現場はすこし山に入りかけたところにある別荘の廃屋だった。

 二階建ての三角屋根の建物で、持ち主が放置しているのか、ガラスは割れ、壁にツタが絡まっている。手前の道路はあまり人が通るところではなさそうだが、車はそれなりに通るようだ。ただ、建物は道路からすこし奥まっていて、車からなら止まってのぞき込まないと気づかないかもしれない。

 庭にある大ぶりの樹の枝から首つり死体がぶら下がっていて、その真下にある止まっている噴水にナイフによる刺殺死体が浮かんでいる。

「なるほど、たしかに国友と榊原のふたりに違いないな」

 天野はそれを見るなり、断言した。

 たしかにあのふたりだった。国友は夢の中と同じ横浜青磁学園の制服を着ている。現実世界ではその学校の生徒ではないと明らかになったのにだ。

 夢の中、同様踏み台らしきものはない。もっとも自分でロープを枝に結び、木に登ったあとにロープを首に掛け、飛び降りれば、自殺も可能だ。

 榊原の方は、海の見立てにしては噴水は小さすぎた。丸くて中央に噴水が設置され、周辺には水が溜まるようになっている。大きさとしては子供用プール並だ。噴水は機能していないから、溜まっているのは雨水だろう。もともと濁っていただろう水はすでに血で赤く染まりきっている。

 死体の写真は撮りおわったらしく、地元の警察が死体を下ろし始めた。運んで検死するのだろう。鑑識課が足跡や指紋の採取に駆けずり回っている。

「また、おまえたちか?」

 いきなり声を掛けてきたのは、見覚えのある刑事だった。

 見た感じかなり強面の中年刑事。玻璃の事件のとき、氷川より一歩先に現場に来た男だ。たしか鬼塚警部補。

「氷川、まさかこの事件もおまえが仕切るとか言うなよな」

「悪いけど、そうなるわ」

「ふざけんなよ、おまえ! あの事件とは何の関係もないだろ、これ?」

「大いに関係あるのよ。なにせ同一犯の仕業だから」

「なにを根拠にそんなこと言ってんだ?」

「それは言えない。機密事項だからね」

「くそっ、ふざけやがって。なんなんだ、その機密って。おまえになんの特権があるって言うんだ!」

 鬼塚は近くにあった樹を蹴っ飛ばした。

「おい、氷川。じゃあ、あいつらが誰か知ってるんだろうな?」

 あいつら。もちろん被害者の国友と榊原のことだ。

「吊られているのが、自称国友さゆり。横浜青磁学園の生徒って言ってるし、制服まで着てるけど、じつはそんな生徒はその学校にはいない」

「なんだとっ! じゃあ、何者なんだ、そいつは?」

「それを調べる仕事はあなたに譲ってあげる」

「おまえ、人を舐めるのもいい加減にしろよっ!」

 氷川としては、素直にわからないとは言えなかったようだ。

「あの噴水のため池に浮かんでるのは、榊原玲司。建築現場で働く鳶らしいけど、どの会社に所属しているかは不明。ふたりは特に深い関係ではない」

「とくに深い関係でもない自称女子高生と鳶がなんでこんなところで死んでるんだ? 廃屋だぞ。しかも殺され方が違う。いったいどうなってんだ?」

「それを調べるのがあなたの仕事でしょ?」

「よおし、今言ったこと忘れんなよ! 調べてやらあ。だから、余計な口出しすんじゃねえぞ。このヤマは俺のもんだ」

「わかったことは、わたしに報告してよ」

「なにい。誰がてめえなんかに……」

「いいわ。管理官に言っておくから。あなたも管理官の命令には従うでしょ?」

 鬼塚は顔を真っ赤にして地団駄踏んだ。

「おめえ、なんか上層部の弱みでも握ってんのかよ!」

 そう言って氷川を睨み付ける。

「で、この女子高生はまた一緒に行動してんのか。なんなんだよ、こいつは? それにこのとっぽい兄ちゃんは?」

 鬼塚はあたしたちを舐めるように見る。内心頭にきたのか、天野が言い返す。

「まあ、一言忠告すると、あんたあんまりこの事件に関わらない方がいいよ。どうせ、なにもわからないから」

「なんだとこの野郎!」

 天野はどうも男にはかなり辛辣だ。

「怒るなよ。べつにあんたが特別馬鹿だという気はないぜ。だが、この事件は特殊だ。常識が通用しないからな」

「じゃあなにか? おまえならわかるとでも言う気かよ」

「もちろんだ。なにせ僕は正義のジャーナリストにして、天才探偵だからね」

 鬼塚は毒気が抜かれたような顔をした。それほど天野の言ったことが意外だったらしい。

「それより、このふたりの素性を早く調べてほしいね。そういう仕事は警察の方が得意だし。なにせ人数だけはいるから」

「調子に乗るんじゃねえぞ、若造が! すこしでも怪しい動きしたらただじゃおかねえ。氷川、おまえもだ!」

 鬼塚はとてもこんなところにはいられないとばかりにきびすを返した。ついでに近くにいた部下らしき男の頭を殴ったが。

「なかなか愉快な同僚ですね、氷川さん」

「ええ、まったく。ボケてもいない部下に突っ込むあたりが特にね」

「でも、いいんですか、あんなに怒らせて」

 あたしは率直な感想をつぶやく。

「まったく問題ない」

 ふたり同時に言った。まったくこの人たちは……。

「で、このあとどうする、氷川さん?」

「とりあえず、被害者の面通しと、状況の確認をしたし、帰ろうか?」

 え? 帰んの?

 そりゃ、あたしたちはそうかもしれないけど、氷川さんも帰るわけ?

「それがいい。どうせこれ以上いようとしても、あのおっさん刑事に追い出されるだろうし」

「えっと、第一発見者に事情を聞いたりしないんですか?」

「どうやら、車で前の道路を通ったとき、たまたま首つり死体が見えたみたい。通報したらもうひとつの刺殺死体まで見つかったってことらしいわ」

 その発見者にはまったく興味がないようだ。

「車で家まで送るわ」

 氷川に言われるまま、あたしたちは警察車両に乗る。

 運転は川口刑事、あたしと天野は後ろに、氷川は助手席に座った。

「夜迎えをよこすから。今夜はそこで一夜を過ごしてもらうけど、それまできょうの事件の情報を集めておくわ」

「ああ、頼む。死亡推定時刻や、足跡、指紋、血痕、目撃情報、とにかくなんでも教えてくれ」

「わかった。とにかく事件は今夜でヤマを迎えるはず。あなたたちと幽目宮。生き残りは三人。いずれも身元がしれている。その三人が一カ所に集まって夜を過ごせばどうなるか? 思わぬ真相が暴き出されるか、それともなにも起こらず事件が収束するか?」

 常識で考えれば、なにも起こらない。

 氷川も一緒に泊まると言っているのだ。今までのように壁越しの監視ではない。寝ている三人になにが起こるか、じかに観察される。なにも起こるはずがない。

 つまり事件は収束する。

 そのはずなのだが……、あたしはなにかいやな予感がした。

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