第11話 愛の力で反撃
ついに決戦の時が来た。
テスト期間に入る直前の休日にわたしは
わたしの机の上には今、にんじんの形をした超可愛いシャープペンシルが三本と消しゴムの中にラッコのミニ人形が埋め込まれた斬新な消しゴム(使い切ると人形が出てくる)が並んでいる。わたしはテストの緊張をほぐすために消しゴムのカバーをずらしてラッコ人形の愛くるしい顔を撫でた。どうか赤点を取りませんように!
雪はどうしてるのか気になって隣の席の雪をちらっと見てみる。雪もわたしと同じようにラッコ人形が埋め込まれた消しゴムを眺めてにんまりしていた。可愛い。
万全の対策はしたと言い切れる。勉強に飽きてサボった時間もあったけどわたしはわたしなりに勉強に向き合えたのだ。
教室に先生が入って来た。教室の空気がぴりっと張り詰める。雪は余裕そうにまだ消しゴムを眺めているけれど。
最初は現国。わたしの向上した語彙を存分に披露してやる。テスト用紙が配られる。開始の合図がわたしの耳に入り込む。
いくぞ! 今のわたしなら絶対できる!
わたしはにんじんシャープペンシルをノックしてテスト用紙に名前を記入した──
***
テスト期間が終わって七月に入った。お昼休みに玄関近くの掲示板にテスト結果が張り出された。
雪と手を繋いで廊下にできた人集りの中に混ざる。雪は相変わらず学年一位だった。周りのみんなが羨望の眼差しで雪を見つめている。「きゃー!
「ごめんね
雪がわたしの耳元で満更でもなさそうに囁く。複雑な気持ちだけれど雪にファンがつかない方がおかしいし、こればっかりは我慢するしかないのだろう。
「別に良いけどー」
「あ、光ちゃんの名前見つけたよ! ほらあそこ!」
話を完全に逸らされたような気がするけれどまあ良い。わたしの順位を確認しなくちゃ。雪が指をさす方向に視線を向ける。わたしの順位は……真ん中より少し下だった。最下位じゃない!
「やったああああああああああ!」
雪と繋いだ手を天に突き上げて盛大に喜ぶ。遊ぶことを我慢して努力した時間は無駄じゃなかったのだ。わたしは留年と補習地獄を回避して雪との花火デートをゲットしたのだ! わたしよりも順位が下のクラスメイトが呆然とわたしを見つめている。「あの
「おめでとう! よく頑張ったね!」
「わっ!」
雪が思いっきりわたしを抱きしめてくる。みんなが見てる前なのに⁉︎ 大胆すぎるでしょ! わたしが焦っていると「最下位脱出おめでとう!」とわたしのクラスメイトたちも拍手してくれる。みんな……ありがとう。嬉し涙が少し溢れる。
「皆さん静かに! あなた達は小学校低学年ですか?」
「げ、全否定おばだ!」
周りの生徒が静かになる。ぎらりと丸い眼鏡を光らせて足音をわざとらしく大きくしてこちらに向かってくる。わたし、クラスの子にお祝いされて嬉しかったのに……。雪がもう一度わたしの手を取って「大丈夫」って言いながらぎゅっと握ってくれる。わたしは勇気を出して雪を引っ張って全否定おばこと
「別に良いじゃないですか騒いだって! お昼休み中だし! 何がいけないって言うんですか!」
ここは職員室から離れている。清下はどこから飛んで来たのだろうか。まさか、ここが賑やかになることを想定してわざわざやって来たのだろうか。
「あなた達は昼休みかもしれないけれど先生達は仕事をしているんです。騒がしくされて耳が痛いわ。さっさと教室に戻りなさい」
清下は生徒のことを何も考えてないみたいだ。先生が全て正しいみたいなその言い方に、はらわたが煮え繰り返る。
「だったらわざわざこっちに来なかったら良いじゃないですか! ここ職員室から遠いのになんでここに居るんですか⁉︎ 生徒を叱って自分のストレスを発散してるようにしか思えないけど!」
清下が鬼のようにわたしを睨みつける。図星だったのだろうか。今にも殴りかかって来そうだ。
「なんですって……? まあ許しましょう。あなたのような頭の悪い生徒は変な言いがかりをつけることしかできませんからね。大体なんで天崎さんと手を繋いでいるんですか? 天崎さんも大変ですね。偽善でしか仲良くする相手を選ぶことができないみたいで」
全身の血管がはち切れそうな程に熱々の血液が巡って頭が怒りに支配される。清下をぶん殴ろうと体を前に出すと雪がぐんっとわたしを後ろに引っ張る。「離してっ!」と思わず叫んでしまう。でも雪はわたしの手を離さない。わたしが何をしようとしたのかわかったみたいだ。
「清下先生、光ちゃんに暴力を振るわせようとわざと煽るような言い方をしましたね」
雪の喉から周りの空気が凍りつくような冷ややかな声が溢れた。その声にわたしの全身が冷却される。
「そんなことありませんよ。私はただ真実を言っただけです」
「それじゃあ私も真実を言っても良いですか?」
「ええ、どうぞお好きに?」
雪がわたしの耳元で何かを囁く。わたしは驚きつつも頷いて雪の言う通りに行動した。
──わたしは、雪の唇を目掛けてキスをした。
「な……」
「私たちはキスするくらい仲が良いんですよ。偽善だろうがなんだろうが関係ない。私は光ちゃんと仲良くなれて幸せです」
「ふざけないでちょうだい! 気分が悪いわ!」
「え? 周りのみんなを見てくださいよ」
静寂が歓声に変わる。「やっぱり二人は付き合っていたんだあああ!」「尊い……あまりにも尊い……」「私の推しカプが目の前でキスした……⁉︎」
歓声に混ざって否定的な声も一部聞こえたけれど大半は喜んでくれていた。
「ほとんどのみんなが喜んでくれています。それって普段からわたしたちの仲が良い証拠ですよね? これでもまだわたしたちに文句を言うつもりですか? ていうか先生のせいで今テスト結果を見に来た生徒が見れなくなってるんですけど。生徒のためを思うなら職員室に戻られては?」
「……不愉快極まりない生徒達ね」
悪びれる様子もなく捨て台詞を吐いて清下が立ち去ってゆく。わたしは、清下に勝ったんだ!
「みんなありがとう! わたし、清下に勝ったよ!」
「すごいよ夢原さん! 清下に言い返すなんて俺じゃ怖くてできないよ」「あたしもあの先生に酷いこと言われてムカついてたんだよね。マジでスカッとした」「私の雪様が夢原さんに取られた〜」「夢原さんって不良だと思ってたけど見直したよ。誤解しててごめん!」「やはりお二人はそういう仲だったんですね……ふふっ……へへ……最強コンビだぁ……」
「一気に話されたら返事ができないよ!」
クラスメイトや違うクラスの子が蟻のようにわたしの周りを囲む。まるで入学したての雪みたいだ。
たくさん勉強したおかげでわたしの言葉の武器と盾が壊れることなく頑丈に育ち、理不尽な状況をひっくり返しちゃうくらいわたしは強くなっていた。
「雪もありがとう。わたしはまだ雪が居ないと暴走しちゃうけど、ちゃんと言葉で先生を追い返せたよ」
「うん。本当は光ちゃんが先生を思いっきり殴るところを見たかったけれどね。そうしたら光ちゃんが停学になっちゃうから」
「本当に雪が居て良かった!」
これから先どんな青春がわたしを成長させるのだろう。わたしの幼馴染、
今年の夏休みは波乱の予感だ。
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