あの手を、まだ覚えてる
アマガエルを捕まえた。
小さくて、ふわふわしていて、でもぬるっとしていて。
手のひらにちょうど収まるサイズだった。
逃がしてきなさい、と母が言った。
もう出かける時間。
何度目かの催促だった。
母はカエルが苦手だ。
ヘビも嫌いだし、たぶんぬめっとしたもの全般がダメだ。
でも私は、もう少しだけ──と思っていた。
自分の親指に、そっと添えられた小さな手。
「くっついていたい」っていう意志じゃなくて、
「今はここでいい」っていう、曖昧な納得みたいなものを感じた。
離れがたかった。
でも、母の声に込められた“そろそろ本気で怒る”という予感が、
その小さな命より強かった。
だから、手放した。
──手放したはずだった。
出かけてしばらくした頃、
なんとなく目をこすった。
──激痛だった。
無数の針を一斉に押し込まれたような感覚。
感覚というか、感電だった。
思わず叫ぶ。
何に刺されたのかも、どうしてなのかもわからないまま。
母は焦り、私は喚き、薬局に走った。
店員が差し出した目薬をさすと、
ゆっくりと痛みが引いていった。
でもそれからずっと、
“触れたこと”と“手放したこと”が、どちらも間違っていた気がしている。
たぶん──
あのとき、まだ手に残っていたんだと思う。
小さな手のあと。
見えない成分。
別れきれていなかった、余韻みたいなもの。
もういないのに、残ってる。
そんな存在に、私は何度も出会っている。
誰かを思い出すとき。
もう通り過ぎた場所に立ち止まるとき。
ふと目を擦ってしまった瞬間に、何かが沁みる。
その痛みが、ただの“刺激”じゃないことを、
私は、アマガエルから教わった気がする。
いまもたまに、
目の奥がじんとする日がある。
あの手の重みとぬめりと、
離しても離しきれなかった“何か”が、
まだ、ほんの少し──残っている気がして。
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