花天月地【第55話 彼は高貴なる獣】

七海ポルカ

第1話





 軍は祁山きざんの麓を押さえた。

 固山こざんから北方に移動したが、途中襲撃は行われなかった。

 完全に涼州騎馬隊りょうしゅうきばたいは山に潜んだらしい。


 賈詡かくは麓から少し山中へ上がって行く。


 この山だけは李典りてん楽進がくしんが、涼州入りした時から押さえているため、涼州騎馬隊は潜んでいない。

 無論、少数精鋭で行動する敵の特徴を考慮し、それでも毎日巡回して敵が潜んでいないか確認は怠るなと言ってきた為、祁山きざんだけは山中の安全が確保出来た。


 魏軍は麓を囲うように布陣した。

 つまり中腹にいる李典と楽進の陣が本営のようになる形だ。

 明日には李典と楽進が下山し、司馬懿しばいと賈詡が本陣として山中に入ることになった。

 張遼ちょうりょうが早朝戻り、涼州騎馬隊を平地に誘き出すため、山岳戦に挑む。


 やることは決まったが、


(しかしこの雨だ)


 まるで奴らと共にやって来たようだ。

 ずっと晴れてたと言うのに。


 賈詡は小さく舌打ちをした。

 涼州では、気持ちよく晴れている事の方がずっと少ない。

 元々曇りが多いし山地が多いから、局地的にも天候は変わりやすい。


 賈詡はこの地で少年時代を過ごした。



 ――この世には、二種類の人間がいる。



 幸せな少年時代を送った奴と、

 そうでない奴だ。


 やることは決まったのだが、色々考えたいからしばらく一人にさせろと副官も追い払って、賈詡は雨を凌げる大樹にもたれかかり、涼州騎馬隊が潜んでいると思われる南の山岳地帯を見つめていた。

 南の山岳地帯に連中がいる。


 そう思い込むのは危険だ。


 普通は山中に潜んだ敵がこんな泥も流すような雨の中、夜闇の中、動くはずが無いと考える。だがそこを動いてくるのが涼州騎馬隊だった。

 

 彼らは今も行軍を続け、自分の想像も出来ない場所にいるかもしれない。

 或いは西の更に厳しい山岳地帯を迂回し、再び北上し、北に残った後続と再び合流して、もう一度北から襲撃する可能性もある。


 他のいかなる軍でさえ、そんな可能性は考えないでいいが奴らだけは別だ。


 涼州騎馬隊は山を、

 厳しい坂を、

 深いぬかるみを、

 激しい雷雨の中を、風のように走る。


 細い、樹間を。


 ぴしり、と細い木の枝が頬を引っ掻く。

 ……その感覚を思い出した。


 賈詡かくも少年時代、有無を言わさず馬に乗せられ馬術と武芸と叩き込まれた。

 夜闇の中、細い樹間を、放たれた狼に追われながら馬で駆けた。

 あの光景は実のところ、今でも悪夢に見ることがある。


 子供の頃は常に顔に枝で激しく叩かれた傷があった。

 決まった時刻に定められた場所に辿り着かないと、必死に樹間を駆け抜けて来た代償に傷だらけになった顔面を、今度は人間の手で容赦なく張り飛ばされる。


 一族や、家族や、その住まう土地を守るため。

 涼州の男は頑強でなければならないのだと。


 賈詡の少年時代は苦々しい記憶に満ちている。

 孤独では無く、周囲に人間や家族はいっぱいいたが、

 それでも群れの中にいても常に孤独を感じていたし、

 幸せだと思ったことが無い。


 

 何のために戦うのか。



 賈詡は少年時代の自分が、その問いを持ち続けたことは自分で誉めていた。


 十代半ばにもなると大体涼州の男はそんな問いは捨てて、大人達の勝手な夢を託されて、涼州の為に戦うのだと答えに辿り着いたみたいな顔になって、迷いがなくなる。


 十代の賈詡は迷ってばかりだったが、

 ふらふら迷ったおかげで長安なんぞに辿り着いた。

 都は店や、市や、人や物、何より多彩な色に溢れていて、

 賈詡はとっくに家の都合で好きでも無い許嫁を小さい頃から定められていたというのに、都の女たちは名前も知らない男を恐れも無く柔らかい身体で誘った。


 ――なんて鮮やかな世界だ。


 長安ちょうあんの都に初めて来た夜、そんな風に思ったのをよく覚えている。


(そうだ、俺は涼州なんぞちっとも懐かしくないし、愛しくもない)


 しゃがみ込み、自分の膝に頬杖をついた。


 経歴上詳しくはあるがなと苦々しく思う。


 もし北の後続と合流して再び襲撃を行えば、涼州騎馬隊の機動力を知らない者は、南から迂回した部隊だと思えず、敵の戦力を見誤るわけだ。

 そんなに兵がいるはずがないのに、

 大軍に攻められたら、動揺する。

 もっといるかもしれないと疑心暗鬼に陥れば、奴らの術中にはまって行く。


 遠くで雷雨が鳴った。


 西の方だ。


 風はこちらに流れて来ている。

 つまり雷もこちらへ近づいてくる。

 馬が雷に怯えて逃げ出さないように、強く結びつけておかなければならない。


 涼州の馬は、闇も雷雨も、全く恐れない。


龐徳ほうとく……血気に逸るだけの馬鹿とは違うと思ってたが。

 俺の買い被りすぎだったか。

 いや、そもそも龐徳より韓遂かんすいだ。

 あの野郎、今度見かけたらとんでもない目に遭わせてやる)


 なんかいい感じに段々ムカついて来た。


 賈詡は頬杖をついたまま、指でこめかみの辺りを押さえた。


(もし、奴らが南に向かっていたら。

 最初からしょく劉備りゅうびの許に行くつもりだったとしたら。

 定軍山ていぐんざん曹純そうじゅんに親切に報せでも送ってやろうかと思ってたが、

 向こうだって北の動きくらい警戒して巡回部隊くらい放ってるだろうからな。

 ほっとくか。

 龐徳が本気で南下し、劉備のもとに合流するってんならそれもいい。

 タダで明け渡した北方を、お望み通り焼き払ってやるってのも案の一つだ)


 賈詡の故郷は北方にある。


 姑臧こぞうだ。


 親はすでに無く、兄弟は多いのだが完全に一族が二分している。

 涼州に残った者と、残らなかった者。

 東に移住した兄弟達とは、親しくはないが時々親交があった。

 涼州に残った親類とは、賈詡は全く連絡を取っていない。

 どこに住んでいるのかも知らない。


 まだ姑臧こぞうにいる者も、おそらくは何人かはいるんだろうと思う。


 だが焼き払ってやるかと考えた時、少しも悲しくなかった。

 あの辺りには全然いい思い出が無い。


 司馬の大将の口車に乗せられたふりをして、俺も久しぶりに賈詡将軍の非道な作戦! なんて噂されるのも悪かないかもしれない。

 

郭嘉かくかの奴。俺が涼州の連中に肩入れしているなんて、舐めやがって)


 あいつもそろそろ一度、痛い目に遭わせてびびらせておくか。

 成人してからしか馬を乗り回したこともない都暮らしの温室育ちの小僧のくせに、生意気なんだよ。

 身体は雨と冷気に冷え切っていたが、苛々し出した心はいい感じで燃えてきた。

 この感じだともう二つ、三つ、素敵な残虐な作戦でも思いつきそうだと近づいてくる雷の音を聞きながら考えていると。



「しばらく一人にさせろって言わなかったか?」



 人の気配が癇に障りしゃがみ込んだまま、苛立った声を出す。

 それは厳しい声で、半ば怒鳴りつけたと言ってもいいほどだった。

 賈詡の副官は皆有能なので、上官が一人にさせろと言ったらそうするだろう。


 つまりそれでもやって来たということは相当な理由があるはずなので、聞いてやらなければならない内容なのだろうが今は感情が先に出た。


 しかし聞こえて来た子供みたいな明るい笑い声に、怒りの表情の毒気を抜かれる。


「言われてない。私はね」

「なんだ。あんたか」


 現れた郭嘉が、まだ笑っている。


「向こうの山を見たくて少し登って来たら、途中から足跡があったから」

「ああ……」

 郭嘉はやって来ると西の深い山岳地帯を見やった。


「灯りもなく、どうやって山中を通常通りの早さで行軍出来るんだろう?」


「……まあ地の利と訓練としか言いようが無い。

 涼州騎馬隊の連中は夜目を小さい頃から鍛えてる。夜の行軍訓練ってのが本当にあってな。あとは馬がやはり違う。馬は涼州の細い樹間を抜ける技を覚えてる」


「夜行訓練か。涼州の豪族の男子はみんなそういう教育を受けるって聞いたけれど。貴方も受けたの?」


「勿論受けたよ。可能なら丁重にお断りしたかったがそうもいかない人付き合いで。

 来る日も来る日もいつも馬の上に乗せられて、いつまでにどこに来いとか。

 わざと狼を放って追い立て回されたり。辿り着かないと容赦なく殴られるし。

 殴られたことは覚えてるが、殴って来た奴は何人もいたからもはや忘れたがね」


「そうなんだ。貴方は嫌いそうだね、そういう乱暴な訓練は」

「そうだよ。冗談じゃねえ。俺はずる賢いのは大歓迎だが野蛮は嫌いなんだよ」


「慣れか。私も病に伏せった五年間ずっと部屋の中にいて、日の光に当たらなかった。

 目が光に当たると痛かったから窓もずっと覆ってて。闇に随分慣れたよ。

 その分起き上がれるようになって、外に出ると少し光が鮮やかに見えすぎるんだ。

 今も朝日は少し眩しい。あまり浴びると目が一日中眩んだり、頭が痛くなったりする。

 徐々に慣れればそんなことないんだけど」


「そうなのか?」


 そんな話は初めて聞いた。

 確かに長安ちょうあんでも許都きょとでも、郭嘉を朝日の中で見たことがほとんど無い。

「あんたが昼まで外に出てこないのは朝まで女とイチャついてるからかと」

 郭嘉が声を出して笑った。


「勿論それもあるけど。朝日は苦手だ。

 でも久しぶりに外に出た時、外の世界の光や色の鮮やかさには感動したよ。

 夕陽は、朝日ほど目に痛くないから好きなんだ」


 そういえば涼州遠征に入ってからも、よく夕暮れの大地を眺めてる郭嘉を見かけた。


「夜目に慣れてる彼らは、朝日が苦手だったりしないのかな」


 賈詡は自分の癖毛を軽く掻いた。


「……。あんたの行動の中に意味が無くやってることってのはあるのかね?」

「ん?」


 腕を組んで夜闇を見ていた郭嘉が振り返った。

 賈詡が何を言ったかと思ったのだろう。

 一瞬反芻し、くす、と笑った。


「あるよ。当たり前でしょう」






「――……【白魔はくま】と言ってな」






「え?」


「涼州……というか涼州騎馬隊の人間が使う言葉なんだが。

 どんな天候だろうと普通の人間が動きを控える、どんな時間帯だろうと行軍出来る無敵の涼州騎馬隊が。一時だけ、苦手とする時間帯がある。

 お前の指摘通り、朝日が射し込む瞬間の時間帯だ。

 まあ別に直射に向かっていなければさほど問題にするほどじゃないから、要するに単なる洒落た表現で、涼州騎馬隊の男をからかってるだけなんだが。


 夜目の利く涼州騎馬隊は実は朝日の直射にだけは弱い。


 無敵の男が朝の一定時間だけ眩しそうに目を細めるもんだから、涼州の女たちが言い始めた表現なんだよ。

 涼州の男に憂さを晴らしたきゃ【白魔はくま】に頼みな、って童歌がある」


「知らなかった」


「知らなかった、ねえ……。

 まあ本当に知らなかったんだろうが、あんたほんと尚更末恐ろしいよ。

 何も知らないところから、涼州騎馬隊の唯一の弱点を指摘してくるんだから」


「闇に慣れすぎると光に対して目が弱くなるのか」


「まあ戦えないほどじゃないし、一番眩しい一定時間だけだけどな。

 だけど光は正直そんなに強くない」


「でもそれが共通の認識としてあるなら、布陣は光の直射を避けるんじゃない?」

「避けれるなら避けるだろうな。直射を浴びる利点がないから」

「言ってくれればいいのに。参考になった」


「完全に忘れてたんだよ。お前が光の話をしたから思い出した。

 嫌がらせじゃないぞ。これでも涼州で生きた時間よりすでに東で暮らしてる時間の方が長くなってる」


 郭嘉かくかは雨の当たるところから、歩いてきた。この話に興味を持ったらしい。


「でも君、朝の散歩が好きだとか、許都きょとで言ってなかった?」

「好きだよ。一番好きなのは夜中の散策だがね。だけど人が起きたか起きてないかくらいの白い時間帯好きだ」


「じゃあ貴方は小さい頃涼州にいたけど、そういう特徴はないんだね。こっちに来てから順応したのかな。時間が経ったから?」


 郭嘉の瞳が闇の中、輝きながら話の続きを求めるように自分の方をジッと見ていて、賈詡かくは苦笑した。


「……実は長安に来てから気付いたことなんだが……女と付き合ってて、急に奴らが訳分からん理由で怒り出すことがあった。涼州ではそんなことなかったんだが。

 よく話を聞くと、女が身につけるいつもと違う着物とか、飾り布とか、些細なものの変化に、どうも俺が気付いてないらしいんだよ。

 折角いつもより雰囲気違う色を選んだのに一言も指摘しないなんて酷い、無視だと泣かれたことがある」


 興味深そうに郭嘉の鶸色ひわいろの瞳が輝いている。

 そこは女に振られて可哀想に……って顔するとこだ。

 目を輝かせるな。


「それって……」

 

「どうも俺の目は他人と色の見え方が少し違うらしい。

 今にして思うと、俺はあんまり【白魔はくま】の時間帯とか、子供の頃気にしてなかったな。 それが繋がってるかどうかは学者や医者じゃないから分からんが。

 色や光に反応しにくい目なのかもしれん」


「初めて聞いた」

「まあ初めて他人に話したからな、今」

「じゃあ貴方と私は同じ景色を見ていても、違う色に見えてるの?」

「多分な。お前の見え方を知らんからはっきりとは分からんが」

「それで女性に嫌われた?」


 郭嘉が吹き出している。


「突然怒り始めて、おおどうしたどうしたってなったことが数回あって、そのうち気付いたんだよ」

「気付かせてくれたお礼ちゃんと言った?」

「言うわけねーだろ! 突然『いつもと違うのなんか気付かない?』とか謎かけされて、いや特に違わないよいつもと同じく綺麗だと思うけどって答えてやったのに嘘つき呼ばわりされて頬を張られてありがとうじゃねーだろ!」


「賈詡確かに真正面から女性の機嫌を損ねるような下手は避けると思うのに、時々揉めてることあるね? 女性を困らせて遊んでるのかと」


「まあ女をからかって遊ぶことはあるが、平手打ちまで食らったら楽しいの天秤釣り合わねえよ」


「ああいう時ってそういうことで揉めてるの?」

「まー、大体な」

「正直に話せばいいのに。色が見え難いって。そうしたら分かって貰えるよ」


「別に分かってもらえんでいい。俺は生まれた時からこの目で生きて来たんだ。

 全部無色に見えてるわけじゃないし、光だってちゃんと捉えてる。

 何が綺麗かは俺のこの目で決める。俺のこの目が綺麗だと思った色が綺麗な色だ。

 俺の目に映んねえような色なんかほっといていい」


「意地っ張りだね。女性にだって庇護心はあるんだよ。賈詡。

 元々作りが違うんだから、愛し合うためにはお互い分かり合わないと。

 貴方は分かって貰えなくていいもんみたいに突っぱねるから喧嘩になるんだよ。

 時々貴方にだけ教えるよって甘えてみたら女性も喜ぶのに」


「ご教授どうもありがとう郭嘉大先生。クソムカつくなおまえ」


 賈詡かくは悪態をついたが、郭嘉は全く意に介さず興味津々に瞳を覗き込んで来た。


「賈詡はどんな色が綺麗に感じるの」

「別に……空も花も人並みに綺麗に感じてるよ」

「それじゃ貴方が綺麗だと思う色は相当綺麗な色なんだろうね」

「そうとも限らんと思うぜ。なんとなくだが一定の色が見えにくいのかなって思うから」


「でも鮮やかな色を感じた時は嬉しいでしょ」

「嬉しいねえ……」


 賈詡は小さく息をついた。


「それで言うと、涼州で暮らしてた時は綺麗な色なんかあんま見かけなかったな。

 綺麗に晴れるってことそんなねえし。いつもなんか視界が暗かった。俺がこの世に綺麗な色があるんだなって思ったのは長安ちょうあんに来てからだよ」


 ふと郭嘉が手を冷気から隠すように袖の中に入れ、腕を組んだ。


「貴方にとっては久しぶりの凱旋かと思ってたけど」

「この世の皆が、故郷を愛して止まないわけじゃないんだよ。坊や」

「家族や親類がいるのかと」

「目ぼしい家族や親類はみんなとっくに東に移住してるから心配ご無用だ。

 まあ何人かは涼州にいるだろうがね。会ったって分からないくらいの認識なら、血が繋がってても他人だよ」


「今、声に棘が混じったけど」

「仕返しか?」


 先日の遣り取りを引き合いに出したが、郭嘉は小馬鹿にするように鼻を鳴らして来る。

「私を怒らせた仕返しならもっと派手にやる」

「まあ、それもそうだ」

「貴方が涼州が嫌いだとは思わなかった。自慢してたからね。涼州出身だって」

「いつ誰が自慢したのよ……」

「貴方が人と馴れ合おうとしない習性だよ。賈詡。

 貴方の場合、確かに都を嫌ってるとまでは言わないけど、いつまでも完全に馴染もうとしない理由が故郷かと」

「悪かったな。どこかの天才軍師さんと違ってド田舎出身で。都に完全に馴染めないのは単なる俺の質だ」


 郭嘉が吹き出している。

 こいつはいつも楽しそうで、全く羨ましいもんだ。


「ごめんごめん。そういうつもりで言ったんじゃない」

「そら都育ちの郭奉孝殿にはいつまで経っても俺が野暮に見えるだろうねえ」

「いや。貴方とは事情は違うけど、全ての人間にとって故郷がかけがえのないものだとは私も思ってないよ。

 潁川えいせんは訪ねる分には好きだけど、自分がそこに一生暮らすなんて冗談じゃないし、いずれ戻りたいとかは私も全く思ってない」


「へえ。荀彧じゅんいくは言ってたけどな」


「私も文若ぶんじゃく殿の家は好きだ。小さい頃入り浸ってたから、なんか自分の実家より文若殿の家の方が実家みたいなほど」


「なに他人の家に入り浸ってんだよ……そういやお前、殿から子供の頃からどこにいるか分からん子供だったとか言われてたな」


「早くに出てたよ。友人の家を渡り歩いて。私はそういう子供だったから、父親に全然期待されてなかった。家督も早々に弟が継ぐって決まったしね。いいんだ。亡くなった母と母親が違う弟だし、収まりがいい。郭家の家督とか全然興味無い。

 父とは元々疎遠だったし、今は瑠璃るりのことで大喧嘩してる。

 でも家督を継いだ弟とはたまに会って飲むこともあるし、仲は割といいんだ。

 弟の子供達には懐かれてるよ。四歳になる姪に涼州遠征行く前、求婚された」


 賈詡は笑った。

「あんたに弟がいたことすら知らなかったわ。あんた一族では異端なんだってな」


「うん。おかげさまで。病の時に実家は帰ったくらいだよ。色んな所に寝る場所はあるし。

 私が貴方は、涼州に心を残してるんじゃ無いかと思ったのはね。

 初めて見る涼州がとても美しい場所だからだよ。賈詡。

 貴方の弱さがどうこうとかじゃない。とてもこの地が綺麗だからだ」


「弱音聞かせんじゃねーよとか怒ったじゃねーかよ」

「あれは貴方が慎重に事を進めすぎてると思ったからムカついただけ」


 悪びれも無く笑っている。

 郭嘉の少年みたいな笑顔を眺めながら、賈詡は先程までいっそ、この思い入れの無い故郷本当に燃やしてやろうかなどと思ってささくれ立っていた心が、いつの間にか収まって、自分も笑っていることに気付いた。



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