「ひゃひゃ、おまえが悪魔崇拝者だろうが、黒魔術の使い手だろうと、そんなことはどうでもいい」

 言葉とは裏腹に、幽目宮は魔方陣を書いた黒川に興味津々のようだ。

「その蝋燭と魔方陣を書くのに使った筆記用具はどうした?」

「みんなで倉庫を探索したとき、ちょっと拝借しました」

 倉庫、あのガラクタ置き場にちょうどいい代物が置いてあったんだろうか? いや、あったかもしれない。少なくともなかったとは言い切れない。

「で、おまえは今まで寝ずにこれを書いていたのか?」

「そうですよ。まだ完成していませんけどね」

 言われてみると、びっしり文字が埋まったところと、スカスカのところがある。一刻も早く完成させたいといったところか。

「こんな細かいものを仕上げるにはそれなりに時間がかかることはたしかだ。きのう、一部屋ずつ確認したとき、こんなものは床に書かれていなかった。まあ、概ねおまえにはアリバイがあると言っていいな」

「アリバイ?」

「おまえ以外は全員ラウンジにいた。互いに監視し合っていたと言っていい」

「でもみんな寝てたんですよね?」

「短時間のごく浅い眠りだ。なにかあればすぐにわかる。もっともそこの霧華などは熟睡していたようだがな」

 失礼な。人を無神経の塊のように言いやがって。熟睡していたのはあんたの方じゃないか?

「だからおまえのアリバイは極めて重要なのだ。誰もどんな行動をしていたかわからないのだからな」

 幽目宮は黒川に言い放つ。

「ねえ、そんなことより、残りの部屋を調べようよ」

「たしかにその必要はあるな」

「ウチは絶対行きませんからね!」

 黒川はなにやらわけのわからない言葉をぶつぶつとつぶやきながらとりつかれたように魔方陣の続きを書き始めた。もうあたしたちには目もくれない。

「扉閉めて出て行ってくださいっ!」

 言われたとおりにする。彼女をそこに残し、あたしたちは他の部屋を調べることにした。どこの部屋も鍵がかかっておらず、普通に開いた。しかもベッドシーツの乱れなど使った形跡はない。

「どういうこと? 玻璃は黒川に続いてラウンジから降りたあと、どこへ行ったの? 部屋にも入らずに」

「さあな。だが普通に考えれば犯人に連れ去られたんだろうな」

 たしかにそう考えるのが自然だ。

「じゃあ、その犯人って誰? どうやって玻璃をあの部屋の中に入れ、壺の口より大きな死体を壺の中に押し込んだって言うの?」

「たしかにそれは大いに謎だな。俺たちはあの部屋の唯一の入り口の前にずっといた。その監視の目を盗んで出入りするのは無理だ。さらに俺たち全員にアリバイがあり、そもそも死体をあのガラスの壺に入れることは物理的に不可能だ」

 不謹慎にも幽目宮は楽しそうな顔をした。魅力的な謎に出会えるのはそんなに嬉しいのか? 自分が次の犠牲者になるかもしれないのに。

「心霊現象よ!」

 金切り声を上げたのは国友だった。

「じゃなきゃ、あの女、黒川が黒魔術を使ったのよ。だってあいつ見たでしょ? 閉じこもって魔方陣書いてたのよ。ご丁寧に、蝋燭まで倉庫からくすねてきて。ありえないわ」

 こういうキャラだったのか、この人は。もっと強気で冷静だと思ってた。

 もっともこうも異常な現象が続けば無理もないか。あたしだってかなり参っている。

「俺もその説に賛成したい気分だぜ」

 意外と常識キャラだと思った榊原もそんなことを言い出した。もっとも信じ切ってはいない感じだけど。

「ひゃひゃひゃひゃひゃ、幽霊にしろ、魔術にしろ、なぜ死体をガラスの壺に押し入れるなんてめんどうなことをするんだ? 脅えすぎだ、おまえら」

「じゃあ、犯人が人間ならあんなことをする理由があるのかよ? そっちのほうがよほどありえねえよ」

 榊原が言うことには一理ある。そもそも「どうやって?」以前に、「なぜ?」死体をあんな風にしたのか? 誰が犯人でも、そんな理由はありそうにない。

「この屋敷は幽霊屋敷なんだよ。ひょっとしたら俺たちがここにいるのも、謎の組織が誘拐したなんてことじゃなく、幽霊に呼び寄せられたのかもな。なんか、そっちの方が現実的な気がしてきたぜ」

 たしかに、あたしたちがここにいること自体謎だ。みな記憶が途中途切れているし、そう簡単に誘拐できる状況でもなかったはずだ。そもそもあれが誘拐なら誘拐犯は複数いることになる。榊原が言うように、組織でなければ無理だ。

「馬鹿馬鹿しい。非論理的にもほどがある」

 幽目宮が鼻で笑った。

「そんなことよりさ、一応、エントランスホールも見てみようよ」

 険悪な雰囲気を打破しようと、あたしは提案した。

「そうだな。誰かがいないとは限らないからな」

「あたしはいやよ。死体がある部屋なんて」

 国友が言うように、あそこには棺桶に入った死体がある。蓋が閉まっていて、それが目に入ることはないが……。

「じゃあ、おまえはここに残れ」

 幽目宮はさっさと通路を通り、ホールに向かう。あたしと榊原も続いた。国友も仕方ないといった感じでついてきた。ひとり残る方が我慢できないようだ。

「なんだあれは?」

 ホールに入るなり、幽目宮が棺桶にひとつを指さした。

 蓋が割れている。なにか斧のようなもので一撃したといった雰囲気だ。

「玻璃が入っていた棺……」

 あたしは恐ろしいことに気づいた。

「まさか、犯人は殺したらその棺の蓋を壊す?」

 ますます作り物の本格ミステリーめいてきた。

「違うだろ。それなら最初にあの男の入っていた棺の蓋は割れていたはずだろうが。だけどそんなことはなかった」

 榊原が言う。

 たしかにその通りだ。あたしの考えすぎか?

 割れた棺の蓋を開けてみるが、中身はとうぜん空だ。

「あれは……」

 あたしは別の棺の側に薔薇が落ちているのを見つけてしまった。もちろん、例の吸血鬼のような男が横たわっていた棺だ。

 しかも、その薔薇の側には点々と血が垂れたあとが……。

 まさか、あの鎖の音と、不気味な声はほんとうにこの中の男が発したのか?

 幽目宮がつかつかと棺に向かう。もちろん、あの吸血鬼のように杭を胸に打ち込まれた男が入っている棺に。

 その蓋を開けると笑い出した。

 なんと中身は空だった。いや、正確に言うと、敷き詰められた薔薇はそのままだった。血らしきものも残っている。鎖もある。引きちぎられた様子もなく、棺に鎖を固定している金具もそのままだ。一度外した形跡もない。

 だが、肝心の死体がなかった。

「くくく、どうやら吸血鬼様は復活したようだぞ」

「馬鹿な。まさかそいつがあの殺しをやったというのか?」

 榊原が後ずさる。国友に至っては気を失ったのか、ぱたりと倒れた。逆に幽目宮の口元には不気味な笑みが浮かぶ。

「こいつが犯人かどうかはともかく、霧華が言った通りだろう。殺されたやつの棺は蓋を割られる。それがルールらしい。ってことは、こいつはまだ生きてるってことだ」

 生き返った? そんな馬鹿な! じゃあ、死んだように見えて死んでなかった?

 いや、胸を太い杭が貫通して生きている人間はいない。

 じゃあ、あれはフェイクだったの? とてもそうは見えなかった。

「か、仮によ。あの男が死んでなかったとして、今、どこにいるって言うの?」

「さあな」

 あたしたちは棺桶の蓋をすべて開けた。あと人間が隠れる場所と言えば、そこしか思いつかなかったからだ。

 しかし、すべて空だった。生きた人間も死体も入っていない。

「屋敷の中にいないなら、外しかないだろう」

 幽目宮が言う。

「幸い、雨は上がったようだ。もうすぐ夜も明ける。一息ついたらみんなで外を探索するか?」

 すぐに返事はできなかった。榊原もそうらしい。

「そうね。行きましょう。でないと、謎は深まるばかりだわ」

 榊原もうなずいた。

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