第6話 世界史に出るレベル

(ふふっ、どうやら私の偉大さがわかったようね? あなたの汚いケツから生えてあげてることを光栄に思うがいいわ)

「えっ? ああ、うん……」


 思ったよりすごそうなやつなので、どう返したらいいのかわからない。どういう風にしゃべればいいのか戸惑っていると、


(あまり気を遣わないで、気楽に話してちょうだい。あなたは一応宿主だからね、それくらい許してあげるわ)

「あ、ありがとう……?」


 また思考を読まれたのだろうか? おちおち変なことも考えられないなと警戒していると、


(……ごめんなさい、その性癖はよくわからないわ。あなた普段何を考えて生きてるの?)

「おおいっ!? ち、違うから! 今のはその……ちょっとした思考実験というか……」

(まぁ、いいわ。宿主のプライバシーに配慮して、今後は思考を読むのはやめてあげるわ)


 どうにか誤魔化そうと辺りをきょろきょろ見回していると、いつの間にか学院長が机に座って書き物をしていた。


 ピュイッ!


 指笛を鳴らすとどこからともなくフクロウが飛んできて学院長の書いた手紙を持つと、器用に窓を開けて外へ飛んでいった。


「今のは……」

「王都に使いを出したわ。しばらくしたら迎えの馬車が来るはずだから、少し待って居てちょうだい」

「王都って……誰に連絡したんです?」

「王様よ」

「……へっ? お、王様って、何でそんな大げさな話に……」

「全然大げさではないのだけれどね、はぁ……。いいわ、エーテルニタスに関する有名な昔話をしてあげるわ」


 呆れてため息をつかれたんだが……えっ? そんなに有名な話なのか?


「エーテルニタスはね、退治されたり征服されたことはないけど、唯一人と心を通わせ共生関係を築いた記録のある最強種でもあるの。今から五百年ほど前、パルヴムという小国の国境沿いの小さな村に住んでいた老農夫にエーテルニタスが寄生したらしいの」

「そ、それってケツに……?」

「古い話だし、そこまで詳細な記録はないけれど、あなたの例からするとそうかもしれないわね」


 遥か昔にもこんなことがあったんだなぁ。歳をとって耐久力に難のありそうな、老農夫のケツの穴が心配になってきた。


「それで、老農夫のケツの穴はどうなったんですか?」

「いえ、ケツの穴は別にどうでもいいのだけれど……。最初は頭の中に語りかけてくるエーテルニタスに相当驚いて、どうにか取ろうとしたけど取れずに絶望していたらしいわ。でも、少しずつコミュケーションを取るうちに仲良くなって、村人たちも始めは奇異に思ったそうだけれど、農作業を手伝ったり村を襲うモンスターを退治したりしている間に打ち解けてすっかり受け入れられて、その奇妙で友好的な関係は老農夫が亡くなるまで続いたそうよ。老農夫が亡くなった後は、どこかへ消えてしまったそうだけれど」

「へぇ、そんなことがあったんですか。なんか絵本のおとぎ話にでも出てきそうな、いい話じゃないですか」


 うねうねのエロい触手にあるまじき、ほのぼのファンタジーな昔話にほっこりしていると、学院長は渋い顔をして言った。


「……そうね、これだけならとってもいい話なんだけれどね。その共生生活の間に、一つ大事件があったのよ。当時の覇権国家、大帝国インゲーンスがパルヴムに侵攻してきたの。小国のしかも国境沿いの小さな村と大帝国の軍隊とでは力の差は歴然、あっという間に薙ぎ払われ略奪され火の海にされていたでしょうね。あの最強種、無限の触手エーテルニタスさえいなければ……」

「ど、どうなったんですか……?」


 パニック映画の予告編のような展開に続きが気になり、ドキドキしながら先を促す。


「当時、村人たちはその変わった触手をエーテルニタスだとは思っておらず、ちょっと変わった優しいモンスターか精霊くらいにしか思っていなかったの。つまり、パルヴムも、もちろんインゲーンスもエーテルニタスのことなんて知らずに攻め込んだわけ。その結果は……村を襲われ激怒したエーテルニタスが先鋒部隊として送り込まれた数千人を一瞬で壊滅させ、信じられない状況に情報が錯綜し軍隊は完全に統率を失い、救援とさらなる攻撃のために無益に人員を送り続け、飛んで火にいる夏の虫状態の中、そこで数万人が命を落としたわ」

「す、数万人も……とんでもない被害だな」

「そこで終わればまだよかったんだけどね、その被害は序章に過ぎなかったのよ」

「えっ……」


 信じられない言葉に絶句すると、学院長が落ち着いて被害の全容を語り始めた。


「数万人を屠っても、エーテルニタスの怒りは収まらなかったわ。無限の触手の二つ名通り、触手を帝国全域に張り巡らせて侵略を開始したの。まず行ったのは、流通網の破壊よ。街道を封鎖し運搬や行商の馬車を襲い、他国からの交易の馬車も襲って追い返し、帝国の流通を完全に麻痺させたわ。さらに畑や牧場を襲って食料生産を壊滅的な状況に追い込み、挙げ句の果てには帝国領内の二つの民族が対立している地域で片方の民族の生活を助け、もう一方の民族の生活を妨害し、差をつけて扱うことでモンスターと組んで自分たちを迫害しようとしているという疑心暗鬼を生じさせ戦争を起こすという、人間顔負けの離間工作まで行うという有様だったわ」

「え、えげつねぇな。もう、やりたい放題じゃねぇか……」


 ただでさえ力で敵わないというのに、人間並みのもしくはそれ以上の知能で破壊工作なんてされたらもうどうしようもないだろう。


「事態に窮した皇帝は自らパルヴムの小さな村に赴き、エーテルニタスに土下座までして許しを乞うたそうよ。今後は一切侵攻しないということでどうにか許され、その村の名前を取ってアグリコラの屈辱と呼ばれ、最強種が大国を滅ぼしかけた大事件として世界史に名を刻むことになったわ」

「こ、この触手がそんな化け物だったなんて……」

(さぁ? よく覚えていないわ)


 今は俺の尻でアホみたいにうねうね動いている触手がまさか、昔の大帝国を一匹で滅ぼしかけた怪物だとは信じがたかったが、学院長の様子を見ているとおそらくそれは本当のことのようで、背筋が凍った。

 よく覚えてないとか言って誤魔化してるけど、絶対しらばっくれてるだけだろこいつ……。


「ちなみにその老人は、皇帝に土下座させた農夫としてパルヴムの英雄となり死後も讃えられ、エーテルニタスは国の守り神として崇められて宗教にまでなり、今では国教となって信仰を集めているそうよ」

(へぇ、見どころのあるいい国ね。今度行ってみようかしら?)


 今でも崇められていると知り、ウキウキな触手がうねうねと蠢くのを複雑な気持ちで眺めていると、窓の外から蹄の音が聞こえてきた。


「どうやら来たようね。なぜ、王様に会わなければいけないような事態なのかは理解したわね? 王への報告とこの触手が本当にエーテルニタスなのかという鑑定は必須よ。もし本物だったらそれは国家的な、いえ、もしかしたら世界的な危機になるかもしれないの。それに、放っている禍々しいオーラを見るに、あながち嘘とは思えないもの……」


 徐々にこちらに近づいてくる蹄の音を聞きながら、改めてとんでもないことに巻き込まれてしまったのだと気が遠くなる俺だった。

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