お飾り王妃の日常

雨之宵闇

第1話 お飾り王妃の日常

 ふぅ。飾られるのも飽きたわね。

 本日も暇なり。外は晴天なり。

 お飾り王妃、職業王妃、肩書だけは多いのよね。お前、こんなに暇で良いの?暇だから自分で自分に尋ねちゃう。


 ちょっとそこのお前、ええ、お前よ。

 襟に糸屑がついているわよ。


 飾られ過ぎて暇すぎて、見るものが使用人の襟足だなんて。


 こんなに細部まで見られては、まるで身体検査と思われるでしょう。あれね、門番と一緒に王城の入城門でやってみるの良いかもしれない。

『服装検査』

 ちょっと貴方、前髪が目に掛かっているわよ、なんちゃって。でも楽しそうね。王に頼んでみようかしら。

 今度会う時にでも。

 あれ?今度会うのはいつだったかしら?

 前回会ったのはいつだったかしら。


「一時間ほど前だがね」

 あら、王。こんにちは。


「思考を言葉に出す癖は承知しているね?」

 真逆。


「その真逆だよ」

 小憎たらしい王ね。とことん私の思考を突いてくるとは。


「君との付き合いは長いからね。何せ出生=君の婚約者だったからね」


 半月先に私が生まれたからって、自分のほうが若者っぽいカンジで言うのやめてくれないかしら。


 ぷい。


「あー、そんなつもりは無かったんたけどね。君に話したいことがあったんだけど、出直すことにするよ」


 ちぅ、とほっぺにキスするのはなんなのかしら。ほら、侍従が見てるわよ。

 お前、ええ、そこのお前よ。

 王がお帰りですって、案内なさい。


 騒がしい王が退場なさって、再びの静寂。暇ね。飽きたわ。  

  

 ブリジットは、そこでそっと目を瞑る。


 聴覚だけが鋭敏になって、小さな音まで漏れ聴こえてくる。次第にそれが画像となって現れて、目の前に展開される。


 王城の隅まで、隅々まで。

 文官の書類を捌くさま。

 洗濯婦の笑い声。

 厨房の風景、ちょっと見習い君、それは塩ではなくてお砂糖よ。


 こうしてお飾りの王妃の椅子に、のんべんだらりん座っているだけで、王城の出来事が手に取るように聴こえてくる。


 覗き見?そんなことはないわ。

 この足で直に見るのとさして変わらないじゃない。労力を消費しないだけのお話よ。


 ふんふんふん、暇だから鼻歌歌っちゃう。

 瞼を閉じて王城サーチ、始めるわよ。




「王妃の静寂は守られているか」

「はい、少数精鋭で固めております」

「糸屑ついてたじゃないか。」

「あー、厳重注意しておきます」

「彼女の負担は極力減らすように」

「承知しております」

「休息には十二分の配慮を」

「隣国から取り寄せた羽布団をいたくお気に召したご様子」

「ああ、あれは危険だね。人を駄目にする羽布団だ」

「昼中から熟睡に誘われますからね」

「なんでお前が知っている」

「試しましたから」

「その時の布団は今、誰が使ってる?」

「⋯⋯」

「ちっ、お前のお下がりを使っていただなんて」

「僅かな時間です。ほんの三時間ほど」

「お前、処すぞ」

「王妃様に言いつけますよ」

「くそっ」

「汚い」



 王城の回廊を楽しげにお喋りする王と侍従の会話はまるっと無視して、今日も王妃の「王城サーチ」は続くのであった。






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