第3話 幼なじみに頼られても、俺は素直になれない

電車を待つ人々は夏休みという事もあってか家族連れやカップルの観光客がいつもより多い気がした。

電車の席を埋めるほどではないが、それなりの人数がいて、世界唯一のダンジョン観光地である香夜温泉は今日も賑わっているようだった。


「シロウ」

そんな風に周りを眺めて電車を待っていると俺の名前を呼ぶ声がした。

見ると今風の若い女の子が立っている。

うねった長い髪がふんわりと背中まで伸びて、柔らかそうな髪は頬にもふわりとかかっていた。

前髪は眉より少し長いくらいで、すぐ下のまつ毛は長く、丸い大きな瞳はキラキラと俺を見つめている。

鼻筋の通って整った顔は可愛いと言うより美人だった。

年は俺と同じくらいだろうか?

この駅は香夜温泉に近いから知り合いに会ってもおかしくはないのだが……、こんな美人の女の子の知り合いなど俺にはいない。


「どちら様、……ですか?」

心当たりがない俺がそう言うと、女の子は笑う。

「アカネだよ」

え?アカネ?

アカネと言うと、小1からずっと一緒の幼馴染でダンジョンにもよく一緒に行っていたアカネか?

さっきの夢にも出てきた、あの倒れていた魔法戦士だ。


アイツ、アカネは髪を前髪も含めて一つにまとめて頭の高い位置で結んでいる、キリッとした武士のような雰囲気の人物だった。

確かに性別としては女の子だったと思うが、背も高くて高校までは俺の方が低かったし、男だとまでは思っていなかったけど女の子だと意識する事もなかった。

目の前の彼女も背は高いが、身体に沿ったほっそりとしたワンピースが足の先まで続いて、女性らしい凹凸がスタイルの良さを強調している。


アカネとは全然違うんだが?


マジマジと見つめていると、彼女も俺を見つめていて、じっと目が合ってしまう。

知り合いの名前を出されて、無遠慮に見つめてしまったが、若い女性を舐め回すように見るのは失礼だったと眼を逸らす。

ドキドキと胸がなって、なんとなく自分の頬が赤くなっているような気がした。


しばらく横を向いていると、ニヤッと笑う気配がした。

「やったね!シロウ赤くなってんの!私の大学デビュー成功したみたいね」

そう目の前の女の子がニヤリとイタズラな笑みを浮かべて言う。

無垢な少年のような瞳は、ああ、アカネだ。

やっと俺は理解できた。


「ねえ、シロウはダンジョンのバイトに行くの?」

電車の座席に並んで座ると、早速アカネが聞いてくる。

「……まあね」

俺は、普通に話しかけられた事に戸惑ったのと、実際に、まだダンジョンに行くかどうかは迷いがあったから曖昧に答える。

「歯切れ悪いなぁ。でも、戻って来ただけいいのか。シロウはもうやらないのかと思ってたから」

アカネが少しだけ悲しげに言った。

やっぱり、そう思われていただろうなぁ。


あのオレンジの竜との戦いの後で、俺はめちゃくちゃ落ち込んでいた。

実力不足のくせに最強の剣士だと調子に乗っていた事を痛感して、自分が情けなくなって、ダンジョンを避け勉強に励んだ。

アカネや他の友達とも話す機会がグッと減ってしまう。

本当は、情けなくて、恥ずかしくて、みんなの顔が見られなくて避けていたんだ。

アカネは最初から大学に行く事を志望していたけど、勉強の事とか、進路の事とか、何も話さなかった。

同じ東京の大学に進学したけど、噂で聞いただけで、何処なのかは分からないし、知って会いたいとも思わなかった。

ダンジョンを思い出すものは一切避けたかったんだ。


「まだダンジョンに行くか迷ってるんだ」

俺が言うとアカネは驚いた。

「なんで!?シロウが一番強いのに、居なくちゃギルドが大変になるよ」

「は?なんで、アカネがそんなこと言うんだ?」

あの時の失態を間近で見ていたのはアカネだろ?

「オレンジの竜から、シロウが私たちを助けてくれたでしょう?」

「いや、あのオレンジの竜との戦いの時、アカネが最後の力で魔法を放ってくれたから脱出出来たんだ。俺が助けたんじゃない」

俺が言うとアカネはハテと驚いている。

「俺とアカネの二人のどちらかしかサラに回復して貰えなかった時に、回復して貰ったのは俺だったのに、アカネの助けがなければ、俺は何も出来なかった……」

あの時の事を思い出すと身体が重くなる。

竜と対峙して動けなかった自分に戻ってしまう。


アカネは少し考えた。

「……思い出した」

そして、あきれた声で言う。

「なんだ、アレを気にしてたの?だから大学なんて急に行くって勉強し出したんだ。あの時の出来事が原因だろうとは思ってたけど……、え?じゃあ、私のせい?私のせいだったの?」

アカネは最後の方は頭に手を当ててなんだか考えている。

深刻な告白をしたつもりだったんだが。

「シロウ、あの時はねぇ、本当に私の魔力がゼロになっていたから、私がサラちゃんに回復して貰っても何も出来なかったんだよ。サラちゃんのそばで倒れていたから自然回復能力で魔法が使えるくらいに魔力が回復したのよ。シロウがその間の時間稼ぎをしてくれたから私の魔力も溜まって脱出出来たんじゃないか!シロウのおかげだって私は思ってるよ。あの後でちゃんと話してくれたらすぐに伝えたのに!」

アカネは少し怒っているようだけど、優しく微笑んでいた。

そうか、あの後に避けずにアカネとちゃんと話をしていればこの言葉が聞けたのか。


ーーでも。

「違うんだ、アカネ」

俺は言う。

「俺は時間稼ぎなんて出来なかったんだよ。あのオレンジの竜には全く敵わなくて自暴自棄になっていただけなんだ。絶望して死にたいと思ってた。ただ、せめて最期は立ち向かって死にたいと思っただけで、その最後にたまたまアカネの魔法が間に合っただけなんだよ」

「え?そうなの?」

緊張感がない。

俺は真剣に悩んでいるって言うのに。

アカネは少し考える。

「それがたまたまでも、その隙に私とサラちゃんを連れ出してくれたのはシロウでしょう?シロウが居なければ私は何も出来なかったよ……」

アカネは悲しい表情を作る。

「やっぱり、シロウがいなければ、私はここにいないよ……」

あの時の事をアカネにも鮮明に思い出させてしまったようだ。

確かに、オレンジの竜がアカネの魔法に怯んだ瞬間、俺は隙をついて2人を抱えてなんとか逃げ出す事が出来たのだ。

ただ、安全地帯まで来ると俺は倒れてしまい記憶がない。

アカネも魔法で気力を使い果たし、気を失っていた。

その後は、きっとサラがなんとかしてくれたのだ。

ダンジョン温泉一番の、もしかしたら世界一の回復士かもしれない妹が。


「アカネも気を失ってたから分からなかっただろうけど、逃げた後はテントを張ったり、サラが全部やってくれて、俺たちは助かったんだよ。サラももう魔力は残ってなくて体力も俺たちより少なくのに……」

深刻に俺は言うが、なんともない事のようにアカネが答える。

「ああ、深く考えて無かったけどサラちゃんがやってくれたんだよね、きっと。でも、それはしょうがないじゃない?サラちゃんだって魔法が使えない時は道具を使うし……」

それが当たり前だとアカネは言っているが、でも、違うんだよ。

これだけは言いたくなかった。

アカネが俺の情けなさに納得してくれたら言わずに済んだのに。


「……俺は、サラに見捨てられたんだ」


「え?」

「本物の天才のサラにとっては俺は自分の才能を妬む小さな男で、最強と言われて調子に乗ってるだけの奴でしかなかったんだ。オレンジの竜との戦いで俺はそれをハッキリとサラに見せつけてしまった」

死に救いを求めて、戦う事から逃げた。

「そんな、俺の尻拭いをしてテントを張らせられたのは、サラには納得できる事じゃ無かったんだ」


あの時の事を思い出すと涙が溢れてくる気がした。

あの後で俺は部屋で一人で勉強していても、ふと気がつくと涙が溢れ出した。

声を出して泣いた事もあった。

大聖女のサラと並ぶ最強の剣士になって、子供の頃の自分を乗り越えたと思ったのに、ただの卑屈な男として、ずっとサラに見られていた事が辛かった。


俺がサラを避けているのに、サラが俺を避けている。

取り戻せない妹の信頼が悲しい。


ダンジョンを離れて大学に行って、やっと乗り越えられたと思ったのに、ああ、全然ダメだった。

アカネに話しながら、自分の心が悲しみに軋んでいるのを自覚した。


「……サラがさ、『あなたを兄と思った事はありません』って言ったんだよ」

なんとか絞り出すように俺は言う。

アカネの顔を見る事派できない。


「え!?」

アカネはおかしな声を上げた。

「才能あるサラの兄がこんな情けない奴だって、最強の剣士って呼ばれてる時でも、サラは知ってたんだよ。だから兄じゃないって思われても仕方ないよな。きっと、あの日オレンジの竜と戦うまで我慢してたんだろうな……」

沈黙があった。


「……そうか」

アカネは複雑に顔を歪める。

「まあ、サラちゃんは突出した天才だしね。どう思われてたか分かったならいいんじゃない?」

無理に明るく言ってくれている。

でも、一理ある。

勘違いしたままなら、ずっとただのうざい奴だったろうし。


「サラちゃんの事は置いといて、大事なのはシロウの気持ちだし、私はダンジョンでシロウが居てくれたら心強いよ。私が頼りにしてるんじゃダメ?」

そう言ってアカネは俺の顔を覗き込む。

可愛い女の子が視界に現れてドッキリとする。

昔話をしていたのはアカネのはずなんだが、今に時間が戻るとアカネが別人すぎる。

しかし、深刻だった悩みが一気にどこかへ行ってしまう。

可愛い女の子とダンジョンに行くのは悪くない。

ちょっと、自分の単純さが嫌になった。

「私はシロウしかいないし、ダンジョンに行くなら一緒に行こう」

俺に頼り切った様な瞳で微笑むアカネ。

「うん」

と俺は考える前に頷いていた。


「ぷっ」

アカネが吹き出した。

「単純だなぁ、シロウは」

さっきとは違う悪戯っぽい瞳のアカネ。

前言撤回。

やっぱりそんなに可愛くないな。

自分でも気にしていた事を指摘されてムッとする。

「ま、そこがシロウ良いところだしね」

そう言って俺はアカネに髪をガシガシと撫でられる。

昔の雰囲気が戻って来て、悩んでいた心が少し楽になった。

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