第4話 像兵の炸裂

黒髪のおかっぱ頭に最低限の目鼻だけが形作られたそれは、徐々に姿を大きくした。

遠近感が掴めないため把握しづらいが、相当な速度を出している。


「地響きがしませんね」

「通常、あの巨体では自重を支えることができません。おそらくダンジョンコアを中核とすることで「動く迷宮」として稼働させていると予測されます」


執事姿の球体が淡々と言う中、それは足音のひとつもなく、ひたひたと近づく。

すり足だから音を立てない、などというレベルを越えている。


「……東からまっすぐこちらに?」

「はい」


おそらく東陣迷宮の連中だった。

こちらの「直接確かめに来い」という言葉を曲解しやがった。


「どこの誰がやったのかは知りませんが、さすがにあの程度の戦力がこの村に通用しないことは分かっているはず……威力偵察ですかね?」


あのゴーレムは規格外だが、ここにいる勇者はそれとは比べ物にならない異常だ。


「じゃ、行ってくる」

「がんばって」

「いえ、待ってください」


剣を手に立ち上がろうとする勇者の肩を抑えた。

簡単に振りほどけるはずだが勇者は大人しく従った。


「なに?」

「不審です」


あれだけの巨体にダンジョンコアだ、制作コストは決して安くはない。

東陣迷宮の連中は、そこまで無駄遣いが好きか?


「偵察ではなかったとすれば、罠の可能性が高い。調べましょう」

「罠ごと潰すから平気だよ」

「あれを一撃で消し飛ばせますか?」

「斬るんじゃなくて?」

「はい、消滅させてください」

「できるけど、周囲の被害が大きくなるかな」

「自分で言っててなんですが、可能なんですね、消し飛ばすこと自体は」

「えへへ」


褒めてない、むしろ引いている。

攻撃は剣しか使えない人間が、どうしてそんなことをできるんだ。


「一撃で決着できないのであれば、慎重になるべきです」


言いながら指を鳴らした。

先程までジュースを飲んでいたテーブル上に、情報を表示する。


地図上のゴーレムの位置を示した。

記された点は、ロギウム村と遜色ないほど大きい。


「この巨体は脅威ですね」

「なー」

「いや、なんで参加してるんですか」


子供が当たり前のような顔で座り続ける。


「だめっす?」

「まあ、いいです。けれど余計な口出しは――」

「このゴーレム、たぶん生きてる?」

「……なにを言って……」

「揺れ方不自然、固体素材じゃない。なんで? 生きたものを素材に構成してる、その理由はなんだろ? わかんないっす」


子供の指摘によくよく見れば、たしかに揺れ動く様子があった。

巨石が動くというよりも、硬く巨大なスライムが人の形を取り、動いている印象だ。


おかっぱ頭のそれは、どこか東方の和人形のようにも――


「……クソが」


思わず悪態が漏れた。

今の今まで気づかなかったのは迂闊すぎた。

もっと早く魔術的な分析(アナライズ)をかけるべきだった。


「どうしたの?」

「勇者、罠が分かりました」

「なに」


私は巨大な人形を睨みつける。

無表情のまま、静かに近づく。


慎重に、こぼさぬように、遥か遠方から運び来た。


「これは、呪詛の塊です」


着ている服は白装束だ。

だが、内側より漏れる呪いが定期的に色を変えていた。


それは、一定範囲内に抑え込んでいる証拠であり、同時に、その「抑え込み」が限界に近い証でもある。


「ゴーレムの素材に、生体なんて柔らかいものを選ぶ意味は本来ないんです。能力を弱くするだけの選択だ。しかし――」


呪詛の蓄積量だけで言えば、生体素材に軍配が上がる。


「彼方からこちらまで、途中にいた人々を殺し、怨念をさらに凝縮させながら来た」

「……」

「本質的に、これはゴーレムではない。そんなかわいいものじゃない」


幾千もの人間を、あるいはモンスターを素体に組み上げた。

その恨みつらみのベクトルを整え、こちらに寄越した。


「これは呪いそのものだ」


東陣迷宮からロギウム村へと送られた、常識外に巨大な呪詛の集積物だった。


「物理的に壊せば、閉じ込めた呪いが開放されます」


軛を外した途端、周囲に撒き散らされる。

脆い生体素材は、簡単に呪いを噴出させる。

そうなれば……


「敵は、この「ロギウム村自体」を攻撃しようとしています」

「それって、ひょっとして……」

「勇者には敵わないと見て、拠点の方を滅ぼそうとしているんです」


理解したのか、子供は顔を青ざめさせる。

勇者は険しい顔つきとなった。


力あるものには効果がない。

おそらく私や勇者には通用しない程度の呪詛だ。

だが、この子供をはじめとした村人には致死のダメージが行く。


「村勇者とは村があってこそだ。あなたから村を取り上げることで――ロギウム村の人々を皆殺しにすることで、勇者という地位から引きずり下ろす、これはそのような罠だ」


部分的にでも破壊すれば、呪いが吹き出る。

それだけで十分だった。

村一つを滅ぼすには。


この距離まで近づかれたのなら、避けようがない。

攻撃すれば呪いを吹き出すが、この村にまで到着しても同様に呪いをバラ撒く。


「本当に、最悪だ」


敵は呪いだ。

本来は時間をかけて祓うなり解除する必要があるが、それだけの時間的猶予が無かった。


「村に結界を張ります! 周囲の畑仕事に出ている人はできるだけ避難させますが、完全とはいきません!」

「だめ!」

「ですが!」


机に表示された地図をなぞるように魔術起動させようとした動きは止められた。


「それは、勇者の仕事じゃない」

「現時点でもう詰みです。可能な限りダメージを抑えることを目指すべきです、村の全員を救うことは無理だ」

「こら」


勇者に両手で頭を掴まれた。

すぐ目の前で、見つめられる。


「勝て」

「何に?」

「敵に」

「無茶を」

「君なら、方法を見つけられる」


私は、そこの子供に負けた程度の打ち手ですよ、という韜晦は引っ込めた。

勇者の目には、まっすぐの信頼があった。


遠くの呪いは大きくなる。

勇者の瞳は、そちらを見るなとばかりに私を見る。


村人がざわめき、巨大な来訪者を指をさしている。

混乱が起きていないのは、「勇者」がいるからだ。


それだけの実績と安心があった。


むしろ事態を理解している子供が混乱していた。

この状況で泣き騒がないだけでも最上級だ。


『魔王様』


悩む内に、球体から念話の言葉が来た。


『我々だけでも逃げ出すべきです。これは、千載一遇の機会ではありませんか?』


村人を全滅させ、勇者をその地位から引きずり下ろす。

それは私の目指す到達点に近い。


『却下だ』

『魔王様?』

『東陣迷宮は、私の本拠地がロギウム村の中にあると知っていたはずだ』


雷獣とは魔王城内で謁見した。


『だというのに、あの呪いを送り込んだ。連絡の一つも寄越さず一方的に魔王城を潰す選択を行った。わかるか? 我々は舐められたんだ』

『ですが……』

『向こうの善意の可能性もあるか? クソ喰らえだ』


爆弾を放り投げてから「お前のためを思ってのことだ」などと言われても、中指を立ててファッキューと叫ぶ以外にやるべきことはない。


『舐めたことをしてくれた連中には、目にものを見せる』


その達成が、私の力だけではないことは腹立たしいが。


「……案はあります」

「そう」

「賭けになりますが」

「いいよ」


融合を繰り返しながら、東陣迷宮からロジウム村まで来た呪物。

向こうが放った一手に、こちらも対抗の手を進める。




 +  +  +




「……」


私は薬局地下の魔王城でだらけた。

椅子の背もたれに体を預け、長く長く息を吐く。


「終わったな……」

「はい、お疲れ様です」


執事姿の球体が、茶を淹れた。


「東陣迷宮のあの呪い人形、造るのにどれだけかかったと思う?」

「不明です。おそらくですが、元々はこちらに向けたものではなかったのでしょう」

「そうか?」

「はい、長く時間をかけてゆっくりと作成したものを、ちょうどよい機会だからとロギウム村に向かわせたのでしょうね」

「そういえば、隠蔽だけは念入りにかけられていたな」

「村の一つや二つが滅びることは、とてもよくある話です」


遠距離からは目視できないようにされ、その呪いの効果が届く範囲に至ってようやく姿を見せる、そうした類の災厄だ。

ひょっとしたら、最初は普通サイズの呪われた人形であったのかもしれない、繰り返し呪詛を吸収して巨大化しただけで。


「だからこそ、威力も桁違いだったな」

「はい、酷い有様です」


弾けたそれは周囲一体を高濃度の呪詛で汚染し、すべての生命を奪い去り、怨念と呪いを再生産した。


「上は、静かだな」

「ええ」

「さて、どうするか」


私は椅子で半ば寝そべるような格好を取り、腹上に両手を組む。

椅子は四脚から二脚となって体重を支え、ゆらゆらと足の動きに合わせて揺らめく。


「危ないので止めませんか、その姿勢」

「魔王の思考姿だぞ、邪魔をするな」

「厄介事から逃避している姿にしか見えませんが?」

「どれほど危うい事態であっても、私が思考を止めるはずないだろうが」


考えるべきことは多量にある。

夜だからと寝ている場合ではない。そもそも魔王は睡眠の必要があまり無いが――


「この先どうするべきか」

「静けさは一時のものでしょうね」


憂慮すべき点、先々の不安など山積みだ。

それらを無視して楽観的に考えるとすれば――


「東陣迷宮に売られた喧嘩を全力で買ったどころか、半壊するほどのダメージを向こうに与えたわけだが、実は恨まれていないということはあり得るか?」

「魔王様、現実逃避はお止めください」


触れれば爆発するような代物を送り込まれた。

下手に触れれば呪いを撒き散らす危険物だ。


ならばどう対抗手段を取るか。

この答えは簡単だ。


弱点を、補ってやればいい。


思いつく限りの防御魔法を施した上で、村に張る予定だった結界で巨大人形を覆った。

最上位攻撃魔法ですら防ぎ切ると自負する硬度を与えた。

球状結界で覆われた和人形は、サイズを無視すれば子供のおもちゃにすら見えた。


それを、勇者は日傘でひっぱたいた。


軽く振ったようにしか見えなかった一撃により、結界は壊れ、防御魔法を半ばまで貫通し、衝撃の反動で付近の家屋が潰れた。

周囲の被害を考えなければ一撃消失できるという言葉は、嘘でもなければブラフでもなかった。


踏み込んだ反動で大地が揺れ、大気は振動し、ゴーレムの発射速度は音速を越えた。

本気で冷や汗をかいた。


だが、その威力を受け取った巨大呪詛は、壊れることなく飛行した。

送り主である東陣迷宮に向けて、まっすぐに。


「着弾よりも前に、東陣迷宮に連絡し警告を伝えた」

「せせら笑っていましたね」

「可能性は低いとはいえ、勘違いの可能性もあったからな、あの悪意は幸いだった。まあ、その笑いも途中で途切れたわけだが」


まるで長い年月をかけて蓄積させた呪詛がすぐ傍で爆発したかのようだった。


以降、連絡は取れない。

たまにひどく混乱した恨みのような文面が送られたが、文意の解読はひどく難しい。


「本来であればお祭り騒ぎになっていなければおかしいというのに、あれを「いつも通りだったね、潰れた家を直さなきゃ」で済ませるロギウム村の人々もどうかしている」

「危機を理解できた人が少なかったからでしょう」

「みんながスヤスヤなのは、それでも違和感だ」


まるでゴブリンが来たのを勇者が撃退した程度の扱いだった。

村どころか都市が滅びてもおかしくない呪詛を撃退したというのに、とても平和な夜だった。


「なあ」

「はい」

「今回は上手く対処できた、だが、一つ問題がある」

「なんでしょう」

「どうすれば、あの勇者に勝てる?」


こちらが全力で構築した防御を「手加減した日傘の一撃」で完全に壊せるような相手に、どう立ち向かえばいいのか。


「魔王様」

「なんだ」

「現実逃避は止めましょう?」

「お前こそ現実から目を逸らすな」


結果的に、彼我の戦力差をこの上なくつきつけられた。



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