第25話 side02 吹き返す者
町中にあるとある建物。
夜も更け、人通りも近くにはない場所にあり、今は寝静まっていて明かりがついていない。
ただ、一部明るい場所があった。
その場所は、その建物の中のとある部屋でわずかながらに灯がつけられている。
ろうそくの火はその場を照らすものではなく、ある者のとある場所への道しるべのためである。
建物内には、大人二人と子供が一人。
3人は今、静かに寝ているが、気持ちよさそうに寝るものなどどこにもいない。
ある時からこの家族から笑顔は消え、ただ暗い空気のみが流れていた。
そんな家族に希望があるとするのなら、あの時起きた悲劇が夢だったと目を覚ますことができることだろう。
しかし、そんな夢物語は起こらない。
だが、縋るしかない。
家族にとっての希望、光―――失ってはならないものだった。希望のない世界に家族はなにを見出すのかわからない。
笑えることがどれだけ幸せか。夢を持つことがどれだけ幸運か。
それを考え、思い直す人間などいない。子に親が選べないように、人は未来を選べない。
道を作れても、イレギュラーにすべてを奪われる。
しかし、そんな家族に光が舞い降りる。
家族たちの寝る部屋とは別の場所。ろうそくの炎が誘う部屋。
そんな誘いを拒んで起き上がる人物が一人。ただ、様子がおかしい。
一般より、肌が青く、あまり血色のいい状態とは言えない。それに、起き上がった体は少しだけ動いにくそうにしている。
しかし、顔に関しては話が違う。
乳液など化粧水などで綺麗に整えられ、髪は綺麗に整髪されている。
それに加え、唇は血色のいい赤となっており、紅を塗っていることが伺える。
だからこそなのかもしれない。
その顔の美しさに相対して、より際立っているのだ。
―――真っ白な目が。
そんな異様な人間が起き上がる建物の前には一つだけ立て看板が置かれていた。
『
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「なあ、花音の様子がおかしいんだけど、なにか知らないか?」
「君は……隣のクラスの出席番号3番の『
「人をおちょくってんのか?」
「そう言うつもりはない。だが、意味に対する興味がないのも事実だ。よって、僕が紀里谷花音の状態を伝える理由は一切ない。帰りたまえ」
ぼっくがそう言うと、彼女は勢いよく胸倉をつかんでいた。
「ふざけんな!あいつのあんな怖がってる姿見たことないぞ!」
「そうかな?僕には努めていつも通りにしているように見える」
「そうだよ!わかってんじゃねえか!あいつは無理して笑ってる。なにかなきゃ、ああはならない!」
どうやら激情性でありながら、彼女の異変を見て、気付けるほどの姉御肌らしい。おそらく、こういう性格で今まで過ごしてきて、紀里谷花音に頼られて生きてきたのだろう。
そんな彼女が暗い表情を見せながら、自分に相談してくれないことが許せないのかもしれない。
しかし、知ったことではない。
「彼女が君を頼らなくなったのは、彼女自身の成長ととれるのではないか?」
「だけど、一人で抱え込むのは意味が違うだろ!」
「ふむ……君は彼女が一人で頑張ろうとしているのを否定するのかい?」
「っ……そういうことじゃ」
「君の言ってることはそういうことだ。というより、彼女のメンタルの弱さは、君たちのその過保護さが原因だ。いじめで見過ごせなかった。そういった君たちの行動が彼女の成長を妨げている。まあ、神代という男の自殺はいい感じに精神的な成長に貢献したみたいだけどね」
パァン!
僕の言葉に対して返ってきたのは、彼女の激高の言葉ではなかった。
頬に強烈な衝撃が走り、僕の顔がのけぞった。
その時の音が教室内に響き渡り、注目が僕たちのもとに向かう。紀里谷花音が、所用でこの教室にいないことが唯一の救いだろう。
「来いよ、その喧嘩買ってやる!」
「……勝手にしたまえ」
「お前が来るんだよ!」
彼女は僕の胸倉をつかんでそう叫び、半ば無理やり屋上へと連れていかれた。
屋上に着くと、彼女は僕を力いっぱい投げてきた。
というより、力いっぱい振り回され、投げ飛ばされると言った感じだ。綺麗な背負い投げをやってきても面白かったのだが、やはり男女差が原因か。
「教室内で僕をののしらなかったのは英断だね」
「うるさい―――そんなことより、さっきの発言を取り消せ!私はともかく、雄真を侮辱するようなことは絶対に許さない!」
「雄真―――神代雄真かい?彼は死んでいると聞いているが?」
「そうだ、自殺した。いろんな人間から迫害を受けて。心を壊して!」
「だが自死を選んだのは彼だ。その後どうなるか彼にどうしようもないのは当たり前のことだろう?現に、僕はその男を馬鹿だと認識している」
「ふっざけるなあ!」
そう言うと板倉芙美は僕に殴りかかってくる。
妙に腰が入り、もはや喧嘩しなれているとしか言えない。
だが、僕とてそうやられているばかりではいけない。
あまり一般人に手を出したくないが仕方ない。
僕は突きだされた拳をつかんで、肩口に巻き込み、それを吊り上げるようにしながら反転し、後ろに投げた。
彼女は僕に手をつかまれていて、綺麗に宙を舞い、地面にたたきつけられた。
「ぐぅっ……!?」
「わかるだろう?君は僕に勝てない。論理でも、君が破綻している。君に勝ち目などないよ」
「うるさい……うるさいうるさいうるさい!私は、雄真の意思を!花音を守るって……!」
気が付くと、彼女の目尻に涙がたまり始めていた。
ずいぶんと感情の起伏が激しいな。さっきは起こったり、今度は泣いたり。
ストレスが溜まっているのだろうか?
さすがに泣いてるところに追撃できないので、僕は手を放して離れた。
しばらくすると、彼女は立ち上がったのだが、今度は屋上の扉が開け放たれる。
そこに立っていたのは紀里谷花音―――問題の渦中にいる人だった。
彼女は僕たち二人を見ると、今まで見たことないほど悲しい顔をしながら近づいてきて、2回手を振り抜いた。
パシンパシン、と力のこもり切っていない弱いビンタが入ってきた。
しかし、なんだろうか、痛くないはずなのに、異常に心に響く。
「二人とも、私のために、こんな喧嘩しないで!」
「ふむ、少女漫画的セリフだな―――生で聞くとは思わなかった」
「零蘭君は茶化さないで!」
そう彼女に諫められる。
思えば、僕は初めてしっかりと怒られたのかもしれない。
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