第13話 迫りくる黒影
「シューティングスター」の熱狂が学園中に残る一方で、世間を騒がせる不穏なニュースが連日報じられていた。東京湾南海上にある複数の施設が、突如として通信途絶とセキュリティシステムの異常に見舞われ、施設内の職員と連絡がとれなくなっているという。軍が派遣されるも、攻め難い内部構造と敵の多さに、慎重な対応を強いられていると報じられていた。
翌日、普段は訓練の活気に満ちるパシフィック校の学園は、静かで、しかし張り詰めた空気で包まれていた。エクリプスとアストラル、両チームに緊急招集がかかる。
教官が淡々とした口調で、今回の任務の概要を説明していく。
「複数の人工島施設が同時に占拠され、原因不明の通信途絶とセキュリティシステムの異常に陥っている。内部の職員は人質となっていると推測される」
軍や上級生のアクトレス部隊も既に出動しているが、目標施設があまりにも多岐にわたるため、今回の任務は新入生でありながら卓越した実力を誇る両チームに命じられたのだと告げられた。彼らが担当するのは、洋上プラントの偵察、原因究明、そして人質救出だ。
「……実戦」
エリの唇から、か細い声が漏れた。初めて耳にするその言葉の響きが、訓練とは全く違う、命の危険が伴う現実を突きつける。人質、通信途絶、敵の正体不明……。想像するだけで、手のひらにじっとりとした汗が滲むのを感じた。隣でナツメやシェリー、リリアやキャシーが真剣な表情でブリーフィングを聞いているのが、妙に遠く感じられた。
作戦決行は、月明かりも乏しい夜だった。
漆黒の空を切り裂いて飛ぶ輸送ヘリから、一本のワイヤーが静かに海上の人工島へと降下していく。その先端に接続されたドレッドノートが、まず施設の外縁部に音もなく着地した。シェリーのドレッドノートが先頭に立ち、ナツメのクルセイダーがその背後を固める。上空では、リリアのハイドラとキャシーのイカロス、アンのイフリートが警戒態勢に入り、エリのミラージュは後方で広域センサーを展開し、情報収集と支援の態勢をとった。
施設に近づくにつれて、エリの心臓の鼓動は速まる。不気味なほどの静けさ。所々でセキュリティライトが規則性なく点滅し、風が錆びた金属の軋むような音を響かせる。その全てが、エリの不安を煽り、脳内で最悪のシナリオを再生させるようだった。
最初の隔壁を突破した直後、それは突如として現れた。
甲高い電子音と共に、多数の自律型軍事ドローンが、まるで群がる蜂のように通路の奥から押し寄せてきたのだ。兵器としての性能は低い。それは頭では理解している。しかし、その数の暴力と、無機質な動作は、訓練では決して味わえない、特有の圧力を放っていた。
「くっ……!」
エリはスナイパーライフルを構え、狙撃体勢に入る。だが、実戦のプレッシャーで手が震え、サイトがわずかに揺れる。放たれた弾は、ドローンの装甲を掠めるだけに終わり、仕留めきれない。
その間にも、ナツメのクルセイダーは無駄のない動きでドローン群の中央に躍り出て、次々と機体を粉砕していく。シェリーのドレッドノートもまた、その巨体が砲弾のごとく敵の群れに突っ込んでなぎ倒していく。
「エリ、焦らなくていい」
ナツメの声が響く。頼もしい二人の姿に、エリの心に少しだけ勇気が湧いた。上空からアストラルのメンバーもドローンを排除し、地上部隊を援護する。味方の存在が、エリの心の支えとなっていた。
施設内部への侵入は、さらなる緊張を強いられた。内部は完全に機能を停止しているかのように暗く、ドレスのセンサーが頼りの迷路のような通路や、薄暗い搬入区画が続いていた。
狭い通路や部屋では、予期せぬ場所から待ち伏せていたドローンや、暴走した警備用ロボットが波状攻撃を仕掛けてくる。大型のドレッドノートや機動力が売りのクルセイダーは、閉鎖空間での戦闘には不向きで、身動きが取りにくい場面が多発した。
その時だった。
「ッ、通信が……!」
ナツメの声が途切れる。突然、チーム全体の通信に強烈なジャミングが発生したのだ。外部との連絡は完全に途絶え、チーム内の連携も乱れる。
「クソッ、何処からだ!」
シェリーが苛立ちをあらわにする。混乱する状況の中、エリは冷静さを保とうと必死だった。
「私が……私が原因を特定します!」
エリはミラージュのセンサーと電算系をフル稼働させ、ジャミングの原因を特定しようと試みる。普段の訓練で培った分析力と、ミラージュの高性能センサーが、この状況でこそ輝くはずだ。
彼女のセンサーが捉えたのは、施設内部、通路の天井近くに隠れていた特殊なジャミングドローンだった。
「……これだ」
エリは、震える手を押さえつけ、ライフルのサイトをジャミングドローンに合わせる。他のメンバーがドローン群との戦闘に集中する中、「私がやるしかない」と、彼女は覚悟を決めた。照準を固定し、一息に引き金を引く。放たれた銃弾は、ドローンの中枢ユニットを撃ち抜いた。
乾いた音が響き、ジャミングドローンは機能を停止し、不気味な静寂が戻った。
「通信、復旧しました!」
エリの声がチームチャンネルに響く。
「エリ、よくやった!助かった!」
ナツメの安堵した声。シェリーも「見事だ、エリ!」と称賛する。リリアからは「やるじゃん!」、アンからは「エリさん、すごいっス!」と、次々と感謝の言葉がエリの胸に温かく響いた。この瞬間、エリは自分は役立たずではないと、確かに実感し、実戦の不安が少しずつ拭われていった。
通信が復旧し、連携を取り戻したチームは、さらに奥へと進んだ。そして、居住区画で、怯える職員たちが多数のドローンに囲まれているのを発見する。
「人質を傷つけるな!最小限の被害でドローンを無力化する」
ナツメの指示が飛ぶ。人質の命がかかった状況に、エリは再び緊張で体が固まりそうになった。しかし、迷いなくドローンを排除していくナツメやリリア、シェリー、アンの頼もしい姿を見て、エリは自らを奮い立たせた。自分も、臆することなく戦わなければ。
エリは冷静にドローンの弱点を狙撃し、人質を傷つけることなく突破口を開く。仲間と連携し、次々とドローンを排除していく。職員たちを保護し、脱出経路を確保しようとしたその時、最後の区画で、より大型で堅牢なロボットが出現した。それは、対ドレス戦を想定した警備用多脚戦車だ。
「あれは……ハッキングされている!」
エリのセンサーが、警備用多脚戦車の頭部に取り付いた、制御用ドローンを捉える。エリの指摘を受けたナツメとシェリーは連携し、警備用多脚戦車の足止めを図る。ナツメはドレッドノートより二回り程巨大な多脚型戦車の前に躍り出て注意を引き付ける。僚機に射線が通らぬように気をつけながら、限られた空間で回避運動をする。
電磁ネットや機銃が縦横に放たれる中、隙をついたシェリーはランスを脚部関節に突き立てる。そしてすぐさまランスから手を放すと隣の脚に組みつきパイルバンカーを撃ち込む。右側の二つの脚を損傷した多脚戦車は体を傾げて動きを止める。
その隙を狙い、エリはサイトを絞る。狙うは、あの制御ドローンだ。一瞬の隙を突いて放たれた精密な一撃は、ドローンを正確に貫いた。制御を失った多脚戦車は、静かに機能を停止した。
全員が無事施設から脱出し、駆けつけた救援部隊に人質を引き渡した。作戦は成功に終わった。
ナツメがエリの元に歩み寄る。
「君がいなければ、作戦はもっと難航しただろう。見事だったよ、エリ」
それはチームに加入して以来、最高の褒め言葉だった。
シェリーもまた、今回の大活躍を見せたミラージュの性能に舌を巻く。
「ミラージュの性能もさることながら、それを十二分に発揮したのは汝の実力だ。よくやったな、エリ」
ナツメとシェリーからの言葉を受け、エリはこれまでにないほどの自信と達成感に満たされた。初めての実戦で、戦士として一歩大きく成長できたことを実感する。
一方、キャシーは静かにリリアに尋ねていた。
「ナツメ・コードウェルは、エリ・ホシノの才能がここまで開花することを見抜いていたと思いますか?」
実戦では直接戦闘以外の技能も作戦の成功率を左右することを知っているキャシーだからこその問いだった。リリアは返事をしなかったが、得意そうな笑みから何を言いたいかは明らかだ。
作戦は成功したが、一体誰が、何のためにこの施設を占拠したのか、真の首謀者は不明なままだった。それでも、今だけはこの勝利の余韻に浸ることが許されるだろう。
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