【第一楽章 完結】雨月の二重奏(デュオ)~嫌いなアイツと義姉妹になった日~

鮎のユメ

雨と月の邂逅

第1話 最悪の出会いだった

 再婚をしたと告げたお母さんの一言は、私の顔を仏頂面にさせるには十分で、同時に目の前の少女の顔が曇るのをわざわざ見ずともわかりきっていた。かけていた眼鏡がずり落ちるような錯覚に陥って、もう困惑状態だ。

 ……いや、無理。断固拒否。蔭原かげはらルナ? アイツだけは無理。私が唯一、顔を見ただけで胃がキリキリする人種。

 なのに玄関先、本当ならいるはずもないだいきらいなそのクラスメイトが、学校指定の革靴のまま堂々と立っていた。隣には父親らしき姿もあった。背は高いけど、なんだか影が薄い。無理もない。こっちにはそれどころじゃない爆弾が来てるんだから。

 耳にピアスなんかして、髪は校則違反もいいところな、黄色と黒のツートンカラー。気だるげな態度で鋭く私を見つめてくる。こんなヤツが家にいるなんて信じらんない。

 それなのに。


「今日から家族になるのよ? 仲良くしなさいね」


 とお母さんは簡単に言ってのける。


「「どうしてコイツなんかと!」」


 私たちの声がシンクロするのも当然で、今はただその事実を受け止めることは出来なかった。わなわなと震えてくる拳が抑えきれない。

 だって私──東雲しののめ雨子あめこは、彼女に嫌がらせをされ続けているのだ。変に突っかかれたり、無視されたり。終いにはしょっちゅう笑われたり。そんなヤツと仲良くしろって? 絶対無理。出来る訳ないし。


「そう言ってもねぇ。もう決まっちゃったことだし」

「だいたい、再婚って何⁉ そんな話聞いてないよ! お母さん勝手すぎるから!」


 私の怒りがヒートアップしてくる。大人ってそうなの? なんで子どもの意見も聞かずに決めちゃうの?


「仲良くなっちゃんだから仕方ないじゃない。それに前、雨子にも訊いたでしょ? 『お母さんが再婚したらうれしい?』って」


 ──その一言に、思わず言葉が詰まる。

 確かに言われた。1週間前だ。記憶力は良い方だから、一言一句覚えてる。そして私も言った。「お母さんが嬉しいなら」って、笑いながら。


「そうだとしても、こんな急だなんて普通思わないじゃん……! もういい! 知らない!」

「あっ、雨子さん……」


 そう吐き捨てて、私はすぐさま自分の部屋に向かった。義理の父となるであろう男の人の声も無視して。

 自室の扉を家じゅうに響かせるくらい勢いよく閉めて、隣にあったピアノを引っ掻くように叩きつける。グシャ、と重く歪んだ音が跳ね返ってきた。それでも、アイツの音なんかより全然聞こえがいい。


「……はぁ。ごめん」


 誰に言うでもない謝罪。鍵盤を優しく撫で、フタをした。……練習どころじゃなくなりそうな予感がぷんぷんしてきて、私はベッドにダイブして枕を被る。眼鏡が顔に食い込もうがどうでもいい。そんなの気にする余裕、あるわけない。


 ありえない、ありえないありえないありえない。

 なんなの? おかしくない? いきなりすぎるし、頭バグってきちゃう。私の唯一の癒しのテリトリーにアイツが入ってくるなんて、想像しただけでおぞましい。

 しかも、家族になるってことはアイツと義理の姉妹になるってことで。……鳥肌どころじゃない、全身を逆なでされてるみたいな気分だ。

 本当に、最悪だ。生き地獄って言ってもいい。

 お母さんはルナのことを知らないからあんな平気な顔して言えるんだ。普段は八方美人なくせして、私にだけ強い感情を向けてくる。好きになれる要素なんてどこにもないんだよ……!



「改めて紹介するよ。私は──」


 その後、リビングに集められ、義理の父が先陣を切って自己紹介を始めていたけど、真剣に聞く気にはなれなかった。


「蔭原、ルナ。呼び方は……なんでもいい」

「ルナ、そういう言い方はないだろう。〝家族〟になるんだぞ?」

「そう言われたって……」


 ルナも困惑気味で、二の腕を掴んで気まずそうにしていた。

 お母さんが夕食の準備を整え、食卓を囲ませるけど、私たちは口も利かなかった。もう本当に頭がいっぱいで、ご飯さえまともに喉を通らなかった。

 ルナの尖らせたその吊り目と視線が合えば、つんと2人同時に顔を背ける。


「アタシとあんたが姉妹とか……何かの冗談でしょ? 笑えない」


 そんな呟きが聞こえた。耐えきれなかった。


「ごちそうさま」


 と早々に見切りをつけて、ご飯を残して、私は部屋にこもった。

 こんな生活が毎日続くなんて……私は憂鬱な気持ちを抱えたまま、ベッドに横たわった。

 今日だって顔を突き合せば軽く口喧嘩をしたくらい、相性は最悪だってのに。なんだってこんな。

 眠れる気なんてしなかったのに、気付いたら、まどろみの中へと深く誘われていった。

 眠っている間、夢にまでルナの嫌味な顔が見えて、本当に鬱陶しかった。



「私、ご飯いらないから」


 翌朝。私よりも早くに起きていたお母さんにそう言った。一緒に登校しているところを見られたりなんて絶対ごめんだ。生き恥だ。何か言いたげなお母さんの顔色も見ずに、すぐに家を出て、学校へと向かった。

 登校中、私はやっと一息ついた。ルナはお寝坊らしい、後ろを振り返っても、あの特徴的な姿はなかったから。もちろん私が早いだけとも言えるけど。

 ぐぅ、と鳴るお腹の音。夕べも今日も、食べてない。何か、コンビニで買ってから行こうと決めた。早く出たのはそのためでもあった。

 とはいえ高校生の財布は心もとない。最近のコンビニは高いから、パン2つと飲み物を買うだけでも500円を超えてしまう。それだけで私の財布の中身はもう半分以上空だ。


「うっ……節約しなきゃ……」


 出来る限り、アイツと会う時間を減らすためにバイトでもしようかな……と思案するけど、私にはそれが出来ない。

 こういう時、少しばかり同級生が羨ましくなる。思い思いにバイトをしたり、好きなことに打ち込めて。

 私はパンを口にしながら、


「……ピアノがなければなぁ」


 なんて、いい訳のように声に出してしまった自分に、嫌気が差していた。コンクールまで時間ないのに、余計なこと考えさせないでよ……と深く息をはくのだった。

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