第17話 次元魔術師の誤算
大小さまざまな落石は、こちらを痛打することがなかった。
それらも勇者が斬って落とした。
今や天井の高いホールのような広がりとなったダンジョン内で、勇者は変わらぬ村娘姿で長剣をぷらぷら揺らした。
助かった。
だが、致命的でもあった。
「勇者――」
「なに?」
「なにじゃないですよ、ど、どうして来たんですか!?」
「だってさ」
「なんですか!」
「あたしのお付きが、困ってたみたいだし?」
どうやら外にいるリタや球体から事情を聞いたらしい。
急いで来たためか、いつも手にしている日傘すら持っていない。
「道に迷ったから迎えに来たみたいな調子で言わないでくださいよ! ここ、無限迷宮! 脱出できない!」
「あはは」
「笑い事じゃないんですよ!?」
え、やばい。
本気でやばい。
私だけならば、ありとあらゆる無茶を行えた。
魔王としての力をフルに使えた。
だが、勇者と一緒となれば方法は限られる。
正攻法でこのダンジョンから脱出できる方法が、本気で何も考えつかない。
「ねえ、それ」
「なんですか、指さして!」
「……傷だよね?」
「え、ああ、この程度は別になんでもありません」
恐る恐るというように勇者が触れた。
半ば切断された腕から血がダラダラと溢れる。
「こんなのどうだっていいですよ。それより、本気でどうするつもりなんですか!?」
「……」
勇者はうつむき黙った。
腕以外にも、ある程度は切り刻まれている。
「ハッ」
唖然としていたカヌムがその様子を見て、ようやくというように嘲笑った。
「それが、勇者? その馬鹿そうで弱っちいそいつが、勇者!? 嘘だろっ!? そいつがやったのは、たまたまの偶然の転移だけなんよ!」
その体の輪郭が、ふたたび光り出した。
「腑抜けて気概もなけりゃ技もねえんよ、どっからどう見ても落第の、そこらの一般人捕まえて鍛えた方がまだマシなそいつが、勇者だぁあ!? 口に出すのもおぞましい、その名を冠していいやつじゃねえ、こんなのが、こんなものが、今のてめえにとっての勇者だってのか!!! こいつのためにオルサを捨てたのか!!!!!!!!」
国勇者の名前を軽々しく言うなと指摘するより先に、攻撃が放たれた。
数百にも及ぶ不可視の次元刃が、大小さまざまな弧を描く。
絶対に当てるという意思が込められた連続攻撃だった。
上下左右から迫るそれらからの逃げ道はない、前後へ逃げても刃が通る。
これを躱す術が、私にはない。
そう、私には。
「――」
勇者は振り返り、剣を振った。
ただ横にブン、と。
素振りを一回しただけにしか見えなかった。
見えない次元刃が、すべて砕けた。
「は?」
ガラス製の鐘を一斉に叩き壊したような音が洞窟内で響いた。
何が起きたかわからなかった。
それはカヌムも同様だったのか、目も口もぽかんと開けた。
残滓が降り注ぐ中、勇者はそんなカヌムを指さした。
「……それやったの、あいつ?」
「え、はい、そうですが……」
初めて見る顔だった。
静かに、だが、確実に、勇者は怒っていた。
「――!」
カヌムもまた、激怒した。
私がダンジョンを崩したことで形成されたドーム型空間の、その頂点部分まで跳躍し、煌点を複雑に形成する。
「たかが、村勇者、ごときが……ッ!」
そういえば、カヌムは情報収集が苦手というか、好きではなかったことを思い出した。
そんなどうでもいい調べ物より、即座に転移してサクッと終わらせた方が早いと常々言っていた。
カヌムは、この村勇者のことをまるで知らない。
「千切れちまえッ!」
遠く高所から、螺旋状に形成された刃がドリルのように突進する。
上から下へ向け、いくつも。
先程のものを、更に数を増やして行った。
暴れ狂う竜巻の有り様でそれらは迫る。
ぶつかり合い、干渉し続け、行く先を予測させない。
数が多すぎる為かうっすらとは見えるが、それでも透明な度合いが強い。
見えず、不規則な、防御不可の飽和攻撃。
「あたしのことなんて、どうでもいい」
すべて消えた。
飲み込まれた。
勇者の振った剣が、私達とカヌムの間に「巨大な次元の亀裂」を作成したからだった。
小さく複雑な複数の次元の裂け目を、巨大な一つの次元斬が消し去った。
「はああ!??????」
「傷つけたな?」
その勇者の声は、遠くから聞こえた。
「あ」
いつの間にか、天井高くのカヌムのすぐ横に勇者はいた。
「あたしのお付きを傷つけた、それだけは、許せない」
仮にも冒険者、あるいは魔王なのだから、傷つくことなど当たり前だという指摘はできなかった。
勇者が、剣を振りかぶっていたからだ。
いつものようなやる気のない動きではなかった。
構えている、予備動作をつけている。
その手足に力が入り、何も無い空中を足場に踏み込む。
「喰らえ――」
「逃げろカヌム!!!」
思わず叫んだ。
おそらく、それは正解だった。
その一撃は、斬った。
何を?
すべてを。
勇者の前方が消し飛んだ。
私が知覚する限り、そうとしか言えない。
その斬撃は縦に国ひとつ分の長さを裂き、その先から更に衝撃波を飛ばした。
減衰しながらも行く斬撃は、ダンジョン構造を力尽くで壊し、当たり前のように切断した。
ダンジョンコアを。
この無限を生成する中心を。
4国ほど先の距離、馬で40日ほどかかる地点にあったそれを破壊して、斬撃はぴったり停止した。
これは、「調整された一撃」だった。
全力ですらなかった。
ダンジョンコアが爆発し周囲一帯を焦がしたのを、ダンジョン制作者として知覚した。
極大火炎魔法レベルの爆発が起きたが、あまりにも遠く、微かにも見えない。
「ちょっとムカついた」
これは、その程度の気持ちで放たれたものだった。
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