伝説の殺し屋、転生して婚約者を守ります
星守
プロローグ《伝説の殺し屋》
男の薄暗い足元に、ごろごろと転がってきた目障りな
懐から注射器を取り出し、
男が向かったのは、あまり人が通らず衛生管理が届いていない異臭がする場所だった。そこら中にゴミが散らかり虫が飛んでいる。しかしそんな場所でも、一件だけ富豪な建物が建っていた。男の目的地は此処だった。
重圧な扉にノックを2回して中に入った。
「持ってきたぞ」
男が見つめる人は、小太りな中年で汚らしい容姿に豪華な装飾品をつけていた。偉そうに足を組んで椅子に座っている。
「ああ、
低く濁った声に冴龍と呼ばれる男は嫌気がさした。
冴龍は先程の血の入った注射器を渡す。
中年の男がそれを持って近くの機械に血を注ぎ込んだ。機械は作動し、大きく揺れて少しすると、機械の上面に付いた小さなモニターに男が転がした生首の顔の人物が映った。それを見た男は不気味ながらもご満悦な笑みを浮かべ、冴龍に近寄る。
「流石伝説の殺し屋。仕事が早いね」
男は分厚い封筒を冴龍に差し出す。封筒を開け、中身を確認した後すぐに男を背にして歩いた。
「ああ……怖い」
氷室冴、コードネーム『冴龍』は裏社会では大変名の知れた殺し屋だった。
政治が不安定な現在の日本には、当たり前のように銃を持ち歩く者、犯罪数が増加している。政治が不安定とは色んな理由があるが、その中でも『加護』というものが新たに発見されたからだ。
『加護』とは神に近しい存在である式神が人間に力を分け与え、守り助けるものである。多くの式神の存在が確認されているが、加護を授かる者はごく僅か。そんな中でも最も力があり、頂点に君臨する式神と言えば龍だった。そしてその、龍からの加護を授かっている者は唯一の冴龍だけである。元から殺し屋としての素質があり、本人だけでも裏社会の最恐だが、さらに龍、詳しく言えば白龍からの加護があるので、『伝説の殺し屋』と言われた。
古いアパートの2階の部屋で、冴は封筒から中身を出して枚数を数えていた。札に描かれた人物なんて、冴には全く関心がなかった。その人物を学ぶ機会すら、冴には与えられたことはなかったからかもしれない。
「28、29、30……30万か」
慣れた手さばきで札の枚数を数え終わり、一息吐く。
部屋には幾つかの厚い本が重ねて置かれた机があるだけで、テレビも何もない。キッチンは少し使った跡があるが、まだ新品のように綺麗。風呂と便所と睡眠のためだけの部屋同然のような場所だった。冴自身も、この部屋に愛着があるわけではなかった。
血の付いた黒いコートを脱ぎ、壁に付いた棒に掛かったハンガーを取ってそれを掛ける。
いつものように風呂に向かう途中、ズキッと心臓辺りから激痛が走った。
どんな深い傷を負うよりも痛い。身体の内側を抉られるような痛み。
我慢できず、床に倒れこんで左胸を抑えた。
「クッ………………ソ」
いくら加護があって傷が癒えても、不治の病は進行を遅らせるだけで完全に治すことはできなかった。今日は時々現れる激痛より遥かに苦しい。流石の冴でももがいた。びしょりと汗をかき、歯を食いしばる。
今まで隠してきた名のわからない病は今日、裏社会で伝説の殺し屋と呼ばれる冴の命を、簡単に奪った。
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