魔女の契約

芝草

1.昔の話

 嘘が、嫌いだった。

 正確には、あからさまな嘘をつく時の人間の顔が、嫌いだった。


 宿題をやってない時に、バレバレの言い訳をする男子の顔も。

 面白半分に小学校の怪談をささやく、女子の顔も。

 いつも教室の隅にいるアイツの姿が見えないふりをする、クラスメイトの顔も。

 オレは嫌いだった。


 そのせいだろうか。アイツの笑顔は、特別にオレをイラつかせた。


『黒魔女』

 六年二組の教室の陰で、ひそひそと呼ばれていたアイツのあだ名だった。


 いつも同じ黒いスカートに、黒いシャツで。

 小枝のように細い手足をぶらぶらさせて、いつも教室の隅に一人でポツンといて。

 何が楽しいのか、いつも一人で、にちゃあ……と不気味に笑っていて。


 いつごろから、誰が付けたあだ名なのか、知らない。

 オレとアイツは、別に名前を呼び合うような仲じゃなかったから、その名を呼んだことすら無い。


 でも、クラスの噂話にうといオレですら、そんなアイツを見ていると、嫌でも察しがついてしまった。

 『黒魔女』が、アイツを暗喩あんゆしていたあだ名だということに。


 オレは、『黒魔女』の笑顔が嫌いだった。

 一見、笑っているように見えるから、分類上は笑顔になるんだろう。でも、オレからみれば、アイツの笑顔は嘘で塗り固められた、ただの仮面だった。


 ぐにゃりと歪んだ口の端も。

 左右非対称に持ち上げられた、青白い頬も。

 真っ黒い前髪の隙間から見える、作り物のようなのっぺりとした黒い目も。


 黒魔女の笑顔はどこを切り取っても、とにかく嘘くさくて、気に入らなかった。

 なのに。目と目が合うと、黒魔女は決まって、にちゃぁ……とオレにその笑顔を見せつけていた。


 とってつけたような、その笑顔の不自然さが、無性に腹立たしかった。

「いつか、その嘘っぱちのニヤケ面をひっぺがしてやる!」

 などと、不毛な挑戦をアイツに叩きつけるくらいに。


 まぁ、すべては八年も昔の話だ。

 奇妙なあだ名も。イラつく笑顔も。不毛な挑戦も。

 オレが忘れてしまうくらいには、昔の話だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る