第5話「覚醒の瞬間」



「今日から特訓を始めるわよ」


 放課後の体育館で、美月先輩が俺を待っていた。既に体操服に着替えていて、いつもの上品な雰囲気とは違う凛々しさがあった。


「何をするんですか?」


「まずは基本から。あなたの能力の正確な把握」


 美月先輩が手を上げると、軽微な重力操作で数個のボールが宙に浮いた。


「このボールに向かって、私の能力をコピーしてみて」


「でも、暴走したら...」


「大丈夫。私が見てるから」


 美月先輩の優しい笑顔に、俺は頷いた。


 集中する。美月先輩の能力を視る。


 彼女の周りに淡い紫色の光が見えた。重力操作の能力だ。


 その光を自分の中に取り込む。


 瞬間、俺の手元のボールがふわりと浮き上がった。


「成功ね」


「これで良いんですか?」


「ええ。でも今度は強化してみて」


 俺は意識を集中させる。コピーした能力に、自分の力を注ぎ込む。


 すると——


 体育館中のボールが一斉に宙に舞い上がった。


「すごいわ!」


 美月先輩が目を輝かせる。


「私の十倍は強い」


「これが俺の能力...」


 改めて実感する。確かに俺の力は規格外だった。


「でも制御は完璧。三年前とは大違いね」


 美月先輩が感心する。


「ありがとうございます。でも...」


「まだ不安?」


「はい。実戦で使うとなると...」


 その時だった。


 体育館の扉が勢いよく開かれた。


「やっぱりここにいたか」


 竜也が立っていた。その後ろには生徒会のメンバーたちも続いている。


「神崎君?」


 美月先輩が眉をひそめる。


「先輩、俺は見ました」


 竜也が興奮した様子で言う。


「今、橘が能力を使った」


「何のことかしら?」


「とぼけないでください!ボールが浮いてたじゃないですか!」


 竜也が指差す。確かにボールはまだ宙に浮いていた。


「ああ、これは私の能力よ」


 美月先輩が平然と答える。


「嘘だ!橘の周りに光が見えた!」


「光?」


 生徒会のメンバーたちが困惑する。


「神崎君、あなた疲れてるんじゃない?」


「疲れてなんか...」


 その時、竜也が俺に向き直った。


「橘、もう一度決闘を申し込む」


「竜也君、さっき却下されたでしょう?」


 美月先輩が間に入る。


「今度は正当な理由がある」


 竜也の瞳に確信の光が宿る。


「橘が能力を隠して、学園を欺いている」


「証拠は?」


「今見た!」


「あなた一人の証言では...」


「じゃあ、証明してもらおう」


 竜也が一歩前に出る。


「橘、もし本当に無能力者なら、俺の攻撃を避けられないはずだ」


「神崎君、それは危険よ」


「手加減します。でも、もし避けたら...」


 竜也の手に青白い電撃が宿る。


「能力者だと認めるんだな?」


 俺は美月先輩を見た。彼女は小さく頷く。


「分かった」


 俺は立ち上がった。


「やってみろ」


「橘!」


 美月先輩が声を上げる。


「大丈夫です、先輩」


 俺は竜也と向き合った。


「ただし、条件がある」


「条件?」


「これで俺が能力者だと証明されたら、お前は二度と俺を無能力者呼ばわりしない」


「当然だ」


 竜也が構える。


「行くぞ!『雷帝』!」


 青白い電撃が俺に向かって放たれる。


 その瞬間——


 俺の体が勝手に動いた。


 電撃を避けるのではなく、受け止める。


 竜也の雷を、俺の雷で相殺したのだ。


「何だと!?」


 竜也が愕然とする。


 俺の周りに、竜也と同じ青白い電撃が踊っていた。


「コピー...能力?」


 生徒会のメンバーが息を呑む。


「そうだ」


 俺は静かに答えた。


「俺の能力は、能力をコピーすることだ」


 体育館が静まり返る。


「でも、それだけじゃない」


 俺は意識を集中させる。


 竜也の雷に、自分の力を注ぎ込む。


 すると、俺の雷が竜也の雷を圧倒し始めた。


「馬鹿な...」


 竜也の顔が青ざめる。


「俺の能力は、コピーした能力を強化することもできる」


 俺の雷が竜也の雷を完全に打ち消す。


 そして、余った電撃が体育館の天井に向かって放たれた。


 ドォォォン!


 天井に大きな焦げ跡ができる。


「これが...俺の本当の力だ」


 俺は電撃を消した。


 生徒会のメンバーたちが呆然と俺を見つめている。


「信じられない...」


「Sランクの神崎君の能力を、一瞬でコピーして、さらに強化...」


「そんな能力、聞いたことない...」


 ざわめきが広がる中、竜也だけが動けないでいた。


「神崎君」


 俺が竜也に歩み寄る。


「俺はお前より強い。それは認めるか?」


「...」


 竜也が答えない。


「でも、それでお前を見下すつもりはない」


 俺は手を差し出した。


「むしろ、お前の雷は素晴らしかった。コピーする価値のある能力だった」


 竜也が俺の手を見つめる。


「なぜ...隠していた?」


「理由がある。でも、もう隠すつもりはない」


 俺は真っ直ぐ竜也を見つめた。


「これからは、俺も含めてみんなで学園を守っていこう」


 長い沈黙の後、竜也が俺の手を握った。


「...負けたよ」


 竜也が苦笑する。


「お前の勝ちだ、橘」


「蒼真でいい」


「じゃあ俺も竜也でいい」


 握手を交わす俺たちを見て、美月先輩が嬉しそうに微笑んだ。


 その時、体育館の扉が再び開いた。


「何事ですか、この騒ぎは」


 麗華が現れた。生徒会の緊急招集で呼ばれたのだろう。


「白銀さん」


 俺と竜也が同時に振り返る。


 麗華は呆然と立ち尽くしていた。


「蒼真君...あなた...」


「ああ。俺は無能力者じゃない」


 俺は正直に答えた。


「能力者だ。それも、かなり特殊な」


 麗華の瞳に、驚きと困惑が混じる。


「でも、なぜ隠していたの?」


「...いつか話す」


 俺は約束した。


「必ず」


 麗華が小さく頷く。


「そうですね。待ってます」


 夕日が体育館の窓から差し込んでくる。


 俺の隠れた日々は、今日で終わった。


 明日からは、橘蒼真として、正々堂々と学園生活を送る。


 そして、いつか桜花を救うために、この力を正しく使う。


 それが、今の俺にできることだった。


「さあ、みんな帰りましょう」


 美月先輩が手を叩く。


「今日のことは、とりあえず内密に」


「はい」


 生徒会のメンバーたちが頷く。


 俺は最後に天井の焦げ跡を見上げた。


 あれが俺の力の証。


 もう後戻りはできない。


 新しい戦いが、これから始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る