第38話 サークル初参加そして理央の気持ち

 理央と初めて肌を重ねて、その温もりに僕は震えるほどの快感を覚えた。

 最後の壁が壊れて消えたと僕は思った。

 理央の温もりを知り、僕の中で彼女はかけがえのないものになっていく。もう十四年前のことは水に流そう。それに理央をステッカーアップの道具にすることをかんがえるのも止めよう。

 女性に対する免疫は理央のおかげでかなりついた。それに今さら理央と別れて、別の女性にいく気がしない。理央で十分だし、理央で良い、いや理央が良い。

 僕は寝息を立てている理央にキスをする。

 理央は僕の全てを搾り取り、気持ちよさそうに眠っている。

 僕はまだ興奮状態なので、それほど眠くはない。

 後数日もすれば冬のコミックカーニバルが開催される。

 今回はサークルとしての初参加だ。

 今から楽しみではあるがもし一つも売れなかったらどうしようという不安もある。そんなことをいろいろと考えていたら眠くなったので、僕は眠りについた。



 そしていよいよ冬のコミックカーニバル当日を迎えた。十二月最初の日曜日は晴れていた。

 僕たちは早朝からインテックス大阪に入った。スーツケースには今回配布する美琴の写真集ロムと僕の初イラスト集が詰められている。

 僕と理央は振り分けられた折りたたみテーブルに白い布をひく。これだけでちょっと豪華に見えるから不思議だ。

 僕は自作イラスト集「未確認生物」を五十部並べる。まあ初参加で完売は難しいと思うけど、半分は売れるといいな。

 この日のためにXで宣伝もしてある。

 次に美琴をモデルとしたロム写真集「mikotoの非日常」を五十部並べる。まあこちらの方は心配ないだろう。我が妹ながら美琴の可愛らしさとセクシーさは折り紙つきだ。

 それは編集した僕が保証する。

 準備を整えた僕はサークルのテーブルで理央と共に朝食をとる。

 理央がデイリーヤマザキで買ってきたパンと出店のドーナツを買ってきた。

 このドーナツはたしかワイユーだったかな。ふわふわで口どけがよくて美味しいんだよな。

 理央と僕の好物である。

 理央はほとんど僕の部屋で暮らすようになり、今ではほぼ同棲状態だ。当たり前のように食事は一緒にとっている。自然と共通の好物ができる。

 それがワイユーのドーナツだ。もう一つはデイリーヤマザキのカレーパンだ。


 朝食の食事を終えた僕たちのもとにセーラー服姿の美琴があらわれた。

「おはようお兄ちゃん、お姉ちゃん」

 美琴のセーラー服姿は完璧だ。黒髪ツインテールの頭には狐のお面が乗せられている。セーラー服のサイズはやや小さめのようで美琴の見事な巨乳の形がよく分かる。それにスカートはミニでハイソックスを履いている。絶対領域がまぶしい。

 このセーラー服は美琴特製のものだ。

 既製品を美琴は自分に合うように縫いなおしたのだ。美琴の器用さに感服する。

 美琴は乳袋を揺らしながら、僕の隣に座る。

「今日はお願いね」

 理央はぺこりと頭を下げる。

 理央はボストンバックを持ち、コスプレの着替えエリアに出かけた。

 そう言えば美琴は荷物が少いな。まさか……。

「そうだよお兄ちゃん。ぼくこの服できたんだよ」

 にこにこと美琴は微笑む。

「だ、大丈夫だったの」

 いつも人の視線を気にしている美琴がセーラー服でインテックス大阪に来るなんて。

 美琴は容姿が人の目を引くので、きっと目立っただろう。

「不思議とね、このお面をつけると吐き気とか震えがなくなるんだ。ぼくじゃなくて安倍川九美子だと思ったらぜんぜん人前にでても緊張しなくなるの」

 美琴はそう言い、僕の飲みかけのカフェオレを飲んだ。

 

 ほどなくして赤いチャイナドレスにおさげ髪にした理央が戻ってきた。理央は度の入っていない黒縁の大きな眼鏡をかけている。理央の小顔が引き立つ。

「お姉ちゃんかわいい」

 美琴が理央を褒める。

「ありがとう美琴ちゃん。あなたの安倍川九美子もかわいいわね」

 理央が僕の左隣に座る。ちなみに美琴は右側にいる。図らずも両手に花だ。

「うん、ありがとう。ぼくが、かわいいのは知ってるよお姉ちゃん」

 美琴の言葉に空気がぴりついたような気がしたが、僕は鈍感ラノベ主人公を演じることにした。

 そしてついに冬のコミックカーニバルが開催されるというアナウンスがインテックス大阪館内に響き渡る。


 やはりというか当然というか売れていくのは美琴の写真集ロムであった。男性だけでなく女性の参加者もけっこういた。

 美琴は狐のお面を顔につけ、対応した。

 サインを求められるとさらさらと手馴れた手つきで書いていく。この日は僕の初参加であると同時に美琴のコスプイヤーとしての正式デビューでもあった。

 美琴は対人恐怖症を別人格になることによって乗り越えたようだ。美琴は確実にコスプイヤーとしての才能があると思う。美人でグラマーだしね。

 この日、僕にとって特別な出会いがあった。

 一人の黒いスカートスーツ姿の女性が僕たちの前に立つ。

 背が高くてなかなかの美人だ。豊かな黒髪をポニーテールにしている。どことなくお仕事モードの理央を想像させる。

「これ一部くださるかしら」

 その黒髪美人は僕のイラスト集を一冊とる。

「はい、ありがとうございます。千五百円です」

 僕が言うと黒髪美人は財布からお金を取り出し、受け取りのトレイに置いた。千円札一枚に五百硬貨ちょうどだ。

 ぴったりの金額を用意するあたり、この人は同人誌即売会に慣れていると思われた。

 黒髪美人は財布から名刺を取り出して、僕に手渡した。

 そこには創明出版社浩江久美と書かれていた。

 創明出版社とは関西屈指の出版社だ。たしか理央が入りたかった出版社だ。だけど理央は創明出版社をおちて今の鳴海出版に就職した。

 なにやら因縁めいたものを僕は感じた。

「ユーマさんのイラスト前から好きだったのよね。これが縁になったらいいなと思っているわ」

 そう言い黒髪美人浩江久美はテーブルの上の僕の名刺を取って、去っていった。

 美琴にはお兄ちゃんチャンスだよと持ち上げられた。たしかに大手出版社の編集にいい意味で目をつけられたというのはチャンスの予感だ。

「悔しいけど悠真君、たしかにチャンスだわね」

 理央はわかりやすく、悔しそうに唇を噛んでいた。

「私にもっと力があれば……」

 僕は理央の手を握る。

「いいよ、理央には十分なものをもらっている。あとは僕が自分の手で進むだけだよ」

 理央はうん、そうねと頷く。

「お兄ちゃんかっこいい」

 美琴はシンプルに褒めてくれた。


 結果的に美琴の写真集ロムは完売し、僕のイラスト集は半分が売れた。初参加にしては万々歳だ。

 美琴はサークルテーブルを離れて、自分の趣味のものを買いにいった。

「悠真君、これ受け取って欲しいの」

 理央はなにやらボストンバックから取りだす。

 それは額に入れられた一枚のイラストだった。

 拙いイラストだ。

 びりびりに破られたのを貼り直したもののようだ。

 そのイラストには見覚えがある。

 それは十四年前に理央のグループの女子によって破られたものだ。

 理央はそれを貼り直して今までとっていたということだ。

「理央……」

 僕は言葉を詰まらせた。

「悠真君、私のこと許してくれるかな」

 僕はそのイラストを見る。いま見るとかなり幼稚で拙い。

「とっくに許してる」

 僕は答える。

「良かった」

 理央はアーモンド型の大きな瞳に涙を浮かべる。

「悠真君、結婚する?」

 理央は普段の会話のような口調で僕に言う。

 まさかこんなところで、しかも理央からプロポーズされるとは思っても見なかった。

「結婚しよう」

 僕はほとんど考えることなく理央に言った。

 

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