2025年8月3日 16:15
なぜポケモンの名前が覚えられて車の名前は覚えられないのかへの応援コメント
好きの反対は無関心という言葉が、ネット上でのやり取りに於いて擦られているのを見るのはなかなかに不快なのだが、まああえてこの場にその言葉を置いておこう。 本文の中では、無知無関心という語から、憎いや嫌いという言葉に遷移していく。そしてけつでまとめられている事は、興味を持ち始めるかもしれないという予感である。 恐らく、その事を取り上げてエッセイをしたためるくらいには、“車”に対して興味関心の強さがあるのではないかと推測できる。それが無意識的な興味である可能性もある。 しかしもっと単純に、ここでは偶々“車”がやり玉にあげられただけであり、筆者にとっては心底から取るに足らないものなのかもしれない。 重要なのは、何かを嫌うというアイデンティティの表面化、その自己言及の深度である。その点で言えば、些かお粗末で日記の域を出ないくだらないものかもしれない。 しかし、最後まで読もうと思うくらいには、魅力のあるテキストであった。くだらないが、実に素晴らしい。 自主企画に参加いただきありがとうございました。
作者からの返信
コメントありがとうございます!ほとんど愚痴なので「下らないよなあ」と思いつつ書きました。嫌いなものには近づいて攻撃したくなるので車もこき下ろしてみました。こんなエッセイを魅力的と言ってもらえて嬉しいです!
なぜポケモンの名前が覚えられて車の名前は覚えられないのかへの応援コメント
好きの反対は無関心という言葉が、ネット上でのやり取りに於いて擦られているのを見るのはなかなかに不快なのだが、まああえてこの場にその言葉を置いておこう。
本文の中では、無知無関心という語から、憎いや嫌いという言葉に遷移していく。そしてけつでまとめられている事は、興味を持ち始めるかもしれないという予感である。
恐らく、その事を取り上げてエッセイをしたためるくらいには、“車”に対して興味関心の強さがあるのではないかと推測できる。それが無意識的な興味である可能性もある。
しかしもっと単純に、ここでは偶々“車”がやり玉にあげられただけであり、筆者にとっては心底から取るに足らないものなのかもしれない。
重要なのは、何かを嫌うというアイデンティティの表面化、その自己言及の深度である。その点で言えば、些かお粗末で日記の域を出ないくだらないものかもしれない。
しかし、最後まで読もうと思うくらいには、魅力のあるテキストであった。くだらないが、実に素晴らしい。
自主企画に参加いただきありがとうございました。
作者からの返信
コメントありがとうございます!
ほとんど愚痴なので「下らないよなあ」と思いつつ書きました。
嫌いなものには近づいて攻撃したくなるので車もこき下ろしてみました。
こんなエッセイを魅力的と言ってもらえて嬉しいです!