番外編 喫茶店にて(早川歩美視点)

「え? 斎藤さん、結婚されたんですか?」




 祷雨の件が落ち着いたあと、私は斎藤さんと都内の喫茶店でお茶をしていた。


 何でこういう流れになったのか、いまいち覚えてないけど。


 斎藤さんはコーヒーを飲みながら、あの口調で淡々と答えた。


「結婚と言うか、同僚と籍を入れただけです」


「いや、それを結婚っていうんじゃ……」


 私もアイスティーを飲みながら呟く。


 斎藤さんの薬指には、シンプルなリングが光っていた。


「でも、それなら前もって教えていただいてたら、お祝いを用意したのに」


「いえ、お気遣いなく。お気持ちだけで十分ですから」


 ふと気になったことを聞く。


「名字は? どうされたんですか?」


「別姓で届けました。夫婦別姓が施行されたタイミングだったので、ちょうど良かったです」


 なるほど、そこも斎藤さんらしい。


 ……ところでさっき、同僚って言ってたな。


「同僚ってことは、お相手も外務省の官僚の方ですか?」


「はい、以前は同じ政策課にいました」


「どういうきっかけで、距離が縮まったか聞いても?」


 すると斎藤さんは、ふっと笑った。


「……いくつかありますけど、きっかけのひとつは早川さんですよ」


「え?私?」


 思ってもみなかった話に驚く。


「私ですか?」


「ある早川さんの言葉で、自分の内面に向き合ったのがきっかけです」


「そ、そうですか……」


 いまいちよく分からないけど。



「お相手の写真とかないんですか?どんな方か見てみたいんですけど」


 すると斎藤さんはスマホを取り出して、しばらく操作したあと画面を見せてきた。


「あまり写真は撮らないんですけど、結婚休暇でアメリカに旅行に行ったときには何枚か撮りました。この写真を人に見せるのは、もしかしたら初めてかもしれません」


 それは、ある男性が満面の笑みでスマホを持ち、二人で写ってる自撮り写真だった。


 斎藤さんはちょっと戸惑った顔をしてるから、多分この人は写真は苦手なんだろう。


 それよりも……


「え、お相手の方、すごくかっこよくないですか?」


「まあ、女性にはモテる方だと思います」


 相変わらず斎藤さんは淡々と言う。


 斎藤さんもクールな美人だから、二人はとても似合ってるように見えた。


「はあ、いわゆるパワーカップルですよね。すごい……」


 この二人で年収どれくらいあるんだろう。




「……でも、本当によかったです」


「え?」


「前にシオガで斎藤さんは、一人で生きていくみたいにおっしゃってたから。信頼できるパートナーができてよかったなって」


 そう言うと斎藤さんは柔らかく笑った。


 斎藤さんの表情が本当に穏やかになってて、そこも本当によかったと思う。




「早川さんの方は?話は進んだんですか?」


 斎藤さんに聞かれて、私も現状を話す。


「式とは別にこっちで披露パーティーをやろうと思ってます。その時には斎藤さんにも出席していただきたいんですけど」


 斎藤さんはキョトンとしていた。


「いいんですか? 私が出席しても」


「はい、是非。彼も来てほしいって」


 そしてふと思いつく。


「そのパーティー、斎藤さんのパートナーの方もお呼びしていいですか?」


「彼もですか?」


「はい、お会いしてみたいなって。ご迷惑じゃなければですけど」


「迷惑ではないと思いますよ。彼も早川さんのことはよく知ってますし」


「し、知ってるんですか……」


「はい、政策課だったので。外務省内で早川さんのこと知らない人はいないと思います」


「……」


 ちょっとその辺は深く考えないでおこう。




「……でも、こうやって斎藤さんと落ち着いてお茶できる日が来るなんて思ってませんでした」


 斎藤さんも軽く微笑んで答えた。


「いろいろありましたからね」


 すると斎藤さんのスマホが軽く振動した。


「あ、早川さん、すみません。私そろそろ行かないと」


「こちらこそ、すみません。お時間いただいて」


「いえ」と斎藤さんは伝票を手に取り、立ち上がりながら答えた。


「楽しかったので。またお会いできたらいいですね」


「はい、またパーティーのご案内するんで、その時はよろしくお願いします」


 すると斎藤さんは、ふわっと微笑んだ。


「楽しみにしています。——あの時、背中を押してくれてありがとうございました」


「え?」


「それでは、また」


 そうして斎藤さんは、軽く会釈して颯爽と帰っていった。


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