第42話 side01 通じず

 最初に見えたのは拳だけ。

 だが、瓦礫から段々と前に出てきた俺という存在が、異形だと周りが完全に理解したのは言うまでもなく全身を見せてからだろう。


 周りの唖然とした表情を見れば、勝手に理解できる。


 やはり見せるべきではなかった。しかし、こうでもしないと奴の進化を止められない。

 目の前の怪人―――インパクトルーパーは、おそらく元々からリアクトになれる才能を持っていたのだろう。


 先ほどの発言から、身内がリアクトという話もある。その説は濃厚だろう。


 殺せば同じことではあるのだが。


 「なんだよ―――なんだその姿は!」


 ようやく周りの反応が見える。

 しかし、言葉を発したのは、目の前の敵だけ。


 「力がお前のものだけだと思ったか?不幸に襲われたのが、お前だけだと思ったか?」

 「不幸?違うだろ!この力は、俺たちをお前らを服従させる、幸福の力だあああ!」


 相手の叫びとともに地面が揺れ始める。

 その揺れに呼応して、周りに落ちていたゴミが浮いてくる。


 無駄な演出を……


 俺は少しだけ踏み込んで、相手の懐に入り込む。

 それにすら気づけない相手は、目の前の俺が消えたように見えている。


 俺は、すでに奴の視界の下側―――顎に狙いを定めて、射程圏内に入り込んでいる。いくら周りを見渡しても無駄だ。


 メキメキメキと嫌な音が突き上げられた拳によって作られる。


 「げぶえっ!?」

 「温いなあ。こんな程度で粋がれるのか。本当に、無様だな」

 「っ!?―――ぶっ殺す!」


 殴られながらのけぞった体―――戦えるような態勢ではないが、機転よく飛び上がり、どうにか俺を視界に収めるとゴミをこちらに飛ばしてくる。


 先ほどのような爆撃で攻撃をしようとしているのだろうが―――


 「二度も同じ技を食らうほどではないな―――いや、攻撃をもらっても大したダメージはない。のほうが正しいかな?」


 言葉の通り、俺は一切防御をせずに爆撃を受ける。

 攻撃による煙が晴れた後に見えた者は、単純な結果だった。


 「なっ、どうなってんだよ!」

 「単純だ。俺とお前じゃ、立っている場所が違うってことだよ」

 「クソが!」


 俺は無傷で終わる。当然の結果である。


 このやり取りは一瞬の間。まだ、奴は空中にいる。

 叩き込むなら次の一瞬だ。


 俺は即座に動き出し、相手の着地地点に回り込む。

 なんの推進力もないトルーパーは俺の拳のもとへと突っ込むしかない。


 しかし、相手もそれを読めないわけでもなかった。


 「そんなの!これで!」


 そう叫ぶと、自身の持っていたゴミ爆弾を起動させて、その勢いで俺の想定していた軌道から外れて、速度も纏いながら瓦礫の山に落下していった。


 だが、それがなんだという。

 無駄に死ぬのを遅らせただけだ。


 「げほっげほっ」

 「潔く死なねえか?面倒くせえよ」

 「うるっ、せえ……これでどうだ」


 トルーパーは手を前に突き出し、勢いよく拳を握る。

 すると、俺の足元が爆発し始めて、視界を奪ってきた。


 なるほど、通じなくとも―――か。


 おそらくこの間に逃げようとしているのだろう。

 これ以上の戦闘を重ねても、自分の敗北が濃厚だと悟ったか。


 だが、それだけ戦闘本能を抑えられるだけの理性。

 ここで排除しなければ。


 進化の可能性がある者を野放しにしてはならない。


 そう判断した俺は、左腕の外殻の一部に手を当て、そのまま思いっきり引っ張った。

 激痛が走るが、この程度―――


 「がっ、あがっ!」


 メリメリメリとおぞましい音を立てながら、細長い棒状の外殻が摘出された。

 このまま棍棒の類の要領で戦ってもいいが、さすがに不格好すぎるし、俺もそのたぐいの武器の扱いは慣れていない。


 思案しながらいつかの時のように外殻を剣へと変化させる。

 そのまま逆手に持ち、奴のいるであろう場所へと投擲した。


 「かはっ!?」

 「この姿になってまでやってんだ。なんの成果もなしに終わると思うなよ」

 「このっ、クソがッ!なんでそこまで―――もともとお前に関係ない奴らの」

 「その力を使用した時点で無関係ではいられない。それだけのことだ―――いや、違うかな」

 「はぁはぁ、これなら今度は、攻撃できねえだろ……」


 トルーパーは言っているが、相手が今どういう状況なのかわからない。煙が晴れてくれなければ。

 まあ、どういうつもりでそう言ったのかは大体わかる。


 下衆は追い込まれたときに最悪の手段を講じる。それが、最善でも、そうでなくても。


 爆発による煙が晴れてくると、周りの状況が見えてくる。


 「やっぱ人質だよな」

 「余裕こいてんじゃねえぞ!それ以上近づいてみろ、こいつをぶっ殺す!」

 「は、一!」

 「迂闊だな!もう少し相手がどう出るか考えておけよ!」

 「そ、そんな!無茶―――」

 「黙れ!おい、こいつの命が惜しくば」

 「御託はいい。お前を殺せば終わる話だ」


 相手の話は聞くに堪えない。

 すでに精神的な平静は失われている。力に呑まれて、心底可哀そうに。


 「ここで人質を取ることに何の意味があるか」

 「あ、ある!お前を止め―――」

 「止まると思うか?」

 「っ……!」

 「あと、先ほどの俺の発言に齟齬があるようだから伝えておく。迂闊という言葉はお前に言ったんだぞ」

 「はっ!?なんで、俺に!」

 「言っているよな?人質は通じない。なんせもう、俺の間合いだからな」

 「っ!?」


 相手は俺の言葉の意味に気づいたみたいだが、もう遅い。

 奴が人質に取ったのは美晴だ。彼女には、俺の渡した指輪がある。


 間合いと言うのには少し拡大解釈だが、攻撃の範囲が広いというのに変わりはない。


 バチバチバチ


 「ぐああああああああ!?」

 「な、なに!?」

 「俺が位置情報を送るだけの指輪を渡すと思うか?念のためだよ。まあ、乱発されたら困るから、俺の意識的許可が必要だけどな」

 「どうして私にそんなものを―――」

 「約束したろ?」


 そう―――約束だ。守ると決めた。そのためなら、どんな手段だって……


 さあ、終わらせよう。この無為な戦いを。


 俺はもう一度剣を取り出す。


 痛みはともうなうが、そんなことはどうでもいい。


 「最後に、お前の兄と言われる奴の名前を聞いておこうか」

 「誰が……」

 「まあ、言わないか。だって言おうとしたら、お前死ぬもんな」

 「なんでそれを……」

 「単純な考察だ。リアクトの能力はインパクトだ。なら、人間爆弾の可能性なんざ、いくらっでも考えうる。クズの考えなんか、いくらでも想像つく。そう言った人間を山ほど見てきた」

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