第2話 聖魔術協会

 「せい……まじゅ、つ、きょうか、い?」


 聞き慣れない単語に、真白はおうむ返しに聞いた。


「そう。この世には魔力、わかりやすくいえば魔法なんかを使う為のエネルギーがあってね。これを使う人のことを魔法使い、魔術師って呼んでるんだ。ここはそんな人たちが集まる組織なんだ」


 ルドルフが説明しているが、真白は理解が追い付かなかった。そんな人たちがなんで自分を助けたのか、わからなかった。


「なぜ自分を助けたのかわからない……って顔をしているね。君が、僕たちと同じ異能の人だからだよ」


「異能……? わたしに、特別な力なんて……」


「いいや、君は人とは異なる、いわゆる特別な存在だ。世間一般では公にして生きることはできない。だからこそ、そういった人達を僕らは保護しているんだ」


 ルドルフは言葉を選んで話してくれているが、真白は自分が普通の人間ではないことを悟った。そしてだからこそ、五年間も実験体として扱われていたんだと理解した。

 悔しい、悲しい、そういった感情が、真白の目から流れた。ぽたぽたと流れた涙が、白い着物を濡らしていく。ベッドのシーツをぎゅっと握りしめた。


「あぁ、泣かせましたねルドルフ様」


「ごめん、ごめん! そういうつもりで言ったわけではないんだ。だから、どうか落ち着いてほしい」


「……いえ、取り乱してしまい、ごめんなさい」


 ジト目でエリィーはルドルフをなじった。ルドルフも自分の言葉で泣くとは思っていなかったのか、おろおろしていた。

 彼らに心配をかけるつもりはなかった。袖口で涙を拭った。


「まあそういうわけなんだ。とりあえず、今はもう休みなさい。何かあれば、そこにあるボタンを押して。看護医が来てくれるから」


「……はい」


 会話を終えると、ルドルフたちは一礼して去っていった。真白が一息つくと、途端に強烈な眠気がやってきた。自分でも思っていた以上にダメージがあったのだろう。気絶するように真白は眠った。


 * * *


 あれから二日経った。その間、真白は死んだかのように眠っていたらしい。

 今は医師の診察を受けていた。かつての実験を思い出してあまりいい感じではなかったが、初老の男性はにこやかに、優しく真白を診てくれていた。身体の傷も真白が眠っている間にほぼ消えていた。これも魔術の一つだというのをのちに知った。


 「……うん。身体の方はもう大丈夫だ。あとはゆっくり過ごして、心の方を休めなさい。」

 

 「ありがとうございます。ドクター」


 真白の後ろにいたルドルフとエリィーが頭を下げる。診察が終わり、医師が去っていく。着替えを用意したからと、ルドルフに言われ更衣室へ向かった。そこにあった、白い洋装に着替えた。清潔で柔らかに匂いがすると真白は感じた。

 着替えを終えて廊下に出るとルドルフが外へ案内してくれた。歩きながら周囲を見渡すと、今まで気が付かなかったが、教会のような場所であることに気づいた。すれ違う人々はいかにも魔術師然としたローブを身に纏っている。何人かは真白の方を一瞥したが、そこまで興味は示さなかった。

 外に出ると日差しが真白を照らす。この五年間、まともに日差しを浴びたことがなかったからか、少しふらっとした。

 

「車を用意したから、これに乗ってくれ」


「今度はどこに連れていくんですか?」


「君の住む家だよ。ここからはかなり離れているが、自然溢れる場所だし君の療養生活にはうってつけだよ」


 療養生活? 真白は訝しんだ。そんな話は聞いていないのだけれども……。


「君は身体だけじゃなく心もひどく傷ついている。だから安心できる場所でゆっくり休んで、人並みの生活を取り戻して欲しいんだ」


「……勝手に決めないでほしいです」


「じゃあ君はこれからどうしたいんだい? 何かやることでも決まっているのかい?」


 ルドルフの顔は笑っているが、どこか底知れない圧力に、真白は押し黙った。やりたいことなんて、何もないのに。すると横からエリィーがルドルフの肩をはたいた。


「大の大人が、子供相手に大人気ないですよ」


 ルドルフははたかれた肩をさすると、そういえばと思い出した顔をした。


「この子の自己紹介がまだだったね。この子はエリィー。僕の使い魔さ」


「使い魔? えっと……普通の人とは違うってことですか?」


「はい。私はルドルフ様の魔力より生み出され、生涯ルドルフ様に仕える者です」


 仕える者、というわりには主人のことボロクソに言ったり暴力振るっていたような……。無表情な顔は何を思っているのか、真白にはわからなかった。

 やがて黒い車までやってくると、エリィーは後部座席のドアを開け、真白に入るように促してくれた。


「ここからはかなり離れていますが、しばしの辛抱です。運転には細心の注意を払うのでご安心を」


「はい……よろしくお願いします」

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