第121話 三姉妹

「ちゃんとリスト見ながら買うのよ」

 ミナがわざとらしく言い、伊達メガネを指で押し上げる。


「うん! 今日は三人でお買い物だね」

 花音はかごを胸に抱えて、足取り軽く先を行く。


 後ろからセラフィナが静かに付いてくる。

 人の街に溶け込むのはまだ不慣れだが、鎧の気配を完全に抑え、落ち着いた姿で歩いている。


 石畳を踏みしめながら三人が並ぶ様子は、傍目には年の近い姉妹とその護衛のように見えた。

 けれど実際は血の繋がりも種族も違う、不思議な「家族」だった。



 最初に立ち寄ったのは街角の八百屋だ。

 威勢のいい掛け声が飛び交い、野菜の香りが鼻をくすぐる。


「いらっしゃい! おや、花音ちゃんか。今日は随分と賑やかだね」

 店主の男が笑顔で声をかけてきた。


「こんにちは! 今日はお姉ちゃんたちと一緒なんです」

 花音は無邪気に答える。


「お姉ちゃん……?」

 店主の目が隣に立つミナとセラフィナへ向く。


 セラフィナは軽く会釈し、ミナは視線を逸らしながら鼻を鳴らした。


「ふん、あんたに挨拶する義理なんてないわよ」

「ちょ、ミナちゃん!」

 花音が慌てて袖を引っ張る。


 店主は苦笑しながら首をかしげた。

「もしかして……その子たち、従魔かい?」


 一瞬、空気が張り詰める。

 ミナの肩がぴくりと揺れ、セラフィナは無言で花音を見守った。


 だが花音は笑顔で首を振った。

「ちがいますよ。ミナちゃんもセラフィナちゃんも私の大事な“家族”です」


 その言葉にミナは目を丸くした。

「な、なに勝手なこと言ってんのよ! ……家族なんて……」

 口ごもるミナの耳は真っ赤に染まっていた。


 セラフィナは静かに微笑む。

「……家族。良い響きですね」


 店主は目を細めてうなずいた。

「そうか、そうか。大事にしてやりなよ。よし、今日はリンゴをおまけしてやろう」


 花音は目を輝かせた。

「ありがとうございます!」

 ミナは「ふん……べ、別に嬉しくなんて……ありがと」と呟きながらもリンゴを大事そうに受け取っていた。



 買い物かごが少しずつ重くなる。

 花音は両腕で抱えながらも、楽しそうにあれこれ話す。

 次に立ち寄ったのは雑貨屋。

 調味料や布巾を見ていると店主の老婦人が声をかけてきた。


「あらまぁ、かわいいお客さんたちだこと。三人姉妹かしら?」


 花音は笑って首を振った。

「えっと……ほんとの姉妹じゃないけど、私たち、家族なんです」


「まぁ……素敵ねぇ」

 老婦人は目を細める。

「血の繋がりがなくても、家族は家族。そういう縁の方が強いこともあるのよ」


 ミナはそっぽを向いて耳を赤くし、セラフィナは静かにうなずいた。

 花音は胸を張り、堂々と答える。

「はい! 私たち、仲良しです!」


 老婦人は微笑み、飴玉を三つ取り出して渡した。

「おまけよ。三人で分けてお食べなさい」


「ありがとうございます!」

 花音は嬉しそうに受け取り、ミナとセラフィナに手渡した。

 ミナは照れ隠しのように「……仕方ないから、もらっとく」と呟き、セラフィナは「ありがたく」と口にした。



 買い物かごはいっぱいになり、三人は並んで家路につく。

 陽は傾き始め、街の影が長く伸びていた。


 花音は嬉しそうに言う。

「ねぇ、今日も楽しかったね。三人で買い物に行くと、なんだか本当の姉妹みたい」


「ち、ちがうわよ! 私は……その……」

 ミナは言いかけて言葉を詰まらせ、顔をそむける。

「……でも、まぁ、悪くはなかったわ」


 セラフィナは二人を見守りながら、穏やかに告げた。

「私は、このひとときが好きです。戦いの外で、こうして笑い合える時間こそが、絆を深めるのだと感じます」


 花音は足を止め、二人を見上げた。

「ありがとう。二人とも、私のお姉ちゃんだよ」


 ミナは真っ赤になって「バカ!」と叫び、セラフィナは優しく微笑んだ。


 三人の笑い声が、夕暮れの街に溶けていった。

 その姿を見た人々は、もう誰も彼女たちを「従魔」とは呼ばなかった。

 ただ仲の良い家族として映っていた。

 


 買い物袋を抱えて家に帰ると、台所にはちょうど母が立っていた。

「おかえり。重かったでしょう、ありがとうね」


 母は優しく声をかけ、買ってきた野菜や肉を受け取った。


「今日は私たちでやるから!」

 花音が胸を張って宣言すると母は驚いたように目を丸くする。

「まぁ……頼もしいこと。でも無理はしないでね」


 そう言い残して母が居間へ下がると台所は三人だけになった。



「えっとね、今日のメニューは……奮発して肉と野菜を煮込んだカレーにしようと思うの」

 花音がリストを広げる。


「カレー……香辛料料理ですね。ルーに海外の香辛料を使うため、非常に高価な料理でしたね」

 セラフィナは落ち着いた声で答え、袖をまくった。

「包丁はお任せください」


「私は……味見担当!」

 ミナは胸を張る。


「それはつまみ食いっていうんだよ?」

「ち、違うわよ! 味を確かめるのは立派なお仕事なんだから!」

「はいはい、じゃあミナちゃんは野菜の皮むきね」

「えぇーっ!? なんで私が……」

「だって、味見は最後だから」


 ミナはぶつぶつ言いながらも、しぶしぶピーラーを手に取った。



 花音は玉ねぎをざくざくと切り、セラフィナはジャガイモを均等な大きさに揃えていく。

 その手つきは驚くほど正確で、まるで訓練された料理人のようだった。


「セラフィナさん、すごい! 全部同じ大きさ!」

「戦場での糧食も調理の正確さは重要でしたから」


「……ふん。私だってやればできるんだから」

 ミナはニンジンの皮を剥きながら、チラチラと横目で二人を見ていた。

 けれど指先は少しぎこちなく、薄く剥きすぎたり厚く削りすぎたり。


「ミナちゃん、ちょっと厚いよ」

「な、慣れてないだけ! 文句言わないでよ!」

「ふふ、可愛いらしいな」セラフィナが微笑むと、ミナは耳まで真っ赤になった。



 鍋に油をひき、玉ねぎを炒めると甘い香りが立ちのぼった。

「わぁ、いい匂い!」

 花音が嬉しそうに木べらを回す。


 そこに肉と野菜を加えてじっくり煮込んでいく。

 ミナは鍋をのぞき込み、そわそわしていた。


「……もう味見してもいい?」

「まだ煮えてないよ!」

「じゃあ、ルーを入れる前に一口……」

「だーめ!」花音がミナの手を押さえる。


「ケチ!」とミナは頬を膨らませるが、結局ルーを入れた後、花音に木べらでちょっとだけ味を見させてもらい、

「……悪くないわね」と満足そうにうなずいた。


 セラフィナはそんな二人のやり取りを静かに見守り、時折鍋をかき混ぜる手を手伝っていた。



 やがてカレーが完成し、湯気の立つ鍋が食卓へと運ばれる。

 母が「まぁ、美味しそう!今日は豪華ね!」と歓声を上げ、裕太が帰宅すると鼻をひくつかせた。


「すごい……カレーだ!」

「今日は私たち三人で作ったんだよ!」

 花音が胸を張る。


「へぇ、ミナも?」

「べ、別に……味見しただけよ」

「それ、大事な役目なんだよね!」

 花音がすかさずフォローすると、ミナは真っ赤になってそっぽを向いた。


 セラフィナは静かに手を合わせる。

「いただきましょう。家族で囲む食卓は何よりの贅沢です」


 みんなで食べるカレーは格別だった。

 花音は嬉しそうに笑い、ミナは「ちょっと辛いわね……でも悪くない」と照れ隠しを言い、セラフィナは静かに微笑みながらスプーンを口に運んだ。


 その光景はどこからどう見ても血の繋がりを超えた、温かい家族そのものだった。

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