第2話 天才の苦悩は愚か者を変える

 夜。お風呂上がり。勉強机に座る。スマホに直行しなかったわたしはそれだけで頭が良くなった気がした。晩御飯を食べてお腹いっぱいになったわたしは晩御飯のエネルギーを使って考える。わたしって何から勉強したら良いんだろう。

 受験勉強はめちゃくちゃ頑張ってギリギリだけど志望校に入学できた。それくらいの学力はある。ていうかゆきはものすごく頭が良いのになんでわたしみたいな勉強が得意じゃない子でも通える学校に入学したのだろうか。


 ……雪の今までの発言を思い出してみたけど嫌な理由しか思いつかない。まさか、わたしみたいな勉強嫌いの人間を観察したくてこの学校に通いたかったのかな。だってそうじゃないと絶対におかしい。大変失礼だけどこの高校は雪みたいな天才が通う高校じゃないのだ。偏差値は決して高くないし。絶対にそうとしか思えない。


 うわぁ! やっぱりわたしは雪のことが大嫌いだ。自分より頭が悪くて常識のない生徒が好きだなんて悪趣味だもん! こっちの気持ち考えろ!


 あれこれ考えていたらいつの間にか眠ってしまっていた。難しいことばかり考えたせいだ。机によだれの跡がついているし。汚なっ。


 今何時だっけとスマホを見ると朝八時五十分だった。やばいやばいやばいやばい! 遅刻確定だああああああぁぁぁぁ! 先生に怒られる! 慌ててパジャマを脱いで制服に着替える。


 自室から出てリビングに向かうと親からの置き手紙。『これが自業自得じごうじとくよ。覚えておきなさい♡ 父、母より』とテーブルの上に置いてあった。そうか、これが自業自得なんだね! 知りたくなかったよ!


 ていうか遅刻が確定したなら急ぐ必要はないのでは? どうせ怒られるし。よし。急ぐのはやめよう。今から優雅なモーニングルーティーンの始まりだ。


 わたしは、朝食にはトーストを食べる。ジャムはいちごジャムだ。いちごミルクをトクトクとコップに注いで、テレビの点いていない静かなリビングで朝ごはんを食べた。本当は点けたかったけれどなんとなく点けなかった。一応わたしなりに反省はしているのだ。いちごの味がいつもより酸っぱく感じた。


 洗顔と歯磨きをして、ボサボサの髪をクシで梳かして、仕上げにナチュラルメイクを施せば身だしなみは完璧に整った。

 

 お母さんが作ってくれたお弁当をリュックに詰め込んで家から出ると、雲ひとつない青空がわたしを待っていた。今日は良い日になりそうだ。自転車に跨ってペダルをぐんと踏み込めば心地いい風がわたしを包む。二十分くらい自転車を漕いで学校にたどり着く。


 学校の玄関に向かうとリュックを背負った雪が立っていた。えーとなんで? 雪も遅刻ってこと?


「おはよう。気持ちの良い朝だね」

「なんで雪が玄関に居るの?」

「ふふっ。苦虫を噛み締めたような顔をしないでくれないかな。昨日君は勉強すると言っていたよね。わたしは考えたんだ。果たして勉強が苦手な君が、一朝一夕で取り組むようになるのかなってね。少しくらいはするかもしれないけど絶対に飽きてしまう。そして慣れないことをしたストレスで、君は夜更かしをする。いつの間にか眠ってしまった君は学校に遅刻してくる。つまり、私も遅刻をしたら君に会うことができる。そして予感は的中したわけだ」

「うぐぅ……。完敗だ……」


 何も、言い返すことができなかった。わたしがもっと本気を出して勉強に取り組む計画を立てていれば雪を見返すことができたのに。やっぱりわたしは愚か者なのかもしれない。


「さあ、一緒に教室に入ろうか。授業はもう始まってしまっているけれど私が居れば大丈夫だよ」

「え、雪も遅刻したから先生に怒られるんじゃないの?」

「ん? ああ、私は大丈夫なんだ。私はみんなとは違う高校生だから」

「はい?」


 みんなとは違う高校生ってどういうこと? 遅刻しても許される。もしかして重い病気とかを持っているのかな。それで朝起きるのが辛いとか……。なんだか申し訳なくなってきた。


「実は私はすでに大学を卒業しているんだ」

「はぁああああ⁉︎」


 雪の口からとんでもない事実が飛び出てきて思わず叫んでしまう。高校一年生のフリをした大人ってこと? もうわけわかんないよ。


「天才でごめんね。私は幼少期は海外で育ったんだ。天才だった私は、飛び級をして気づけば十歳で大学を卒業してしまった。友達は大人ばかり。私の才能を悪用しようとする人間がよく近づいてくるし、私の力ではどうすることもできない諍いもあった。そして、周囲の人間との関わりを絶って究極的に退屈になった私は同じ年齢の生徒と学んでみたいという幼少期の夢を思い出して、母が住んでいる日本にやって来たんだ。私は特別な許可を頂いてこの学校に入学したんだよ。勉強やマナーを学ぶために入学したわけじゃないのは先生達には伝えてあるんだ」


 そんなの、信じられないよと言いかけてやめた。目の前の天才の顔が苦しそうだったからきっと本当のことなんだろう。


 わたしは雪のことを勝手に決めつけて、自分より優れていない人間を馬鹿にするのが趣味なんだと勘違いをしてしまった。こんなに孤独だったなんて想像できなかった。大嫌いって言ってごめん。


「雪。そんなに辛そうな顔しないでよ。わたし、頭良くなるから。自分のためにも雪のためにも」

「君の頭が良くなると私にとっては都合が悪いけどなぁ」

「そうだとしてもわたしは今度こそ本気で勉強する! 雪と同じ年齢の友達になる!」

「あれ、もう私とひかりちゃんは友達になったよね。いつのまに友達じゃなくなったのかな。ああ、そうか。私が君に付き合ってほしいと言ってしまったから複雑な関係になってしまったんだね」


 雪がしゅんとして地面を見つめる。違う。わたしが雪のことをちゃんとわかっていなかったから馬鹿にされたと思って逃げたんだ。わたしが決めつけたせいで傷ついて、傷つけて、負の連鎖が起こったんだ。


「違うよ。わたしはもう一度やり直したい。ちゃんと雪と友達になりたい。上辺だけの関係なんてやだ! もっとお互いのこと知りたいの! その上で雪のことを好きになりたい!」

「……っ! 君って最高だよ。大嫌いって言ったくせに今度は好きになりたいだなんて手のひら返しも大概にしてよ」

「細かいことはもういいの! ほら教室行こうよ」


 靴を履き替えて雪の手を握る。雪のほっぺたが火が灯るように赤く染まる。本当にわたしのこと好きだな。


 いつかわたしも手を握られてほっぺたを赤く染める時がくるのだろうか。未来のことはわからないけれどそんな未来がきたら良いなと思う。


 

























 

































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