第2話 おばあちゃん、空気読んで!

「ええ〜!? 凛ちゃん、そんなに遠慮しなくていいのに~!」


お昼休み。私は教室の隅っこでひっそりとお弁当を開けようとしていた。なのに、やたら明るい声が飛んできた。


「だって、せっかく席近いんだから一緒に食べよ? ね?」


声の主は、クラスのアイドル――じゃなかった、おばあちゃん(※見た目16歳)、ことユリさんである。


「いや、ほんと遠慮しとく。私、そっちの華やかなグループ向いてないから」


「そんなの関係ないってば~! 凛ちゃん、ほんとは面白いんだから!」


「いや、その情報どこから!?」


「ばあばセンサー♡」


「それ親バカの強化版じゃん!」


……という小声のやりとりの間も、周囲の視線は熱い。何しろユリさんは、転校してきたばかりでありながら、すでにクラスの中心人物なのだ。


その人気の秘訣はというと――。


ユリさんがパカッと弁当箱を開けた瞬間、教室の空気がざわついた。


「なにこれ、売り物!?」「かわいすぎる……!」


タコさんウインナーに、ハート型の卵焼き、彩り完璧な野菜たちに、桜の花びらをかたどったおにぎり。


……完全にプロの仕事である。


「ユリさん、それ売ってるやつじゃ……!?」

「あら、ちょっと朝から詰めてみただけよ?」


そのチート弁当を横目に、私は自分の弁当箱をあけて――フリーズした。


「って、私のも同じのなんだけど!?」



(ふふっ、凛ちゃんの分も、ちゃんと作っておいたから♡)


小声でユリさんがそんなことを言ってきた。


「凛ちゃんと一緒に朝から作ったんだよね〜♡」


周囲の「うそでしょ!?」という視線に耐えながら、私は冷や汗をかきながら見栄を張った。


「う……うん……」


詰めたのはお弁当だけじゃなかった。私の見栄と、プライドも一緒だった。


加えて時折ぽろっと飛び出す昭和ギャグ(※意味は通じない)が「逆に新しい」とウケているのもポイントらしい。


……ほんと、やめてほしい。


「凛ちゃん、そんな端っこじゃ朝倉くん見えないでしょ~?」


「なんでその名前出すの!? ていうか見てないし!」


「えー、だってさっきから目線ずっとそっち……」


「ばあばセンサー強すぎるでしょ!!!」


 


***


 


その日の午後の授業の体育は、バレーボールだった。


私とユリさんは、なんと同じチーム。


(お願いだから空気読んでほしい……!)


しかし、その願いは開始1分で打ち砕かれる。


「よっ、と!」


ユリさんが軽々とジャンプし、打ったスパイクが、ネットの向こうの床にズドン!と突き刺さった。


「……え、今の音、爆発音じゃないよね?」


相手チーム:「まじかよ……反応できなかった」

「あれ絶対バレー部じゃん」


(いや、ちがっ……おばあちゃんなんですよ!?)


しかも、


「ジャンプのコツは、背筋とヒザよ~♡」


「それ、誰情報!? ていうか跳躍力バグってる!!」


そのあとも、レシーブ→トス→スパイクを一人で完結させるという、ルール無視の見たことないバレーを披露し、ユリさんは一躍ヒーローに。


「……白石ユリさん、運動部の助っ人とか興味ない?」


「先生ぃぃ!? 空気、読んで!!」


 


***


 


朝倉蒼真くんは、私の片思い相手だ。

優しくて、明るくて、誰とでも自然に接する人。

だけど、その優しさの中にあるほんの少しの気遣いが、私には特別に見えていた。


ユリさんが転校してきてからというもの、彼と話す姿を何度も見る。


映画の話、音楽の話、スマホアプリの話――。


「おすすめされた映画、観てみたよ」

「マジで? あれ、泣けるだろ?」

「うん……でもあの演出、ちょっと狙いすぎじゃない?」

「うわ、それ俺も思った!」


その自然なやりとりに、思わず机をかじりたくなる。


(私、あのレベルの会話、朝倉くんとしたことない……!)


 


***


 


放課後。


「今日は買い物寄って帰りたいんだけど、一緒にどう?」とユリさんに言われたけれど、私は思わず断ってしまった。


「ごめん、ちょっと用事あるから……」


用事なんてない。


でも、今日の百合さんは、朝倉くんと昼休みずっと一緒にいて。

なんかもう、ダメだった。


帰り道、私は一人で歩きながら、ふと立ち止まる。


(なんで私、こんなにイライラしてるんだろ)


悔しいのか、情けないのか、よくわからない。


でも――


「ほんとは、羨ましいんだよね」


ユリさんみたいに明るくて、みんなに好かれて、会話もうまくて。

私だって、変わりたくて、高校デビューしようとしてた。


だけど、うまくいかなくて。


気づけば、また隅っこに戻ってて。


(なのに、ユリさんは……)


天然で、チートで、誰にも真似できない存在で。


――そんな祖母に、敵うわけがない。


「……でも、私は私だし」


悔しいけど、今日の私は今日の私。


明日の私は、もしかしたらもうちょっとだけ変われるかもしれない。


そう思いながら歩き出したそのとき――


「凛ちゃん! 追いついた~!」


――まさかの、制服姿のユリさんである。


「ちょっ、なんで!? 買い物じゃ……!? ていうか制服で走るな!」


「だって凛ちゃんが元気なかったから!」


「いやもう……まじで空気読んで……!!」


「え~? でも、元気になったでしょ?」


……なんかもう、ぐうの音も出なかった。


「うん。ちょっとだけ、ね」


笑いながらそう言った私に、ユリさんはニッコリ笑って、手を差し出した。


 


***


 


おばあちゃん。


あなたはちょっと天然で、ちょっと空気が読めなくて、人生経験チートだけど。


でも私は――


そんなあなたに、ちょっとだけ憧れているのかもしれない。

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