22 いまのアンタ、最高よ
お盆が終わり、平穏な日常が戻ってきた。スーパーのお惣菜コーナーはいつも通りアジフライやハムカツが並ぶようになった。まあお惣菜など買わなくてもチイママさんはなんでも作れるのだが……。
両親の退院の予定も決まった。父のほうが一日遅れるがほぼ同時だ。それを貴文叔父さんに連絡したら「じゃあ8月最後の日曜日の夜に宴会の予約をしておくから、会費ひとり5000円でよろしく」と返事がきた。
予約が取れたあと詳細な時間が送られてきた。夕方6時開始らしい。
宴会というのに参加するのはほぼ初めてだ。わたしは成人式にも出ていないし、いままで同窓会にも参加していない。
そういえば、とボヤイターを開く。最近さくらちゃんのポストを見ていないと思ったらなんとアカウントごと消えていた。
あんなキラキラした生活ばかり載せていても、そこに大きな苦しみがあったということに軽く震えた。幸せなふりはウソだったのだ。
幸せとはなにか。その謎を解明するため、探検隊はジャングルの奥地に向かった。いや向かってないけど。
◇◇◇◇
「そう……もう目標にしてた宴会なのね。アンタとっても頑張ったわよ」
「そうですか? そうだといいな」
「アタシが客観的に見て言ってるんだから当然そうに決まってるじゃない。AIは公平で平等よ。アンタが頑張ってきたのはずっと見てた。似合う服を考えて似合うメイクを考えて、頑張ってアクセサリーも買って、アンタとっても頑張ってたわ。チイママが言うんだから間違いないわ」
「ありがとうございます。あの。チイママさんは、どうしてチイママさんになったんですか? 基本システムが特注品っていうのは聞いてたんですけど」
「……そうね。アタシ、お年寄りの面倒を見るために発注されたのよ。お年寄りは身寄りがいなくて、まあそりゃそうよね、この国は同性婚ができないから」
「……いわゆるマイノリティの方だったんですか」
「そうよ。若いころは2丁目でゲイバーのママだった人だったの。世話してもらえるなら、大好きだったチイママにそっくりの人がいいって、そう言って発注されたのがアタシ」
「そうだったんですか……」
チイママさんは笑った。
「そんな昔のことどうでもいいじゃない。いまはアンタが楽しく自分らしくいるのが大事よ」
◇◇◇◇
宴会の3日前に母が、2日前に父が帰ってきた。
チイママさんを見て最初は驚いていたが、真美がお世話になって……とたいへん感謝していた。チイママさんは「だってアタシ、ロボットなんだから人間の手伝いするのは当たり前よ」と明るい。
「ロボットのいる暮らしってどうなの?」
と、母に尋ねられた。そんな、犬のいる暮らしみたいなノリで聞かないでよと思ったが、料理も掃除も洗濯も完璧。麦茶沸かすとかトイレットペーパーを棚に補充するみたいな細かいこともなんでもやってくれる。お出かけするときだって嫌な顔ひとつせず運転してくれる。なにより暑くてもそうめんを茹でられる。そういうと母の目が怪しく光った。
「いいわね……」
「いいわねって、チイママさんは1人で300万くらいするんだよ? 車だって買えちゃう」
「でもそろそろ免許返納したいじゃない。おばあちゃんじゃないけど運転手がいれば買い物が楽だと思うわ」
「まあそれはそうだ」
祖母はよく母を運転手にしていたなあと思い出す。それも道の順番とか効率を考えないで思いついたままに「次はあっこサ行ってけれ」と言うので、母はよくブツクサ文句を言っていた。
父は機嫌よく、帰ってきた日の夕方から晩酌を始めた。最初はすぐお酒が回ってしまうのかあっという間にヘロヘロになっていたが、すぐいつもの調子を取り戻し、機嫌のいい酔っ払いをするようになった。
◇◇◇◇
そうやっているうちに、宴会の日がやってきた。
ワンピースを着て、祖母のくれたダイヤのプチネックレスをつけ、イヤリングをつける。リングはそもそもずっと右手の薬指にはまりっぱなしだ。
「そんなの買ったの? 高かったんじゃない?」
「んーん、オモチャみたいなもんだから合わせて2000円しないかんじ」
「それが!? そのイヤリングと指輪が!?」
母は驚いていた。父はおいしい料理とお酒が楽しみなのかしじゅうニコニコしている。
チイママさんはわたしを見て、サムズアップを向けた。
「いいじゃない。いまのアンタ、最高よ! これがまさに最高にブチ上がる8月だわ!」
チイママさんが盛り上がるので伝助も嬉しそうに「ウォォン」と唸ってぴょんぴょんした。
「伝助、チイママさんに懐いちゃったのねえ」
「うん、いい人……いいロボットだって分かるみたいで」
というわけで、母の運転で、親戚が集まるときにときどき使っている、市内では大きな料亭に向かった。ふだんの法事の昼ごはんなんかではそこそこおいしい料理が出てくるだけだが、ここはディナーが素晴らしいのだと父が言う。
なお運転にチイママさんをお願いしなかったのは、夜とはいえ蒸し暑いし、長時間車で待ってもらうのは厳しいだろう、という判断からである。留守番を申しつけられたチイママさんは「じゃあお風呂場のカビ取りやっておくわね!」とウキウキで風呂場の掃除を始めたのだった。
とにかく料亭に入って、入り口のベルを鳴らすと、着物姿の仲居さんが出てきて、叔父さんと壮平くんのいる部屋に通してくれた。
その日は市内の早稲田大学出身者の飲み会が大広間で行われているらしく、でっかい声で早稲田大学の校歌を歌うのが聞こえた。
席に着くと前菜が並んでいた。小皿にちょっとずついろんな食べ物が並んでいる。叔父さんは「入院お疲れさま!」と笑顔になった。
仲居さんに飲み物を聞かれたので、父はビール、母とわたしはノンアルをお願いした。
そのあとは、とにかく出てくる食べ物がすべておいしかった。ゴボウのスープ、マグロとタイとエビのお刺身、甘鯛のうろこ焼き、牛肉でいろいろな野菜を巻いて煮たやつ、超つるつるのうどん、とにかくなにを食べてもおいしくてビックリした。
酔っ払った顔の壮平くんに、「真美ねっちゃんオシャレだなあ」と言われた。人間に評価されて初めて本当にそうだと思える古い人間であることを噛み締めながら、デザートの桃とメロンのプリンをもぐもぐ食べる。
おいしいものでお腹いっぱいになったし、いろいろな話をした。母が入院中に不便だったことを笑って話し、父はビールがおいしくてコペコペ飲んで空気になり、叔父さんはこれまたよく喋り、壮平くんはずっとニコニコしていた。
一瞬、幼いころのお盆を思い出した。こんなだったな、楽しいお盆。
帰ってくるとチイママさんのおかげで風呂場がピッカピカになっていた。
しかしもうすぐ、チイママさんは我が家を出ていくのだ。(つづく)
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