過去の犠牲と現在の犠牲
生命の魔女
漆塗りの重厚な円卓。二十の席には功績を認められ、選ばれた魔術師だけが座ることを許される。
窓どころか扉もなく、空間魔術によってのみ入ることができる特別な空間。
魔術協会の最高意思決定機関、評議会。裏社会で名を轟かせる重鎮たち。
己の胸三寸で他人の命すら思うままにできる。そんな彼らは今、唾を飛ばしながら焦っていた。
「どういうことだ⁉何故、あの実験体が奪われている」
「いや、そもそもどうして計画がばれている。我ら評議会と担当者しか存在を知らぬはずだ」
「あの女狐め。またとんでもないことをしでかしおって」
「誰だ、一体誰が責任を取るというのだ。あれをあの女に利用されたら、評議会の誰かが責任を取る事態に」
「ふざけるな!そうなれば首が飛ぶのは私ではないか!一人では済まさんぞ!お前らまとめて道連れだ」
水の魔女、九條澪音によって襲撃された九州の地方に存在するビル。そこには重要なサンプルが安置されていた。
二十年以上にわたって開発され続けた魔女に一矢報いるための兵器。その未完成品が。
その重要なサンプルを奪われたのだ。評議会の人間が焦るのも仕方がない。
「静まらんか、馬鹿者ども」
それを一喝で黙らせる老人が一人。評議会の円卓の一番奥に鎮座している。
深々と刻まれた皺が刻まれた老人。しかし、奥からは鋭い眼光が光る。
「神代翁……」
全員の視線が集まる中、
魔術協会評議会議長の言葉は冷静さを取り戻させるに十分だった。
「貴様らがピーチクパーチク騒げばサンプルが戻ってるのか?」
その言葉に全員押し黙る。騒いでも彼らの気が紛れるだけで事態は好転しない。それがわからないほどの愚か者はいなかった。
「すみません、一つ確認してもよろしいでしょうか?」
タイミングを見計らい、一人の眼鏡をかけたやせ型の男が手を上げて尋ねる。彼の名前は兵頭誠二。
今回の実験の責任者であり、偶然にも難を逃れた。彼も関係者として評議会に呼び出されたのだ。
「なんだ、あのサンプルを取り戻す方法でも思いついたのか?」
「まあ、そうと言えるかもしれません」
「何だと?」
兵頭に視線が集まる。その視線には困惑とほんのわずかな期待が入り混じっている。
「あの魂魄の魔女から奪い返すことができると?貴様はそう申すか?」
神代の言葉に兵頭もたじろぐ。出まかせや責任逃れを許すほど、評議会の議長は甘くない。
「できるわけないではないですか。普通の魔女ならまだしも、相手は最強の七魔女ですよ」
今回の敵は裏社会最強の存在の一人。七魔女の魂魄。
魔術師が束になって勝てるかどうかの存在、魔女。その頂点に立つ存在だ。
彼らからすれば太陽に勝負を仕掛けるような無謀。そんなことができるわけないと初めから思っていた。
「そんなことをしなくても、サンプルは帰ってきます」
「それは誠か?」
諦めていたところに一筋の光が差し込む。あの兵器が帰ってくる。
「勿論ですとも」
出まかせだろうと思っていても、その魅力には抗えない。
「一体どうやって?」
「なに、簡単なことですよ。サンプルがなくなったしまったのなら、また作ればいいのです。元々製造したものなんですから」
ざわざわと騒ぎ始める。確かにそれは単純明快な道理であった。
「我々には蓄積したデータがあります。それがあればより完璧に近いものを再度造ってみせましょう」
兵頭は不満であった。
二十年以上継続されている研究。前の担当者の不出来なサンプルを弄り回すことしかできないその境遇に。
一から作れるのであれば完璧に近いものを造ってみせる。その自信が彼にはあった。
「しかし、それは……」
一人の評議会員がつぶやく。
それは悪魔の選択であった。なにせ、実験素材は膨大な数の魂であるのだから。
「ご安心ください。魂魄の魔女に操られて傀儡となってしまった憐れな同胞たちがいます」
その言葉を聞いて彼らも存在を思い出す。魂を汚染されてしまった魔術師たち。
彼らはもうどうすることもできない。ただ拘束して魂魄の魔女を倒せる日が来るのを待つだけの有様だ。
「彼らはもう助かりません。その命を有効活用すれば、新しい犠牲は精々二十人といったところでしょうか」
「それは……」
「非常に……」
評議会の面々は同じことを考える。罪に手を染める意識がどんどんと軽くなっていく。なにせ、その犠牲の数は――
「少ないでしょう?」
以前の計画ではその十倍以上の犠牲を払った。それに比べれば、あまりにも少ない犠牲だ。
「既に目星はつけております。孤児や魔術師になれない出来損ないだけで賄ってみせましょう。いかがですか?」
その言葉に評議会員たちは互いの顔を見てゆっくりとうなずいた。
「決まりじゃな。お主の好きなようにするがいい」
「ありがとうございます、神代議長」
定まった意思を議長が代弁する。勇気のない他の評議会員に代わって。
裏社会とはいえ、命を湯水のごとく消費するわけではない。しかし、優しく全ての命を救うほど甘くもない。
計画は施行された。第二次人造魔術師計画という神をも恐れぬ所業が。
♦♦♦
「やっぱりこの辺は嫌な暑さをしてるわね」
ビルに囲まれた交差点で女性は日傘の奥から空を見上げる。熱源たる太陽がぎらぎらと輝いていた。
本来ならば陽の光は恵みをもたらす。決して疎むべきものではない。
しかし、恵みも過ぎれば毒となる。人工的過ぎる街並みは、恩恵を毒に変えていた。
ヒートアイランド現象。それは街をフライパンの中のように変えてしまう。
乾燥地帯の乾いた暑さとも、熱帯地域のうだるような暑さとも違う。人の手によって作られた不自然な暑さ。
彼女はそれが嫌いだった。
「どうして朔夜もルインもこの島国を好むのかしら?」
女性は日傘を太陽に向け歩調を速める。彼女は同胞の顔を浮かべながら駅を目指した。
道行く人たちが彼女の姿を視界の端で捉え、思わず二度見する。
陽の光を浴びて静かにきらめく銀色の髪。細く折れてしまいそうな華奢な身体。
はかなげなその瞳。雪原を思わせる白い肌。
まるで幻想の世界からそのまま出てきたかのような見た目であった。
そんな視線を彼女も感じている。しかし、その程度のことは頭の隅に追いやった。
彼女の見た目は異国だと目立ってしまう。そんなことは長年の経験でよくわかっていた。
「大きな子供ばかりね」
しかし、自身の十分の一も生きていないような未熟者ばかりだ。大人の余裕で流すことにしている。
「あら?」
ふと、違和感に背中を押された。空気にほんのわずかな灰を混ぜられたかのような、小さな歪さ。
それが裏社会に繋がっていることは簡単に予想できる。どうしようか少し迷った結果、その源を確認することにした。
彼女は友人に会いに行く途中。わざわざ厄介ごとに首を突っ込む必要はない。
しかし、彼女の背中を押すものがあった。自身の中でざわめく魂を鎮めるため、争いの種は摘まないといけない。
どんどんと陽の光から遠ざかり、暗く湿った空気に突っ込んでいく。そこには魔の気配がこべりついていた。
「大人しくしろ」
「無駄な抵抗はするな」
しばらく歩いていると、ようやく人を見つける。
警察に見つかったら一発で補導されるような武装集団。大半が真剣を持ち、黒地に金の刺繍が入った制服を着ている。
彼女には見覚えがあった。
魔術師が寄り集まった集団。マフィアのようにこの国で勢力を広げる、有象無象の一組織。
当の本人たちが聞けば激怒するようなその認識だが、彼女にとってほぼ間違いない真実であった。
「や、止めてください」
なにせ集団で追い詰めているのは年端もいかない少女だ。西洋人形のような可愛らしい少女は、身体を震わせ怯えている。
逃げようにも後ろは壁。袋のネズミになってしまった。
「来ないで。痛いことしないで」
少女は壁に身体を預けながら座り込む。もうどうにもできないと。
「どこの国でも、そういう草は生えてくる」
その姿を見ると、少し怒りが募る。大の大人が少女を取り囲む姿は見ていて気分のいいものではない。
しかし、この状況で安易に手を出していいものか?
少女と魔術師たちの魔力を見れば、状況は見た目通りではない。感情に任せると、より多くの犠牲を出すかもしれない。
彼女の頭に不安がよぎる。
「お前は計画の重要な礎となる。魔女に堕ちた身で魔術協会に貢献できること、誇りに思うがいい」
魔術協会は彼女を何かよからぬ企みに利用しようとしている。それが具体的に何かはわからないが、犠牲を要する計画が。
「だとしたら、一度確認するのも私の使命ね」
彼女は大義名分を得た。この事件に介入する大義名分を。
「この戦い、ひとまず私が預かります」
男たちは慄いた。美女が何の前触れのなく突然現れたから。
ふわりと舞う銀色の髪。彼女の周囲に巻き起こる風。
裏路地という闇の中でも、彼女という花は輝いていた。
「何だ、こいつは?」
「空間魔術の使い手か?」
任務を果たすため、一瞬の油断もしていなかった。相手を考えれば、気を抜くわけがなかった。
それでも彼女は突然現れたようにしか見えなかった。
魔術師たちが誤解してしまった。
目の前に現れたのは空間を越えたからだと。移動は見えなかったのでなく、そもそもしていないのだと。
あまりに卓越した技術は人の認知を歪める。彼女は神速の歩法を用いただけだというのに。
「命が惜しければ引きなさい。この子の身柄は私が預かります」
彼女は少女の肩に手を置き、魔術師たちをにらみつける。その視線に一瞬怯むも、すぐに立ち直った。
「何だお前は?」
「魔力を持っているようだが、正義の味方気取りか?」
「状況もよくわからず首を突っ込むと痛い目を見るぞ」
魔術師たちは口々に言葉を浴びせる。この場を引けと。
魔術師たちも好きでこんなことをしているわけではない。余計な敵は可能なら作りたくない。
「状況の理解が必要ですか?この子が魔女で、あなたたちは魔女狩り。それ以上でもそれ以下でもないと思うのですが」
魔術師たちは視線を鋭くさせた。相手は力だけの馬鹿でないと理解したから。
魔力を押さえている少女を見て魔女だと見抜いた。それを可能とする経験を備えているのは間違いない。
「退くなら今だぞ。でなければ、お前は魔術協会を敵に回す」
これが最後の忠告。これを拒めば組織が彼女を襲う。
彼らとしても、そんなことをしたくはない。しかし、彼らも功を焦っていた。
「それは私の台詞ですよ。――あなたたちこそ、誰の前に立っているかわかっていないのですか?」
身体の中に閉じ込めていた魔力の枷をほんの少し緩める。それだけで風は起こった。
彼女を中心に渦巻く膨大な魔力。ここにいる全員を足し合わせても到底届かない高み。
生きた災害、魔女。彼女は頂点に立っている。
絶対に敵にしてはいけない七人の魔女。
「私は生命の魔女、リヴ・リンドベルク。最強の魔女と戦争する気概があるのなら、戦いを挑みなさい」
その背中は儚くも凛々しい。まるで風で折れることのない、百合の花のように。
「リヴ……リンドベルク」
小さな魔女、
♦♦♦
駅から少し歩いた場所にある、寂れたレンガ造りの建物。アンティークがぽつぽつと置かれたファミリーレストランほどの大きさのそれこそ、魔女の家の拠点の一つだ。
本部は都会の一等地に建てられているが、人付き合いの悪い魔女は寄り付かない。魔女の家に所属する大半の魔女はこちらの隠れ家を使用している。
建物の大部分は地下に埋まっている。町の人間は当然、自分たちの足元に裏社会の基地があるなど知らない。
その最深部には魔女の家の長の個室がある。
最強の魔女が待ち構えるその部屋には――友人が訪れていた。
「それで、君はまた手を差し伸べたのかい?」
金色の豪華なメガネをかけた女性は静かに笑う。
彼女こそ魔女の家の代表、時雨朔夜。しかし、秘密組織の長というには優しい目をしていた。
それも無理からぬこと。長寿な彼女にとって旧知の仲はかけがえのないものだから。
「ええ、そこに森を焼く火があったのだもの。ならば消すのが私の役目よ」
友人の言葉にさらりと返す銀髪の女性、リヴ・リンドベルク。彼女は美しい。
その所作は勿論のこと、その魂の在り方ですら。朔夜は相変わらずな友人を見て笑みを深めた。
「君は真面目だね。私も同じ使命を背負っているが、そこまで積極的なことはしないよ」
朔夜は首を竦めて自嘲する。怠惰な自分と勤勉な友人を比べるまでもないと。
実際、朔夜はリヴほど積極的に動かない。魔女の家の運営も大部分は琴羽に任せっきりだ。
「その椅子に座るまで、どれだけ大変だったかよく知っているわ。あなたたちが必死に築き上げたものでしょう」
リヴの声にはそよ風のような優しさが含まれている。強い感情は込めないが、朔夜への敬意を確かに感じさせる。
「刈り取るだけなら容易いわ」
朔夜は自身をリヴより下に置いた。しかし、リヴから見ればその逆だ。
暴力で小さな諍いを抑えることしかできない。朔夜の所業に比べれば、ちっぽけなものだと。
「難しいのは豊かな土壌を育てることよ。毒すら薬に変えてしまうような、度量の深い土壌を」
朔夜は成し遂げてみせた。この国で平和の均衡を半世紀以上保たせている。
「照れるじゃないか、リヴ」
「心からの言葉よ。受け取ってちょうだい、朔夜」
この平和は称賛に値するものだ。紅茶のカップを置いて、リヴは真剣に朔夜を見つめる。
その顔を見て朔夜は居心地悪そうにそっぽを向いた。基本ひねくれものの魔女は、真っすぐな言葉に慣れていない。
「お褒めに預かり光栄です、リンドベルク様」
スカイブルーのドレスに身を包んだ少女が空いたカップに紅茶を注ぐ。
まるで不思議の国からそのまま出てきたような姿。魔女の家副代表、時雨琴羽である。
「そうね。この組織は朔夜とあなたの功績よ」
リヴが新しく注がれた紅茶に口をつけながら琴羽を見つめる。
「朔夜について行けるわけがない。そう思っていたのにね」
遠い昔のこと。琴羽に強い否定をした自分のことを笑う。
自滅する前に助けるつもりだった。最強の魔女に追いすがるには非才だと思った。
それが、リヴの予想など超えて大きく成長した。いつの間にか、朔夜のかけがえない相棒となっていた。
ある意味ではリヴをも超えるだろう。少なくとも、この国での知名度は琴羽の方が上だ。
「琴羽も成長したんだよ。葉っぱの舞うお茶をご馳走してくれた少女はもういないのさ」
朔夜は軽いジョークで場を和ませようとする。しかし、過去の恥を掘り返された琴羽には不評だった。
「一体いつの話をしているんですか?」
それは琴羽が見た目通りの年齢だったころの話。魔女の家を創立する前のことだ。
「そろそろ
琴羽は嫌味で朔夜をせっつく。その言葉に朔夜は仕方ないといった様子で笑った。
リヴが助け、そのまま魔女の家に連れてきた少女。吉川歩。
人形のようなかわいらしい少女の処遇をどうするか?今日中には決めないといけない。
「大事な娘の要望だ。そろそろ仕事っぽい話をしようじゃないか、リヴ」
「そうね。朔夜、私はあなたに協力してほしいのよ」
リヴは数秒目を閉じて真剣な顔をした。その顔を見て朔夜も友人の仮面を外す。
「彼女を私の後継者として育てたいわ」
「ほぅ」
朔夜は目を細めてリヴの方を見つめる。その言葉の重みを知らぬわけがなかった。
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