第23話 別れ話
矢速が目を覚ましたのは、刺客に襲われた日から三日経った日の朝だった。
「ヤハヤ! ああ、よかった……。ねぇ、あたしが誰かわかる?」
「ヒナ……」
「良かった、頭は大丈夫ね。本当に心配したのよ。
「……ねぇ、ヒナ。あの男は……どうなった?」
「え?」
矢速の問いかけに、ヒナは思わず山吹の顔をチラ見した。
この三日間で、ヒナが抱えていた疑問――落雷後に何がどうなって自分たちが殺されずに済んだのか――は、少しだけわかってきていた。ただ、それをどう矢速に伝えるかは考えていなかった。
「ええと……そう、まずは肝心なことから話さないとね。雷は木に落ちたから誰も死んでないわ。あんたは自分の異能をちゃんと操ったのよ。そこは誇って良いわ!」
矢速の枕元で、何故かヒナが偉そうにふんぞり返る。
「ここから先は山吹が宮中で聞いてきた噂話なんだけど、あの落雷の後、ナナヒコ様があの男を矢で射て捕まえたらしいの。捕らえるときにナナヒコ様も傷を負ったみたいだけど、豊河彦様と、戻ってきたもう一人の従者と三人であの男を捕らえたんですって。
今は地下牢に入れられてるらしいけど、あの男が誰の命でヤハヤの命を狙ったかはまだわかってないみたい。一番の問題はそれよね」
一番怪しいのは真津姫だけど、そもそもあの男は那々彦の側仕えだったと聞く。疑いたくはないが、那々彦がまったく関係ないとは思えない。
「そうか……」と、つぶやいた矢速は安堵したように息を吐いたが、その表情は曇ったままだ。
「ねぇ、大丈夫? 熱は下がったみたいだけど、もしかして傷が痛むの?」
「少し……でも大丈夫だよ」
「なら、何か食べた方が良いわね。青菜のお粥なら食べられるでしょ?」
ヒナがそう言うと、万事心得た山吹がすぐに粥を運んで来てくれた。その粥の器を受け取り、ヒナは木の匙ですくった粥を矢速の口元に近づける。
「はい。あーんして」
「ヒナ……いいよ、自分で食べるよ」
矢速は照れたようにモゾモゾと動き出し、右肩を庇いながら身を起こした。ヒナが膝の上に粥の器を置いてやると、矢速は左手で匙を握り、ゆっくりと粥を口に運んだ。
回復の兆しを見せ始めた矢速の姿をヒナが安堵の眼差しで見つめていると、矢速が食事の手を止めた。
「眠っている間……一度も悪夢を見なかったんだ。アカル様の仰るとおり、俺が見ていたのは予知夢で、夢の中で俺を殺したのはあの男だったんだ」
「良かったじゃない! それって、もうヤハヤの危険は取り除かれたってことでしょ?」
「うん。たぶん。だから……もう大丈夫なんだ」
俯いていた矢速が顔を上げてヒナを見る。
その澄んだ瞳を見た瞬間、ヒナの心に言葉では言い表せない感情が過った。
これ以上矢速の言葉を聞きたくない。なのに、矢速の瞳から目が離せない。
「……本当は、俺の事情にヒナを巻き込むべきじゃなかった。ひとつ間違えば、ヒナの命も危うかったのに……絶対に止めるべきだったのに、俺の心が弱かったから……ヒナを危険に巻き込んだ」
「そんなの! あたしは承知の上だったわ。狩りのことを言ってるなら、確かに怖くなかったとは言えないけど、それでも、あたしはあの場所にいて良かったと思ってる。あの時、もしヤハヤの傍にいなかったらと思うとゾッとするわ。だから……あんたはそんなこと心配しなくて良いのよ!」
ヒナは矢速の言葉を遮るようにまくし立てた。自分の心に浮かんだ感情が不安に類するものだったのだと、矢継ぎ早に言葉を紡ぎながらヒナは悟った。
もう何も言わないで――――そんなヒナの願いを踏みにじるように矢速は告げた。
「でも……これ以上は、俺が自分を許せないんだ。ヒナ……どうか、何も言わずに岩の里に帰ってくれ」
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