第35話 side02 親友の陰

 紀里谷花音の捜索が打ち切られた。

 普通の世間一般の目からすれば、ありえない対応だろう。だが、そんなことは予測できたこと。


 この世界は“そういう風”にできている。当たり前のことのように起こるのに、人々はそれを自然だとは思わない。

 面白い矛盾だ。


 だが、それも自然な形。

 難しく考える必要などない。


 何度でも言おう。そういうものだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 紀里谷花音が姿を消したことを知った日の翌日


 紀里谷花音の監禁場所を発見した。

 結論から言うと、紀里谷花音の身に何らかの影響はないと考えてもよい。


 調べてみると、どうにも雨宮は単独で行動しているとみていい。

 だが、行動にはきっかけがあるとのこと。なんでも、男友達の死がきっかけだったらしい。


 その死について調べてみると、殺人事件として捜査が始まったものだったらしい。しかし、それは、すぐに捜査が打ち切られた。

 周りは何度も抗議をしたのだが、事故としての処理になったそう。


 死体は、右腕がなくなって、心臓に穴が開いていたというのに。


 まあ、この殺し方と雨宮の関係者―――つまり、紀里谷花音の周りで発生している。その情報から、サイコリアクト関与していることは間違いない。


 それから彼女はとある廃工場に出入りする姿が目撃されている。

 まあ、見てくれは美人らしいから、目撃例は簡単に見つかった。


 思いのほか時間はかからず、助かったとも言えよう。


 今の段階ではないと思われても、いつ彼女が紀里谷花音に殺意を現実にしてもおかしくない。


 だが、なぜ雨宮柚葉は復讐の道を選んだのだろうか?

 どれだけリアクトの魔力で理性を失ったとしていても、行動の合理性はあるはず。


―――死にたくない、失いたくない。


 そういった恐怖の感情は、復讐の心を上回るはず。生物としての本能がそうさせるはずだ。

 もしかしたら、リアクトの魔力が上回ることがあるのかもしれないな。


 突入はするべきだろう。だが、その際にあれを見せることになる。

 受け入れてくれるかもしれないが、一旦の距離ができてしまいそうだ。それを飲み込まなければいけないことはわかっている。


 いや、迷っている場合ではない。


 初対面の時、気の弱い彼女は僕に一声かけるのも大変だっただろう。

 その勇気を出した彼女のおかげで、僕は少しずつ食べる喜びも愛されるうれしさも、愛すことの満たされる感覚を知った。


 なら、僕はそれに報いるべきだろう。


 そう考えた僕は、とある場所に来た。

 もうこの暖簾をくぐるのは何度目か。


 紀里谷花音の実家に入ると、店先に疲れた表情の彼女の母がいた。しかも、近くには板倉芙美がいる。


 「すまないな、店は―――あんたか……」

 「なにしに来たんだよ」

 「なぜ、紀里谷花音を守ってやれなかったと言いたげな顔だね」

 「お前っ!」

 「だが、責任転嫁だ。僕が彼女と別れた後に事は起こっている。お門違いというものだ」

 「なんでそんな無神経なことっ!今がどんな状況か―――」

 「捜索が打ち切られ、その抗議でもしてきたのだろう?」

 「わかってるなら―――!」


 板倉芙美はごたごたといちゃもんをつけてくるが、これ以上は付き合わない。

 ただ起こっていることを受け入れているのは、隣にいる母のみ。


 「居場所はわかった」

 「なに……!?」

 「僕が助けよう。今回の件、僕のせいなどということはできない。本来は助ける義理などない。だが……」

 「助けてくれるのか?」

 「ああ。僕は、助けに行く。僕にたくさんのものをくれた彼女を。だから僕は、どんなに拒絶されることもいとわない」

 「拒絶……?花音はそんなことしないと思うぞ?言っちゃなんだが、あれは零蘭君のことに対して本気だぞ?久しぶりに見る顔だけどな」

 「そういってももらえると、少しは気が楽になるね。まあ、行ってくるよ」

 「待て―――どこに行くんだ?警察も呼んで……」

 「必要ない。警察は動かない。そういうもの―――行先は、そうだな。町はずれの廃工場とでも言っておこう。まあ、一つしかないのだけどね」


 それだけ残して、僕は店を出ていく。

 中には、母親と板倉芙美。追いかけてくることはない。そう思っていたのだが―――


 「待てよ……」

 「なんだい?君にできることはないと思うのだけど?」

 「私に、何かできることは―――」

 「ない。君は待っていたまえ。物事は自分から動くばかりでもない。時には、誰かの助けを待ってもいい。今の君に必要な言葉だと思うけどね?」

 「なにを……」

 「まあ、君たちのような一般人は待っていることだね」


 追いかけてきた板倉芙美。君には無理だと、そう突きつけるのだが、彼女もなんだか引けない様子で、僕の首筋をつかんでくる。


 「私も腕に自信はある!ごろつきが何人いたところで!」

 「驕りだね。君は君の限界を理解していない。だから―――もうこれ以上の議論は必要ないか。放したまえ、出なければ事故に遭うことになる」

 「驕りなんかじゃ……お前になにが!」

 「わかるよ。僕にはわかる。君は君のことを何わかっていない。だから、君はなにもかも傍から消えていく」

 「このっ……!」

 「図星なら、受け入れたほうがいい。そうでなくては成長できないよ」


 そう言うと、彼女は僕を殴ろうとした拳を止める。

 もう彼女の目的は、見失われている。このまま戻ってきてくれるといいのだが。紀里谷花音のために。


 少しばかりの望みを彼女に向けながら、僕は乗り物に乗る。


 「バイク……免許持ってたのか?」

 「うちの学校はバイク通学はできないからね。知らなくても無理はない。だが、バイクは男のロマンだと聞いている」

 「誰に?」

 「僕の一番の友人―――約束の親友さ」

 「なんだそれ?」

 「それこそ、いつか知ることになる。君たちにも紹介できるといいね。でも、彼は気難しいところがあるから、大目に見てあげてほしい」

 「……楽しみだな。そんなことより、本当に花音は廃工場にいるんだな?」

 「間違いない―――と、言いたいところだが、目撃証言を統合して割り出しただけで、確定ではない。別の場所に、ということは全然あり得る」


 だが、あたりを付けたうえでの結論だ。間違えているとは微塵も思っていない。相手が僕の頭を超えてくるような頭脳半なら話は別だが、そんなことはまずない。

 僕以上の知能など、この世で一人しか知らない。


 さあ、御託はもう終わりにしよう。今、僕が一番大事な人を助けに行く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る