第11話 開かれた扉、新たな未来の足跡
プロテストから数日後。
俺は、自宅の机に向かいながら、
落ち着かない時間を過ごしていた。
練習用のグラブとバットが、
部屋の隅で静かに俺を見つめている。
彼らもまた、結果を待っているかのようだった。
スマホの画面を何度も確認する。
結果が来るのは、今日のはずだ。
喉が渇き、心臓が大きく鳴るのが分かる。
呼吸が、わずかに浅くなる。
指先には、じんわりと汗が滲んでいた。
全身が、微かな緊張に包まれる。
その時、スマホが震えた。
表示されたのは、佐々木さんの名前。
体中に、電流が走ったような
違和感が走る。
ついに来たか、と。
電話に出ると、
佐々木さんの声は、
いつにも増して、落ち着いていた。
「雄太、プロテストの結果だが……」
その一言で、全身の血の気が引いたような
感覚に襲われる。
合格か、不合格か。
その二択が、
頭の中でぐるぐると回る。
一瞬の沈黙。
その「間」が、
永遠にも感じられた。
耳の奥で、自分の心臓の音が
ドクンドクンと響いている。
「……育成枠での打診だ」
佐々木さんの言葉に、
俺は一瞬、理解が追いつかなかった。
育成枠。
それは、合格ではない。
しかし、不合格でもない。
なんとも言えない違和感が、
心の奥底に広がる。
安堵が胸を撫で下ろす一方で、
「合格」という明確な二文字ではないことに、
微かな失望が芽生える。
その複雑な感情が、
胸の中で混じり合い、
大きく感情の膨張が起こる。
「……育成枠、ですか」
俺の声は、
思ったよりも冷静だった。
「ああ。だが、これは君の二刀流としての
可能性を最大限に評価してのことだ。
投手と野手、両方での打診だぞ」
佐々木さんの言葉が、
俺の耳に、ゆっくりと染み渡る。
投手と野手、両方で。
その言葉が、
俺の心の奥底に眠る
「二刀流の夢」を再び呼び起こした。
失望の感情は、
瞬時に意識の奥へとフィルタリングされ、
希望へと変わる。
育成枠。
それは、ゼロからのスタートだ。
だが、俺には、
失われたはずの夢を、
再び追いかけるチャンスが
与えられたのだ。
この感情の膨張が、
俺の価値観の発動を促す。
「俺は、まだ終わってない。
このチャンスを掴む」
心の中で、強く誓った。
手のひらを、ぎゅっと握りしめる。
爪が、皮膚に食い込む痛みさえ、
心地よかった。
すぐに美咲へ電話をかけた。
美咲の声も、どこか緊張していた。
「雄太君、どうだったの……?」
俺は、震える声で、
佐々木さんから聞いたことを伝えた。
育成枠での打診。
投手と野手、両方で。
「……ほんとに?雄太君、おめでとう!」
電話口から、美咲の涙まじりの笑い声が響く。
その声を聞いた瞬間、
俺の目にも、熱いものがこみ上げた。
美咲の心からの喜びが、
俺の心にも、
確かな安堵と、
新たな希望を与えてくれた。
彼女が隣で、
俺の夢の再スタートを
心から喜んでくれている。
その事実が、
俺の価値観をさらに強固にする。
これは、俺一人の夢じゃない。
美咲と、佐々木さん、
そして応援してくれた仲間たち。
みんなの夢だ。
その夜、佐々木さんと、
美咲を交えて話し合った。
リビングの温かい照明の下、
コーヒーの香りが漂う。
佐々木さんは、
複数の球団からの打診があること、
それぞれの球団の育成方針、
そして、育成選手として
プロの世界で生き抜く厳しさを、
一つ一つ丁寧に説明してくれた。
「育成選手は、まず支配下登録を
勝ち取ることが第一歩だ」
彼の言葉は、
希望と、そして現実の厳しさを
同時に示唆していた。
それでも、俺の心は、
揺るがなかった。
この育成枠こそが、
俺自身の夢を叶えるための
「最良の道」だと確信した。
この思考が、
俺の心の中で確固たるものになっていく。
美咲は、俺の隣で、
黙って話を聞いている。
時折、俺の手にそっと触れる。
その温かさが、
俺の決意をさらに強くした。
俺は、美咲の手を握った。
美咲は、俺の目を見て、
優しく微笑んだ。
「雄太君が選んだ道なら、
どこへでもついていくよ」
美咲の言葉に、
俺の心は、温かい光に包まれた。
この手は、
あのファミレスの夜から、
ずっと俺の心を温めてくれた手だ。
プロの扉は、
すぐそこまで開かれている。
俺は、その扉に向かって、
迷いなく進む動作を開始する。
心臓の鼓動が、
力強く、そして確かなリズムを刻む。
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