第8話 side01 強烈な不快感

 人の悪い予感というものはおおよそ1割しか当たらないらしい。裏を返せば、9割は杞憂に終わるらしい。だが、俺はそんな風には思えない。


 体感的には悪い予感のほうが当たっているような気がするし、杞憂に済んだ試しを知らない。もしかしたら、覚えてないだけかもしれないが、いい思いはしない。


 それだけの事実が物語っている。強烈な悪い予感は外れない、と。


 そして、俺は今それを感じている。目の前の男に―――と、言いたいところではあるが、すでにその悪い予感というものは的中していた。


 本当に最悪の気分だ。


 「君のように薄汚い根性でこの学校に通っているとは、本当に情けない。我が校の生徒会を見習うんだ」

 「おい、月野つきの。そこまで言うことはないだろ」

 「会長は甘いんですよ。こいつは校内に不良を呼び寄せるような奴ですよ。外で何をしているのかわからない。違いますか?」

 「そうかもしれない。だが、それを導くのが、我々生徒会とわが校の教職員の務めだろう?月野だって、そのために生徒会に入ったはずだ」

 「会長、限界があるんですよ。我々は、いわゆる落ちこぼれという救いの余地がある者たちを助けることはできても、あいつのような社会のゴミを更生させるなんて無理ですよ」


 言いたい放題だ。

 俺が何も言わないから、奴がこの学校の生徒会副会長であるがゆえに―――俺は言われたい放題だった。だが、相手にする必要はない。俺からすれば、根性がねじ切れそうなくらいにひねくれてるのは奴のほうだ。


 さすがに不快になった俺は、早々に生徒会室から立ち去ろうと部屋を出た。それに対して申し訳ないと思ったのか会長がわざわざ外に出てきた。


 「その、すまない―――彼は真面目なんだ。零陵のように不良まがいのことをする相手を許せないんだと思う」

 「なぜそれがわかってて、俺に会わせた?」

 「それは……なにかいい方向への刺激になれば―――」

 「そういう思慮の甘さが嫌いなんだよ。俺に何もしないでくれというのなら、なにもするな。なにもしないように不良たちにでもにらみを利かせておけ。なにもされないうちは、俺は何もしない」

 「だが、私はお前を……」

 「おせっかいはよせ。本当に薄っぺらいな。手を差し伸べているつもりってのが一番ムカつくんだよ」


 俺はじぶんのうっ憤を彼女にぶつけた。お門違いかもしれないが、こいつが俺を生徒会室に誘わなければこんなことにはならなかった。

 これではほかのメンバーの程度が知れるな。


 まあ、うちの学校の生徒会は選挙は行われない。立候補制に加え、生徒会役員の推薦などによって選ばれる。なぜかは知らんが、昔になにかがあってそれがそのまま今に引き継がれているのだろう。


 「その、今回はすまなかった。今度、食事を奢る。詫びも込めてだ。だから、RIVE―――連絡先を交換してくれないか?」

 「……断る」

 「ま、待ってくれ!頼む。今日のことは正式に謝らせてくれ!この通りだ!」


 そう言うと彼女は頭を下げた。

 ほんとうになんなんだ、こいつは。それをやるのがどれだけ卑怯か。周りの生徒からは、俺が生徒会の会長に頭を下げさせている。そういう構図にしか見えない。


 体裁が悪すぎる。


 仕方ないと、俺は彼女の頭を上げさせて連絡先を交換した。


 「後日、また連絡する」

 「しなくていい。できることなら関わるな」

 「そんなこと言わないでくれよ。私とお前は、もう立派な友人と呼べる関係だろ?」

 「はぁ……薄っぺらい奴はすぐにでも大事なものを失う。あの男の性格を真面目の一言だけで片付けるお前にかける言葉にしては、少し優しすぎるのかもな?」

 「お、お前って―――それに、どういう意味……あ、おい!」


 俺は会長を置いて歩き出す。これ以上は相手にするだけ無駄だということは想像にたやすいことだった。


 仕方ないさ。俺に友人など必要ない。そもそもそこまで仲良くした覚えがない。彼女の考えていることが俺にはわからない。

 俺に社会性がないことなどはある程度理解している。なにがおかしくて、そうじゃないのか俺には判断ができない。だが、これだけは言える。


 俺に絡む会長は短絡的で、安直で、神経を逆撫ですることしかしていない。


 本当に人望があるのか疑ってしまう。一応、今の生徒会メンバーは、彼女の人柄に寄せられた者たちらしいが、実際のところはわからんな。


 「しかし、月野とかいう奴―――なにかあるな……」


 一応に会長には注意するように言った。だが、なぜそうしなければいけないのか確信があるわけではない。単純に気に入らない性格をしているだけかもしれないしな。


 だが、俺に向けられたあの視線と言葉―――単純な敵意ではない。だとするなら―――


 「やはり、人の感情の機微は理解しがたいな……」


 誰もいないところで、そうつぶやくが結局答えは見つからずに数日が経過する。

 退屈な平日を乗り越え、迎えた日曜日に事は起きた。


 ピコン!


 俺のスマホから甲高い音が鳴り、メッセージの受信を伝えてきた。

 と、同時に誰がそれをしてきたのかすぐにわかる。家族も友人もいない俺にとって友達登録そのものをしている相手が少ない。無論、企業公式のものは基本的に着信OFFにしているので音が鳴ることはない。


 つまり、俺は着信音が鳴っただけで誰が送ってきたかがわかる。


 「なに……?生徒会の買い出しに付き合ってほしい?そこでお礼もしたいから来てほしい……か。礼なんていらないから、メッセージ送るなって言ったのにな……」


 ていうか今、朝の5時だぞ?馬鹿なのか?


 ピコン!


 俺が一応返事を返そうとしたのだが、それよりも早く彼女からもう一度メッセージが届く。


 『少し荷物を持ってもらうことになるが、そこまでの量にはならないはずだ。それに、月野やほかの生徒会メンバーは全員来ない。だから、頼む!』

 「本当は嫌われてんじゃねえのか?この生徒会会長……」


 俺は疑うものの、スマホを机の上に投げた。

 ガタンと音がして、壊れるんじゃないかと思わせるようなものだが、今の文言で返信する気も行く気も失せた。

 そもそも、日曜日だぞ?


 毎日つまらない授業を受けてるんだから、今日くらいは何も考えずにいさせてくれ。


 ピコン!


 『午前10時に鉄山かねやま駅に来てくれ。私は、お前が来てくれると信じているぞ』

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