第3話 おじさん、格差を知る
本日のクエスト内容は、とあるダンジョンでの薬草採取だ。
探索者としては基本中の基本、そう難しくないクエストである。
……と聞いて、疑問を抱く人もいるだろう。
現代にある薬はその大半が人工合成、あるいは半合成により作れる。なら、ダンジョンでの薬草採取は不要では? と。
が、そこにはダンジョン界隈特有の事情がある。
全てのダンジョンには”魔力”と呼ばれるエネルギーが満ちている。
魔力の効果は謎も多いが、いくつか特徴をあげると――
・魔力は生物に宿り、電子機器と反発する
・ダンジョンは魔力に満ちており、ダンジョンに存在する生物はすべて魔力を含む
・ダンジョンに現れるモンスターを倒すことで、人間も魔力を宿すことができる
つまりダンジョン内で育った薬草と、ダンジョン外の薬草では、同じ薬草でも魔力含有量が異なり、必然、効果も前者のほうが高い。そのため定期的な採取が必要なのだ。
……なら、ダンジョン内で薬草を栽培すれば、わざわざ探索せずとも良いのでは?
と思うが、そこにダンジョン界隈のもうひとつの特徴が立ち塞がる。
・ダンジョンは定期的に、枯れる
神出鬼没。ある日突然山中や道路、運が悪ければ自宅に出現するダンジョンゲートは、時を経ることで消滅する。
同じ鉱脈から、無限に金銀財宝が採れることがないように。
しかもダンジョンごとに難易度や出現アイテムは完全ランダムであるため、栽培のような長期的な行為は難しいのだ。
何にせよ、探索者の基本は足で稼ぐこと。
重機や電子機器が使えず、ダンジョンの場所も定期的に変化し、その構造も千差万別となれば結局、一番応用が利くのは人間だ。それは今も昔も変わらないな。
さて、とダンジョンに突入した俺は、JK三人組のパーティを確認する。
先頭を歩くのは、白鎧に小盾を構え、騎士装備に身を包んだミウさん。見たところ、ポジションは前衛職……モンスターのヘイトを引きつけ味方を守る、いわゆる”タンク役”騎士系のポジションだろう。
パーティの後方を守るのは、忍び装束に身を包んだシノブさん。金髪ポニテと黒服のコントラストがえぐくて全く忍べていないが、たぶん斥候および後方支援に適したスタイルだろう。
最後に彼女らのリーダーこと、パーティ中央を悠々と進むエリザさん。
こちらは紫の魔術服に、小型のロッドと黒の三角帽子――完全な”魔術師”スタイル。
推測だが、前方はミウさんが、後方はシノブさんが対応し、アタッカー役のエリザさんが攻撃系魔術スキルで殲滅するスタイルだろう。
教科書通りの王道な構成だ。……通常の、モンスターハント系のクエストなら、の話だが。
「あー……聞いてもいいのか分からないんだが、エリザさん。今日はどうして薬草採取に?」
「それを聞いて、何か意味があるんですの?」
「クエストの目的くらいは聞いておいた方が、業務上の連携もしやすいかな、とね」
エリザさんに睨まれる。おお、怖っ。若さゆえのビンビンな攻撃色が刺さるね……
けど、おじさんも元社会人。円滑な業務遂行のために、簡単なコミュニケーションくらいは取るわけよ。
「薬草採取に、連携なんて必要ないでしょう?」
「確かに、薬草採取は簡単なクエストだ。それでも、ここはダンジョン。突然強力なモンスターと出会うことだって、あるだろ?」
「ですが、本ダンジョン”滝の雫の森”はD級と聞きましたわ。大したことないでしょう?」
おじさんD級だから、大したことあるんだが……
「けどD級だと侮ってると、ごく稀にC級下位……C級上位のモンスターと出くわすこともある。そもそも、ダンジョンである以上どんな時でも油断はしない方がいい。それに、君は怪我をしてるみたいだし」
左腕を三角巾で吊り下げたエリザさんが、顔をしかめる。
怪我してる身でダンジョンに潜る時点で危ないと思うが、そこは彼女らの判断だ。……ただ、注意はしておこう――と警戒してると、前方のミウさんが振り返った。
「オジマさん。今日の薬草採取は探索者学校の課題なんです」
「ん? ああ、なるほど……」
「そーそー☆ ほら、学校の課題クエストって戦闘だけじゃなくて、採取やアイテム合成とか色々あるっしょ? んでね、うちらモンスター退治系はやってたけど採取系をやってなかったんだよね」
そういえば、最近の探索者育成学校は採取系クエストの単位を多めにすると聞いたな。
正直、現場の人間としては単位を与えるために簡単なクエストばかりにしてる懸念を覚えるが……
その時、前方からふわりと漂う獣の魔力を感知した。モンスターか?
前方にそっと魔力を飛ばす。……この反応は熊系モンスターの、グリザール・ベアだろう。
ツキノワグマを一回り巨大化したそのモンスターは、攻撃方法こそ普通の熊と変わらないが、純粋なタフネスと攻撃力が高いC級中位モンスター……ってC級じゃねえか!
ほら言わんこっちゃない、D級ダンジョンに早速C級モンスターが……
と、シノブさんやミウさんを伺うと。
「どうかしましたか、オジマさん」
「あーしの顔見てどうしたの? あ、見惚れちゃった?」
気づいてないし。
騎士のミウさんはともかく、斥候のシノブさんは気づいて貰わないと困るんだが……
「スキル”ウィンドカッター・A”」
エリザさんが呟き、右手のロッドより風の刃が放たれた。
真横から放たれた半月状の刃が、ざん! と並ぶ大樹を刻み、吸い込まれるようにグリザール・ベアの元へと至り――
紙をハサミで切断するかのように、容易く、大熊の胴体をばっさりと袈裟斬りにした。
「……うお……強ぇ……」
巨体が地に伏し、と紫色の煙を吹き上げ消滅する。
紫の煙、通称”魔煙”はモンスターやダンジョン内の生物が死亡すると発生し、消失後は魔石や素材になる。ダンジョンの不可思議な現象のひとつだ。
……と、簡単に説明したが、グリザース・ベアは片手間で倒せるモンスターではない。
てか今のスキル……クラスA、だと?
「エリザさん、その歳でA級か……?」
「私、才能あるので」
「エリちガチA級なの。とにかく才能が凄いって、うちの先生も褒めまくっててさあ! あ、ちなみにあーしとミウはC級ね」
自慢げに語るシノブさん。え、この子らもC級なの?
おじさん、この歳でD級なんですけど? もう成長しないんですけど……
世代格差すごくない?
「これで、ご理解頂けたでしょう? 私達の心配など無用。この程度のクエストであれば、私一人でカバー出来ます。……オジマさんをパーティに加えたのは、学校指定で四人パーティと言われたからに過ぎませんもの」
成程。……どうして俺を雇ったのか不思議に思っていたが、学校の規定か。
で、一人足りなかったためおじさんの協力を依頼した……といった所か?
それから俺達は黙々と進み、道中の魔物は全てエリザさんが撃墜した。
彼女はあまりにも強かった。おじさんはもちろん、ミウさんやシノブさんの出番もなく――何せモンスターと遭遇するたび、俺等が反応するより早く一撃で敵を葬るのだ。出番が無い。
その様子を見つつ、ふむ、と考える。
このまま問題なく、薬草採取が終わるなら構わない。
ただ……一人の強さが突き抜けたパーティは、問題を抱えているケースが多い。
――ダンジョンの実力は、個の実力に比例するが、それが全てではないことを、おじさんは経験上よく知っている。
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