相棒が柴犬のクソ雑魚テイマーの俺の尻に、なぜか世界最強でドスケベな百合触手が生えてきたんだけど……

朔之蛍

第1話 異世界ブリーダー生活

 犬はいい、犬最高。

 そんな俺だから、見過ごすことはできなかった。


「あっ、危ないぞぉ! お、おい! 兄ちゃん!」


 キキィィィィィィッ! ……ドンッ!


 見知らぬおっちゃんが俺を止めようとする声、トラックの急ブレーキの音。

 そして、トラックが俺を引いた時の音……。


 つい笑ってしまいそうになるくらい、まるで冗談みたいに高々と宙を舞いながら、俺は自分の腕の中を見る。


 ……よかった。トラックに轢かれそうになっていた子犬、どうにか助けることができたみたいだ。あとは地面に直接ぶつからないように俺がクッション代わりになってやれば、きっとこの子は大丈夫だろう。


 宙に浮かびながら、そんなことを考えていた。……っていうか、なかなか地面に落ちないなこれ?


 ああ、あれか。走馬灯ってやつか。死ぬ間際に体感時間がゆっくりになって、スローモーションみたいに感じるってやつ。


 死ぬのは確定っぽいから、せっかくだから今のうちに色々考えてみるか。そうだな、学校帰りにトラックにひかれて死ぬとかいかにも異世界転生物っぽい死に方だよな。


 学校でも浮いててぼっちだったし、家族ともあまり仲良くなくて飼い犬だけが心の支えみたいなところもあったし、特に現世に心残りもないからいっそのこと異世界転生するのもありかもしれないな。


 俺が異世界転生するとしたら……そうだな、俺はテイマーがいいな。家で飼ってる柴犬のタロみたいな子をテイムして異世界で無双するんだ。ケルベロスとかヘルハウンドとかがいいかな? いや、フェンリルも捨てがたいけど、あっ、あれは狼か……いや、でもまぁ実質犬ってことでいいだろもう。


 ……なんだか意識が遠くなってきたな。ああ、もう終わりか。ちゃんと子犬を怪我させないように抱きしめてっと。


 もし、次があるのなら、異世界に転生してタロと一緒に旅をして、今度こそ幸せに楽しく暮らせたらいいな……。


 グチャッ。






「ばぶぅ、ばぶばぶ……(おい、マジかよ……)」


 目を覚ました時、俺は赤ん坊になっていた。しかも、異世界転生物にありがちな中世ヨーロッパ風の世界の……。


 というわけで享年十七歳の俺、犬飼孝はジャン・コーリーという名を与えられ、異世界転生生活がスタートしたのだった。


 異世界に転生した俺はというと、正直この世界を舐めていた。だってもうこれ、あきらかに異世界転生物の黄金パターンじゃん? このまま普通に暮らしてれば、そのうちチート能力に目覚めて余裕で異世界無双っしょ! ってバリ舐めてた。ひたすらダラダラして暮らしてた。


 十五歳になり自分に向いている職業の判定をして、テイマーを引いた時にもう確信したね。ああ、この流れはチート級のモンスターをテイムして無双する流れだって。


 だからテイマーを育成するための学校に入り、初めにテイム出来たモンスターには震えたね。実習中に近場の森で偶然出会ったモンスター。ああ、これ絶対このモンスターでこれから異世界を無双していくんだってね。


「アンッ!」

「…………」


 犬だった。めっちゃ犬だった。むしろ柴犬だった。

 クラスメイトには爆笑され、やがて馬鹿にされた。


 だって犬だもん。めっちゃ犬だもん。異世界では珍しい犬種だったけど、それでもただの犬だもん。


 当たり前だが、ただの犬でモンスターなんて狩れるわけがない。他のクラスメイト達が優秀なやつはドラゴンとかワイバーンとか、デュラハンとかゴーレムとかサラマンダーとか、ちょっとかわいいハーピーとかセイレーンとか、相当駄目なやつでも最低でもスライムくらいは使役できてたのに、俺はずっと柴犬のまま……。


 もうテイマー養成学校なんかじゃない。俺だけ犬のブリーダーの専門学校みたいになってた。三年間ずっと柴犬を育ててただけだった。


 違う、違うんだよ、異世界に居るであろう神様とか女神様……。確かに俺はタロみたいな子をテイムしたいとは言ったよ? ただそれは信頼関係的なことの話で、ガチでただの柴犬をテイムしたかったわけじゃない。普通にケルベロスとかフェンリルとかそういう犬っぽい、強そうなやつでよかったのに……。


 確かにタロと同じような柴犬を飼えて癒されたし心の救いにはなったけど、それじゃ無双なんてできないし、こんな頼るもののない異世界でただの柴犬と暮らすのはガチできつすぎるよ……。


 い、いや、冷静に考えろ俺。異世界転生したっていうのに、そんなただの柴犬が相棒になるわけないだろ! そうだよ、異世界転生物のいつものパターンさ。いかにも雑魚っぽいモンスターだったのが、実は最強でしたっていうあのパターンだよ! そうそう、きっとそのうち俺のタロもあるきっかけで覚醒して、地獄の番犬ケルベロスになるんだよ!


 ……ならなかったよ? いや、本当、びっくりするくらいただの柴犬だったよ? 三年経ってもう卒業だけど、本当にただひたすらかわいいだけだったよ?


 ――というわけで、三年間のブリーダー生活を終え、教師たちからも憐れまれどうにか温情で卒業を認められ、十八になった俺が虚無顔で卒業式に臨むところからこの物語は始まる。


 本当に恐ろしい化け物と、これからある意味この異世界を無双することになるとは全く想像もしないまま……。

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