コーラを飲んだら、ダンジョンへ行こう。

きょうじゅ

プロローグ

第1話 すべての始まり

 ぼくは一国の王子として生まれた。王子というのだから国王の子で、国王というのだから一国を支配している王様だ。……というと凄そうに聞こえるかもしれないが、わが海護王国みなもりおうこくは建国よりこのかた人口が500人を越えたことのない極小国家ミクロネーションで、つまりぼくは王子ではあるが、そこらへんの村長さんの息子さん程度の権力も持っていない、名ばかりの王子に過ぎない。


 海護王国は北太平洋上、日本列島から見てずっと東、ハワイから見てだいぶ西に浮かぶちっぽけな島国である。近くにほかに有人島はない。そして無人島も、岩礁すらもろくにない。正真正銘、絶海の孤島というわけである。


 20世紀のある日、日本人の海洋冒険家・海護弦一郎みなもりげんいちろうがこの島を『発見』し、建国を宣言したのがわが国の始まりだ。弦一郎はぼくの高祖父であるからして、向こうから見ればぼくは玄孫やしゃごということになる。孫の孫。一族の嫡子は代々「なになに一郎」という名を引き継いでいるので、ぼくも「理一郎りいちろう」という。海護理一郎。


 さて、こんなところで独立国家などと気取っていられるのは、この島にほとんど価値が無いからである。まず、絶海に浮かぶ孤島なら通りすがりの船の補給基地の役割くらいは担えるのではないかと思われるかもしれないがこの島は地質の関係で清水がまったく取れない。いまでも上水道は雨水頼りでやっているのだから推して知るべしである。


 そして、やっぱり地質とか土壌とかの関係で、滑走路も作れない。せめて滑走路が作れるのなら第二次世界大戦のときに日米軍の係争地になったりはしたはずで、その場合わが王国の歴史もどうなっていたか分からないが、実情をいえば戦略上の価値が無いということなのでまったく問題にされなかった。そういうわけで、こんな孤島なのにわが海護には空港もない。小さな港だけはかろうじてあるが、それでだいたいすべてをまかなっているのである。


 何もない島だった。平和以外、何もなかった。今日までは。


 きょうは島で年にいちばんの祭りの日である。いちおう建国記念祭なども兼ねているし、ついでにお盆でもあるが、まあ要するにただの夏祭りだ。とはいえ祭りというくらいだからみんなにごちそうくらいは振る舞われる。海護コーラも好きなだけ飲める。海護コーラとは何かって? 島の特産品。いわゆる島コーラというやつである。輸入品のコカ・コーラやペプシ・コーラよりうまいのかというとそれは微妙なところなのだが、貴重な島の淡水資源を使って、つまりこの島で作っているものなので、珍しいことは珍しい。あんまり数がいるわけでもないが、たまには観光客くらいやってくるから、そういう人たちに高く売りつけるために作っている。ちなみに、観光より大きい産業と言えるのは漁業だけで、ほかに国の産業と言える規模で営まれている経済活動はほとんどない。レモンの畑と鶏小屋くらいはあるけど。


「王子ー。お寿司なくなりますよー。食べますか?」

「ああ。もらう」

「じゃあはいこれ」

「ビールもほしい」

「それはだめです。王子はまだ14歳でしょ」

「ちぇ」


 ぼくは寿司の入ったプラのパックを二つ受け取り、海護コーラのペットボトルを片手に、なんとなく散策する。ちなみに寿司というのは、まあ日本の寿司がベースだが、微妙に違う。まず、酢の代わりにレモンの果汁でシャリを作る。ネタにするものは、まあ大半はこのへんで獲れるシイラなどの魚介なのだが、やっぱりこのへんで漁獲されるウミガメなんかも寿司にして食べる。これをわれわれは島寿司と呼んでいる。


「あれ?」


 島の小高い丘になっているあたりまで来て、祭りの喧騒を見下ろしていたら、別の方角に、燐光を放つものが見えた。岩場だ。


「あんなところ、なんにもないはずだけどな。いまは干潮だし」


 干潮であるということは普段は沈んでいるものが海面上に露出しているということで……いやそんな能書きはいい。なんだか分からないが、行ってみよっと。


「で、着いたわけだが。これは何事だ?」


 ぼくの目の前に、小さな洞穴が口を開けていた。こんなところにこんな穴は無かったはずだ。普段は海に沈んでいるものが干潮で現れた、というにしても、だったらこの島で十四年育ったぼくがその存在を知らないわけはない。こんなところにこんな洞窟はありません。なかったはずです。


「光ってたのは……これか」


 当たり前だが濡れている洞窟の底面が、奇妙に綺麗に平らになっていて、そこに円形の、魔法陣のような幾何学模様があり、その魔法陣全体が燐光を発しているようだった。


「人工物……だよな。どう見ても」


 ぼくは近づいてみた。そして魔法陣らしきものの中に足を踏み入れる。すると。


 ばしゅっ、と、音のようなものがして。


 ぼくの視界は、次の瞬間、暗転していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る