戦後1

ご奉公の方向が違っただけで、意義は少しも違わない……

第四十代総理大臣 東條英機より


1


戦後はわけわからなかった……生きて帰れたことに幸福に思うのか……この虚しさを抱えて生きるのか……


目をつむれば、行った仲間たちが脳裏をよぎる。そして、寝れない……酒を飲む。そんな日々だ。


「なぜ、生きて帰った!! お前が死ねば俺の家族は!」


「そうだ! お前が死ぬべきだった!」


生きて故郷に変えた時に散々に叩きつけられた言葉だ。


特攻兵だと知られるとどこでも、罵声と怒りを込めた視線が集まっていた。


その視線からも世界からも俺は逃げるように生きていく。



2


なぁ、あの時に行くべきだったのか?


焼け跡の景色の見続けるたびに思う。


俺達が死ななかったから、この国は荒れ果てた……負けるにせよ、もっと、まともな景色が残されたのではないか…………


痛くて痛くて狂おしくなる。


その景色を塗り替えるために必死に働いた。生きるため……違う、この目の前の、景色を塗り替えて、自分の罪の意識を消すために……怖くて、俺は心の奥で思う。


戦後にある日本の学者が口にした。日本人は空気が読めると、その空気は戦前戦中つねに日本を覆い意見が言えなくなっていたと……あるかもしれない……


けど、戦中も日本は神の国だと勝ち進み、戦後は日本人だから流されて戦争して負けた。お前たちが日本人なのが悪い、結局、日本人であることのせいにした。


なら、俺達は何になればいい?


敵国だったアメリカはベトナム戦争後に帰還兵の心に注目して、心理学という全ての人間に対処できる学問を確立したという。


さすがだ。俺たちの敵は……人種を理由にはせずに、その傷を学びへと変えていた。


いわゆる、帰還兵の精神疾患という物事に着目したのだ。


たぶん、俺達……日本人の全てが精神疾患を負いながら復興へと突き進んだのだろう。


目の前の。廃虚が消えるたびに、埋まる気がしていた虚無と死んでいった皆の顔……そして、満足げに飛び立つ宇垣特攻へ向かう彼ら。


ああっ、生きた自分たちと比べて……なんと遠いのだろうか……


後から俺も行くと………


宇垣閣下はつねに言っていた。


その言葉は……取り残された男を卑怯者に落とされてしまう。


『閣下!! 私も連れて行ってください!!』


その言葉が残響のように響いた。


元同僚の遠藤の声だ……生きれたはずなのに志願して乗り込み死んだ男の声が夢にも響く。


俺は震えて志願もできずにその光景を見送る。


艦上爆撃機の彗星が、滑走路を滑り、11機の彗星は南の海へと向かう。


その時、俺は叫んだ!


「お前一人で死ね!!」


俺はあの一言を口にするべきではなかったのか?


その言葉は呪いとなり、俺の中で残留している。どうして……あんな言葉を俺は口にした。


あの閣下の顔や、誇らしい笑顔の元仲間の最後の顔を思い出す。


『俺も必ず後で行く……』


また、残響が聞こえた。あの兵舎の中で多く口にされた宇垣閣下の声だ。


自分もあいつも特攻隊員、皆いつかは行くのだ! 誰一人生き残ることはないと。


「良かった良かった!! 俺は生き残った!! この国の復興のために生きればいい!!」


いいわけだだ……多くの軍人も生き残った罪を軽くするためのことばだ。


当時の総理大臣・東條英機も言っていた『ご奉公の方向が違う』と……ふざけるな!!


戦中は死ぬのが日本への奉公……

戦後は生きて復興にかけるのが奉公……だと!


俺達は……けど、その言葉は無責任でありながら、俺達の全ての日本人の言い訳へと変わっていく。


3


狂おしい、その苦しさから逃れるために働いていた気がする。


日本復興……家族のため……けっきょく……戦中と変わらない。


そう、天皇への忠誠……その心情を会社へとすり替えていった。


上の人間の多くは戦争帰りの男が多く、組織と聞いて軍部を思い浮かべて、企業は小さな軍のようにすり替わっていく。


けっきょく……どこも同じだ。醜い……


「誰だ君は?」


新たな職場で声をかけられた。


そう、色男の中泉少佐だ。良いスーツを着て、この会社の上役になり生きていた。


勇ましい事を言い泣き鼓舞していた少佐、彼も生き残っていた。


同じ戦後を生きていた……階級は別としても同士だと思っていた。


「宇垣閣下の元でお供したものです」


「あっ、そうか」


俺は感激していたが、彼は苦虫を噛み潰したようだった。


「し、知らんな」


と彼はそそくさと逃げていく。


それはそうか、過去を思い出したくないようだ。

仕方ないことだ。


いまごろ特攻隊と関わっていたことなど知られたくないだろう。


周りもそうだ……皆生ける屍のように、忘れられない自分を忘れさせるために無茶苦茶に働き、会社を命を捧げるものだと思っていった。











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