「その探偵の言うとおり、この計画は十数年前から立てられた。母さんがいうには、親父は当時本格ミステリーにこっていて、たまたまあのトリックを思いついたらしい。一時の気まぐれでミステリー小説を一本書き上げた。普通ならそれを息のかかった出版社から出して終わりだが、親父は本にするより、それを実行したくてたまらなくなったんだな。孤島を買い、この屋敷を建て、まだ小さかった自分の娘を使って、壺中少女というものを作り上げた。頭おかしいだろ?」

 ほんとうのことなのか? 天野が語った推理はそれっぽい理屈ではあったが、現実を無理した絵空事としか思えない。あまりにリアリティがなさすぎる。だけど、幽目宮はその推理を肯定した。

「どうしてその小説の内容を知っているの?」

「親父は母さんに小説を渡したからな。これを実現させるために、この屋敷を作った。子供を壺の中に閉じ込めた。そして母さんをここに監禁したと伝えてな」

 それを見せられたときどう思ったのだろう。こんなことのためにこんな馬鹿なことをしたのかと、神祭の狂気を呪ったのではないか?

「ちなみに壺中の女は瑠璃ルリといって玻璃の双子の妹だ。まだ小さい頃、親父が玻璃の家から引き離した」

「……なんで?」

 あたしはやっと声を絞り出した。

「神祭がそんなことをしたのは、わかった。理解はできないけど……。じゃあ、あんたはなんのためにこんなことをしたの? 天野さんは、神祭家の子孫を根絶やしにするためって言ったけど、なんでそんなことをしなくちゃならないの!」

「なんでって、金のために決まってるだろうが」

「金のためっ?」

「親父が死んだ場合、どれだけの遺産が転がり込んでくると思う? どう少なく見積もっても数十億単位の金だが、相続人が減ったらどうなる? さらに増えるだろうが」

「それだけのために、兄妹を殺したって言うの?」

「それだけって、おまえひょっとして金を舐めてないか?」

 金を舐めている? あるいはそうかもしれない。あたしにとっては数十億も、数百億も大して違いはない気がする。それだけで一生遊んで暮らせる。だけど人によってはその違いは大きすぎるのかもしれない。

「その探偵が言うとおり、俺はこの屋敷で生まれ、ここで育った。今までこの島から出たことはない」

 幽目宮の衝撃の告白が始まった。

「母さんはルリの面倒を見るためだけにここに住まわされ、戯れにやってきた親父に抱かれ、俺を産んだ。俺たちは三人でこの屋敷に住み続けた。壺の中のルリよりはましだが、ずっと幽閉されていたんだ。学校に行かずにな。もちろん、ケータイやネットは使えない。そりゃそうだ。そんなものがあったら助けを呼ばれるからな」

「あんた、父親を憎んでるよね?」

「あたりまえだろうが。八つ裂きにしても物足りないくらい憎んでるよ」

「なんでそんなやつの言うことを聞いて、いっしょに育ったルリちゃんを殺す手助けをしたのよ?」

「言うことを聞いて? 馬鹿言うな。天野が言ったことを聞いてないのか? 俺が自分の意志でやった。ルリは死にたがっていたんだ。人生に絶望してな。まあ、とうぜんだろう。俺だって同じ立場だったらそう思うに違いない」

 それは……そうかもしれない。あたしは否定できなかった。

「それに最近はもうおかしくなってきて、泣くんだ。一日中。その泣き声を聞いていると、こっちまでおかしくなってくる。ルリは殺してやることが慈悲なんだ」

 あたしは言葉が出なかった。

「まさに地獄だったよ、ここは。だから俺は金にこだわるんだ。こんな目に遭って、金くらい望んでなにが悪いんだ! だって金さえあればなんでも手に入るんだろう? 外の世界ではよ」

 幽目宮は鬼気迫る顔ですごむ。

 あたしはこのとき初めて気がついた。

 幽目宮は金を使ったことがない。持ったこともない。

 なにせこの島で生まれ育ち、母親とルリ以外の人間とは会わないで過ごしてきたのだから。

 金というものを思う存分使ってみたいのだ。飽きるまで。

「玻璃だってそうだ。あいつは小さい頃、妹を奪われた上、人殺しの訓練をさせられたんだ。おかしくもなるさ」

「人殺しの訓練?」

「ああ、そうだ。それどころか実際に人を殺したらしい。強要されてな」

「嘘?」

 神祭の異常さに寒気がしてくる。

「さっきその探偵が言ったろ? 教会での悪魔のモビール事件、あれやったのは玻璃で、やらせたのは親父だ」

 嘘だ!

 そう言いたかったけど、言葉にならなかった。

 おそらく嘘はついてない。たぶん、ほんとうのことだ。

「まあ、それ以外にも何人か殺してるらしいがな」

「じゃ、じゃあ、……あなたのお母さんを殺したのは誰? それも玻璃がやったの?」

「母さんは病死だ。母さんが死ぬと同時にこの計画を実行すると決めた。親父を誰よりも憎んでいたのは母さんだ」

「でもこれを計画したのは、そもそも父親でしょう? それを実行するのは、むしろ彼の望んだことなんじゃないの?」

「とっくに忘れてるよ。飽きたんだ。そりゃそうだろう。思いつきで熱狂して、こんな建物を作り、ルリを封じ込めたが、計画を実行するにはそれから十数年かかる。飽きるよ。忘れるよ。どうでもよくなるよ。だから俺は思い出させたんだ。自分の馬鹿な思いつきがいかに愚かであるか。そしてそれを一般大衆に知らせるんだ。あいつがいかに馬鹿で残虐な獣かをな」

「それがネットで全世界に映像をばらまいた動機なの?」

「ああ、そうだよ。べつに警察に対する挑戦とか、世間を騒がしてみたかったとか、そんな気はまったくないさ。親父がいかに頭がおかしいか、全世界に公表したかったんだよ。だから小説の通りに殺したんだ。棺桶で胸を貫かれた死体も、宙に浮くバラバラ死体も、首つり死体も、手間を掛けて作り出したのはそのためだ。あいつの歪んだ欲望であり、妄想をそのまま発表しなければやる意味がない」

 だからあんなリスクを冒してまで、死体の演出にはこだわったんだ。

「君の告白は僕の推理が正しいと裏付けている」

 天野が口を挟んだ。

「だが動機に関しては、嘘をついている。ほんとうは金なんかどうでもいいんだろ? 神祭家を破滅に追いやりたいんだ。でなけりゃ、全世界にライブ放送なんかするもんか。普通に考えて、神祭家が崩壊したら、遺産相続もくそもない」

「嘘? 嘘なんかついてねえよ。俺は神祭家を崩壊させた上で、遺産も奪うつもりだ。崩壊するったって、多少の時間はかかるだろうし、その間に遺産を現金化して奪うさ」

 そんなことが可能なのか? だが少なくとも幽目宮はできると信じているらしい。

 天野はどう思ったのか知らないが、なにも言わなかった。

 それはそれとして、腑に落ちないことがある。

「だけど、神祭がここの存在を忘れたっていっても、ここに食料などを届ける人だっているはずじゃない? さすがに忘れたって言うのは……」

「惰性だよ。親父はそういうシステムを作った。それを止めるやつもいない。だから、この屋敷のことを忘れても、定期的に食料は届く。それだけだ」

 そんな馬鹿なことが……。

 くだらない思いつきのために幽閉され、忘れられた人たち。しかも母親が病気で死に行くとなれば、その黒幕を呪いたくもなるだろう。その悪行を全世界に発表したいとも思うだろう。

「ひゃあっははは。最高だろう? 今やつの狂った計画が全世界にネット配信されている。そしてその黒幕として弾劾されるんだ。天野、あんたは探偵役として召喚したが、予想以上の働きだったぜ。おまえの言った通りだ。あいつは糞だ。悪魔だ。狂ってる。こんないかれた計画を立て、大金をつぎ込み、にもかかわらず忘れた。放置した。だから俺が代わりにやってやったんだ。思い出させるために、世間に知らしめるために」

「だけどちょっと待って。どうやって玻璃と結託したの? お互い知らない間でしょうに」

「探したんだよ」

 いきなり下の階から声がした。見下ろすとずぶ濡れの水着姿で玻璃が階段を上がってくる。待機していたボートから泳いできたのだろう。下でこっちの会話を聞いていたらしい。

「ボクのお母さんも病気でもう長くない。ルリを奪われた直後は神祭に返してくれるよう頼んだり、探したりしたけど、諦めてたんだ。だけど死期が近いと知って私立探偵を頼んで探し出した。この島に定期的に食料を運んでいる神祭の部下を突き止めたんだよ」

「神祭家に強盗が入り、一緒に住んでいた子供たち五人を殺し、神祭自身重傷を負う事件が同じ頃あったんだね?」

 天野が突然言った。

 そういえば、たしかにそんな事件があった。ニュースでけっこう騒いでいたはず。ビジネス抗争のもつれとかなんとか。

「そう。その事件はボクたちとは何の関係もないけど、そのせいで、神祭は正規の跡継ぎを失い、自分自身も怪我以外に心臓病を誘発し、死ぬ直前だった。しかも心臓病のおかげで長いことは生きられそうにない。つまり、神祭家の基盤は突然脆弱になった。つけいる隙ができたんだ。その部下はボクが遺産の幾分かを相続することを予期し、ボクについたわけ」

「つまり、将来の分け前を餌に手懐けたんだね?」

「そうさ。神祭のカリスマ性は墜ち、総合企業体もどうなるかわからない。そもそも近い将来、神祭は死ぬかもしれない。ボクにつくのが得策と考えたんだろうね。ボクは彼と一緒に船に乗り、この島に来た」

 そして壺の中の少女を見た。

「ボクは愕然としたよ。ルリがこの屋敷に幽閉されているとは聞いていたけど、まさか壺の中に閉じ込められていたなんて考えもしなかった。とうぜん、お母さんだってそんなことは知らない。帰ってもそんなことは言えない。ルリは壺の中ですでに正気じゃなかった。おそらく不自然な体勢で十年以上閉じ込められ、まともに歩くことも立つこともできそうにない。ここから救出してももうまともには生きられない。ボクはルリを楽にしてやろうと思った。それだけがボクにできる唯一のことだと」

 そういう玻璃の顔は苦悶に満ちあふれていた。

「お母さんにはルリはすでに死んでいることにすると決めた。とうぜん嘆き悲しむだろうけど、あんな仕打ちをされていたと知れば、もっと苦しむしかない。ボクは神祭が許せなかった」

 鬼気迫る表情で語る玻璃に、あたしは心の中で同意せざるを得なかった。

「だけど、どうして警察に連絡しなかったの? そうすれば、神祭は終わりよ」

 自分の子供を孤島に幽閉し、よりによって壺の中で育てた。前代未聞の大スキャンダルだ。どんなに金や権力があろうと、そんなものは吹っ飛ぶ。

「警察に知らせれば、とうぜんことの詳細はお母さんに知られる。ボクはそれだけは避けたかったんだ。娘を渡してあんな目にあわせたことを後悔しながら逝かせたくなかった」

「だからお母さんが死ぬまで待ったの?」

「それがせめてボクにできる親孝行だよ」

 玻璃の目からは涙があふれていた。

「ボクはルリを殺す決意を幽目宮に話した。彼の協力なしでできるとは思えなかったし」

 天野はそれを受け、幽目宮を見た。

「そこで君が計画を立てた。どうせルリを殺すなら、神祭が愛人に生ませた子供たちをここに集め、まとめて殺そうと。そうすれば、正妻に産ませた子供たちがいなくなった今、遺産は自分たちふたりに転がり込む。肝心の神祭だってそう長くは持たないという噂だしな。つまり、君は近い将来大金持ちになる。そのことが神祭に対する復讐にもなる」

「そうだ。さっき言った通りだよ。それのなにが悪いんだ」

 幽目宮はふてぶてしく開き直る。

「親父の書いた小説の内容はこうだった。玻璃が壺の中のルリを殺し、自分自身が殺されたように演出する。二番目の殺人は被害者は特定していなかったし、小説内の名前も覚えていないが仮にAとする。そいつAは部屋でバラバラにされる。死体の入れ替えトリックは同じだが、小説ではこの時点で別の死体は必要なかった。つまり、玻璃が前もって殺され、その死体を入れ替えることで、時間的な犯行不可能を演出する。同様にAの死体と次の被害者Bの死体を入れ替えることで不可能犯罪を行なう。そういう感じだ。だが、玻璃が生きたままそれをやるには死体がひとつ足りない」

「まさかそれで実のお母さんを殺したのっ!」

 あたしは叫んだ。

「誰がそんなことをするか! 待ったって言っただろ、病気の母さんが死ぬのをな。計画を練った時点で母さんが長くないのはわかっていた。死んだあとすぐ玻璃に連絡して実行した」

「それにしたって。……あんた、自分の母親を、トリックを成り立たせるために顔を潰したり、切り刻んだりしたの?」

「おまえなんかになにがわかる!」

 叫んだ幽目宮の顔は憎悪にゆがんでいた。

「それは母さんが望んだことだ!」

「え?」

「母さんは俺以上に神祭を憎んでいた。呪っていたと言ってもいい。一生掛けても、やつのやったことを世間に暴いて、抹殺してやると口癖のように言っていた。だから玻璃が仲間になり、計画を立てたとき、自分の身体を使えと言っていたのは、母さんだ。自分の死体を切り刻めと喜んで言ってきたんだよ」

 寒気がした。

 それはほんとうのことなのだろうか?

 いや、そうなのだろう。でなければ、この男も少しは躊躇したはずだ。

「わからない。あたしにはまったくわからない。そんなことまでしてまで神祭の計画を実行しようとしたことが」

「何度も言わせるな。あいつがいかに頭がおかしいか世間に知らせるためだよ。そのためには小説の内容そのままにしなきゃ意味はない。世間様は超びっくりだろ。ひゃ~はっははは」

 たしかにびっくりだ。だけど頭がおかしいアピールはあんたも同じくらいしていることに気づいていない。

「国友や黒川たちはどうやって呼び寄せたの?」

 幽目宮のいうことを信じるなら、彼らは誘拐されたのではなく自分で来たらしいが、なぜだ?

「やつらにはこう言った。神祭主催の推理ゲームを行なう。事件が起き、それを推理し犯人を特定する。一番早く真相にたどり着いたら十億円の賞金。そりゃ来るだろうさ。ただし、こうも言った。ゲームの中でこれがゲームだとは絶対に言わないこと。自分が神祭の人間だということも言わない。ここに来たのは、自分の意志ではなく誘拐されたと証言する。誘拐された状況は奇想天外な方がいい。途中棄権は認めない。そうしたほうが、撮られる映像にも謎と緊迫感が出るからな。あとはそれを徹底させるために、ルールを破った時点で賞金はないし、それどころか神祭の遺産相続の権限をすべて失うと言いくるめた」

「なるほどねえ。それで乗ったと? だが、いかにもうさんくさい話だが、誰も怪しまなかったのかい?」

 天野が聞く。

「そりゃ、多少は怪しんだろうな。ゲーム内の事件というが、ほんとうに事件が起こるのではないかと疑ったやつもいるかもしれない。だが、金の魔力には勝てなかった。なにより拒めば遺産放棄だ。あいつらは全員、親父の正式な跡取りたちが殺され、親父自身も長くないことを知っている。莫大な遺産がもうすぐ手に入るかもしれないのに、それを放棄する勇気なんかあるわけないぜ」

「でも、実際に殺人事件が起きて、彼らはどう思ったんだろう?」

 あたしは思いついたことを口にした。

「そりゃ困惑したし、恐怖もしただろう。だが、それでもルールはやぶらなかった。破った時点で遺産放棄だからな。おそらく黒川などはそうそうにゲームに勝つことを諦め、生き残る方にシフトした。それでも近いうちに遺産は入る。次に折れたのが国友だろう。それでもルールは守る」

「僕を誘拐したのは誰だ?」

 天野が聞いた。

「寝返った親父の部下、ここに食料を定期的に運んでたやつだ。あんたを選んでよかったぜ。仲間が親父のことを調べていたことは正直知らなかった。だから親父の悪事は俺自身が告白するつもりだったが、探偵役のあんたが暴くことで、盛り上がっただぜ」

「ネットに配信したのも神祭の部下という男か?」

「ああ、俺たちはここでの作業で忙しかったからね。隠しカメラは元からついていた。俺たちを監視するために。それを利用しただけだ」

 これで一通り説明はついたのだろうか?

 話がいろいろ交錯したので、あたしは整理することにした。

 まず玻璃が私立探偵に頼んで、ルリの居場所を探した結果、ここ夢幻館にたどり着く。

 玻璃は神祭の部下を買収し、この島にやってきてルリの現状を知る。

 そこでルリのことを母親には話せず、闇に葬ろうとする。それがルリにとってもいいと考えて。

 一方、幽目宮は遺産を独り占めするためと、神祭の悪事を暴くことが復讐になると考え、神祭が愛人に産ませた子供たちを集め、皆殺しにしようと画策する。

 そこでふたりは手を組む。

 幽目宮の母親が死ぬと同時に、推理ゲームをするという名目で、国友たちを呼び寄せ、同時にあたしと天野を誘拐し、殺人を展開していく。

「でもよく考えたら、遺産の独り占めってそんなことできるの?」

 自分以外の相続人候補を殺した場合、犯人が遺産の相続なんてできるのだろうか?

「できないだろうな。だができると思い込んでいる。母親にそう吹き込まれたんだな?」

 天野が冷たく言い放つ。

「あ、どういうことだよ?」

 幽目宮は過剰に反応した。

「こいつはここで母親に育てられた。学校も行かず、テレビも見ず、友達もいない。ましてやネットの情報も流れてこない。母親の教育は洗脳に近い。将来、自分の復讐の駒にしたい息子に、都合の悪い真実を伝えるかよ」

 天野は冷笑した。悪魔のように。

「なにを言ってるんだ、貴様」

 幽目宮が鬼のような形相で天野を睨む。

「おまえは道具なんだよ。母親は神祭のやったことを世間に知らしめるだけでなく、神祭家の根絶やしを望んだ。だが、おまえはそこまでは考えなかった。だから、莫大の遺産独り占めという餌で動かそうとしたんだ。子孫を根絶やしして、遺産の独り占め。同時に神祭家の解体という矛盾したことをやらせたのは、神祭家が滅んだあと、おまえがどうなろうと知ったことじゃなかったんだよ」

「それ以上くだらねえ御託を並べるんじゃねえ! 殺すぞ!」

「いいや、やめない。そうか、寝返った神祭の部下に、動画を発信させたのは母親か。よく考えたら、幽目宮に動画のネット配信なんていう知識もなかっただろうしな。ひょっとして母親が死んだのは病死じゃなくて、自殺じゃないのか? 神祭を地獄に落とせることを信じて満足して死んでいったんじゃないのか? おまえが計画通りに動くことを確信して」

 狂っている。それが本当なら狂っている。父親も幽目宮も、そして誰よりも母親が。

「死ね」

 幽目宮が目を血走らせ、まさに天野に襲いかかろうとする。

 だが、がくんと膝を折った。

 その胸にはナイフが生えている。

「水沼玻璃っ!」

 巣狩が叫んだ。

 あたしはようやくなにが起こったのか悟った。玻璃がナイフを投げたのだ。

 玻璃が風のように舞った。

 誰もその動きについて行けなかった。

 玻璃は幽目宮の胸からナイフを引き抜く。

 鮮血が飛んだ。

 飛び散る深紅の飛沫を浴びながら、玻璃はナイフを自分の首に当てた。

 あたしには玻璃が笑ったように見えた。

 次の瞬間、玻璃の首から岩に砕けた波のように、しぶきが舞う。

 降り注ぐ血の海の中、玻璃は踊った。くるくるふらふらと。

 そのままネジの切れた人形にように崩れ落ち、凍ったように動かなくなった。

「この子も、神祭家の根絶やしを望んでいたのか。幽目宮の母親と同じように」

 玻璃の死体を見下ろし、天野は言った。

 ま、まさか、こいつは、これを予期していたんじゃ? なのに止めなかった?

 天野は笑いはしなかった。

 しかし、その表情からは怒りも悲しみも感じられなかった。

 ただ、これが運命であると受け入れたような……。

「水沼玻璃っ!」

 巣狩がもう一度叫んだ。

 もう遅い。なにもかもが遅い。

「く、くそっ、まさか玻璃が……」

 床に倒れた幽目宮は血を吐きながら、叫んだ。

「おまえだって最後には玻璃を殺す気だったんだろう?」

 天野は冷たく言い放った。

「母親にそそのかされて遺産を独り占めする気だったんだから。もっとも母親にだまされ続けていたわけだけどな」

 返答はなかった。

 玻璃が望んだように、神祭の血筋は絶え果てた。

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