。

あの時は余裕がなくて、気持ちのやり場も分からなかった。

反省している。

でも、あのオッサンはもういい。どうでもいい。

あんな無責任な走り方をする人と、関わる必要はない。

私には、関係のない人だ。

 まあ、確かにプロテクターついたジャケットは着た方が良いんだろうけど。


 峠も一般道も高速道路も、やたらとスピードを出す人の気持ちが、私は全く分からない。

スピード出せないし。

公道で飛ばすのはただの危険行為だ。

 父もそう言っていた。「自分の技術を過信して、他人の命を巻き込むようなやつは大嫌いだ」って。

 昔の峠にはロマンがあった、なんて言う人もいるらしい。

 「膝を擦ってコーナーに突っ込んでいく興奮」

とか、そんなの暴走行為でしかない。

全部ただの迷惑行為。道路交通法違反だ。


 今なら、父があれほど憤っていた理由がわかる気がする。

 あのオッサンは、きっといまだに昔の時代を生きてる。

自分の走りがかっこいいとでも思っているんだろう。

私には関係ない。

私は私のペースで走る。

それしか出来ないし。

私も速いバイクに乗ったらバカみたいなスピードで走りたくなるのだろうか。今はまだ全く想像できない。

 

ふと前に山中湖が広がった。

キラキラと湖面に光が反射している。

こういう瞬間がツーリングの醍醐味だと思う。

森から湖に来ただけで温度や空気感が変わるのをバイクだと直接体感出来る。

車の助手席では味わえないと思っている。

 免許とって運転席に座ったら変わるのかはまだ分からないけど。


 ヨシ!切り替えよう。

もう全行程115kmの半分以上70km以上を走ってきた。

あとは富士五湖の周りを掠めるように走ったら本栖湖、洪庵キャンプ場だ。

この辺りになると交通量が増えて歌う事は不可能になってしまった。

まだ慌てるような時間じゃない。焦らず行こう。

山中湖を半周して次は河口湖へ。

都市部を抜けると何度かヤエーを貰いテンションが上がる。

本栖湖の周辺になると外国人が急に増えた。観光バスが増え、賑やかになってくる。 

洪庵キャンプ場の目の前には公衆トイレと日本で1番寝転がる人が多いベンチがある。

本当に日本で1番かどうかは分からないけど。

かなり有名な撮影スポットなのは間違いない。

ゆるキャンの1話でなでしこが寝ていたベンチだ。


横目に見ると女の子が横になって若い男性が写真を撮っていた。

私も前にやったなーと思いながら、通り過ぎてハッと気づく。

今横になってたの葵だ。

Uターンして横にバイクを停めた。

横になったまま、葵が私を見つけて満面の笑みを見せてくれた。

その笑顔に、私の中にふわりと暖かい風が吹いた気がした。








 

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