あの村
砂漠を迂回して半日ほど歩いた頃。
二人は奇妙な光景に遭遇した。
「あれ……」
フージィが足を止めて前方を指差す。
遠くに、何かの建造物らしき影がぼんやりと見えていた。
砂埃にまみれ、輪郭も曖昧だが、明らかに人工的な構造物だ。
「何だろう……」
シェドも歩みを止める。
二人は警戒しながら近づいていく。
やがて、その正体が明らかになった。
「これは……村……?」
シェドが困惑したような声で呟く。
目の前に広がっていたのは、完全に荒廃した集落の残骸だった。
家と呼べるものは既になく、朽ち果てた木材と石の山が三つか四つ、点在しているだけ。
屋根は崩れ落ち、壁も大部分が倒壊している。
風化が激しく、滅びてから相当な年月が経っていることは一目瞭然だった。
百年か、それ以上か。
草木一本生えておらず、ただ乾いた土と瓦礫だけが残されている。
「誰もいない、よな……」
シェドが小声で確認する。
「当たり前でしょ……こんな状態じゃ……」
フージィも声を潜める。
それでも、二人は慎重に足を進めた。
足音を立てないよう、瓦礫を避けながら歩く。
時折、風が吹いて砂埃が舞い上がり、より一層不気味な雰囲気を醸し出していた。
最も奥にある建物の残骸は、他よりもわずかに原型を留めていた。
壁の一部と屋根の骨組みが辛うじて残っており、小屋程度の大きさが確認できる。
「あそこ、調べてみましょう」
フージィが提案した。
二人は恐る恐る、その建物の中に足を踏み入れる。
朽ちかけた扉は既になく、入り口は大きく口を開けていた。
中は薄暗く、砂埃が厚く積もっている。
しかし、室内にはまだいくつかの家具らしきものが残されていた。
「あ……!」
シェドが小さく声を上げる。
部屋の奥で、何かが椅子に座っているのが見えた。
最初は人かと思ったが、近づいてみると……。
「骸骨……」
フージィが静かに呟く。
椅子にもたれかかるように、白骨化した死体が座っていた。
服はボロボロの布切れ程度しか残っておらず、性別も判然としない。
頭蓋骨は机の方を向いており、まるで最期まで何かを見つめていたかのようだった。
机も椅子も、相当に朽ちている。
木材は所々で腐食し、今にも崩れそうな状態だった。
それでも、その人物が最期まで座り続けていた事実は、二人に深い印象を与えた。
「何してたんだろう……」
シェドが震え声で呟く。
フージィが机の上を調べてみると、何やら薄い冊子のようなものが置かれていた。
表紙は完全に朽ち果てているが、中身はまだ一部が残存している。
「日記……?」
慎重にページをめくってみる。
しかし、大部分の文字は薄れて判読不能だった。
湿気と時間が、文字を容赦なく消し去っている。
断片的に単語が読める程度で、文章として理解できる部分はほとんどない。
「読めない……」
フージィががっかりしたように呟く。
「そりゃそうか……」
シェドも落胆の色を見せる。
それでも、フージィは諦めずにページをめくり続けた。
やがて、最後のページに辿り着く。
「……これ……」
フージィが目を見開いた。
最後のページだけは、なぜか文字がはっきりと読めた。
おそらく、書かれてから時間があまり経っていなかったのか、あるいは保存状態が良かったのか。
「何て書いてある?」
シェドが身を乗り出す。
フージィが声に出して読み上げた。
「『ここより北には砂のみ。何もない。やはりあの村が最後のオアシスだった』」
その文章を聞いた瞬間、シェドの顔が一変した。
「やったぁ!」
シェドが飛び上がって歓声を上げる。
「やっぱりあるんだ!オアシスは存在するんだ!」
興奮のあまり、声が裏返っている。
「『あの村』って書いてあるじゃないか!その人はオアシスを知ってたんだよ!」
シェドが踊るように喜んでいる。
しかし、フージィの表情は複雑だった。
何かが引っかかる。
この日記の内容から、なぜオアシスが存在するという結論に至るのか。
むしろ、フージィの頭には別の解釈が浮かんでいた。
最悪の可能性が。
「『あの村』……」
フージィが小さく呟く。
もしかして、『あの村』『最後のオアシス』というのは……。
フージィの脳裏に、森の小屋で見た木の絵が蘇った。
あの絵に描かれていた、実をつけた大きな木。
それは、自分たちが育った村の中心にある〈実らずの樹〉とそっくりだった。
「シェド……」
フージィが重い口調で呼びかける。
「何だよ、フージィ!すごいじゃないか!やっぱりオアシスはあったんだ!」
シェドはまだ興奮状態だった。
「シェド……村に戻ろう」
フージィが静かに提案した。
その言葉に、シェドの動きが止まった。
「は?何で?」
「この日記の内容……私たちが探してるものは……」
「だってさ!ほら!オアシスはあるって書いてあるじゃないか!」
「オアシスって……もしかして、私たちの村のことなんじゃ……」
「そんなわけないだろ!!」
シェドが大声で即座に否定する。
「あの枯れ果てた村がオアシスなわけない!オアシスっていうのは、緑があって、水があって、果物があって……」
「でも、昔は違ったかもしれない」
「違わないよ!俺たちの知ってる限り、ずっとあの状態だったじゃないか!」
シェドの反論は感情的だった。
現実を受け入れたくない気持ちが、強く表れている。
「それに、この人は『北には何もない』って書いてる。だから他の方角にオアシスがあるってことだろ!」
「でも……村の方角は南だし」
「でもじゃない!やっと手がかりが見つかったのに、なんで諦めようとするんだ!」
シェドの声がだんだんと大きくなっていく。
「君はいつもそうだ!何でも諦めて、何でも無駄だって言って!」
「現実を見ようよ」
「現実?現実はオアシスが存在するってことだろ!」
「この日記を書いた人は、オアシスを探して最終的にここで死んだ。『あの村が最後の』って書いてある」
フージィは淡々と答える。
「だから何だっていうんだ!」
シェドが爆発的に感情を露わにした。
「俺たちは違う!俺たちはもっと頑張れる!もっと遠くまで行ける!」
「やるだけ無駄よ」
「無駄じゃない!」
シェドの声が裏返る。
「俺は……俺は一番頑張ってるんだ!みんなの分まで頑張ってるんだ!クワレンも、コタも、ネネネも、ノッカも……みんな俺に任せっきりで……」
シェドが支離滅裂なことを言い始める。
「俺が一番苦労して、俺が一番責任を負って……なのに君まで諦めるのか!」
「冷静になって」
「冷静になんてなれるわけないだろ!」
シェドの理性が完全に飛んでいる。
「俺は悪くない!俺は何も悪いことしてない!みんなを助けようとしただけなのに!なのに、なんで俺だけが……なんで俺だけが諦めろって言われるんだ!」
シェドが泣きながら喚き散らす。
「俺だって辛いんだ!俺だって疲れてるんだ!でも頑張ってるんだ!なのに……なのに……」
「もうやめて……」
「やめない!俺は絶対に諦めない!オアシスは絶対にある!誰が何て言おうと……」
シェドの言葉が次第に意味不明になっていく。
「俺は……俺は……みんなの分まで……一番……責任……」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で、何を言っているのか自分でも分からなくなっている。
「俺が悪いって言うのか!俺のせいだって言うのか!でも俺は……俺は……」
そして、突然。
「……なに言ってんだろ……おれ……おれは……なにやってるんだろ……」
シェドが呟いた。
力が抜けたように膝をつき、涙を流しながら崩れ落ちる。
その場にへたり込んだまま、シェドは嗚咽を漏らした。
フージィは静かにその様子を見つめていた。
シェドも、心の奥では真実を理解しているのだろう。
ただ、受け入れることができずにいるだけ。
「シェド……」
フージィが小さく呟いて、そっとシェドを抱きしめた。
全ては無駄だったのかもしれない。
仲間との別れも、真実への絶望も、すべて最初から決まっていたのかもしれない。
白骨化した死体が、二人を静かに見守っている。
その人もかつて、同じ絶望を味わったのだろうか。
廃村に夕日が差し込み、長い影を作っている。
今夜は、この廃墟で過ごすことになりそうだった。
シェドはまだ泣いている。
フージィは無表情のまま、崩れかけた壁にもたれかかった。
明日になれば、この旅も終わりに近づくだろう。
そんな予感が、フージィの心を支配していた。
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