第26話 情熱的な伯爵様だね






 ――冷たい石の床が、じんわりと背中に痛い。


「――起きろ。聖王子の偽物」


 うっすらと目を開けると、ぼんやりした天井が見えた。石造り。天井が低く、湿気がこもってる。


 ――地下?


 しかもこの空気、ただの地下じゃない。あちこちに鉄の輪と錆びた鎖。壁には使い込まれた拷問器具。やべぇ、漫画でしか見たことねぇタイプのやつ。


 ……え、なに、オレ、縛られてる?


 両手は頭の上、鎖で吊られ、足元は床に固定されている。動こうとしても、ギチ……と鉄の軋む音がするだけ。


 ちょっと待て。オレ、こういう趣味ねーからな? 縛られる側とか、マジで向いてないんだってば……


 そしてオレの前には、ガルナード伯がいた。


 てか立ってる!

 おっさん立ってる!!


 がっつり、杖も車椅子もなしで、堂々と、床に足をつけて、立ってる!


 車いすも杖も、それっぽい演出だったってこと!

 なんかショック!!!!


 しかもこの部屋、屋敷の地下ってこと? このおっさんの趣味ってこと? 貴族怖い!!


 口をぽかんと開けて呆けるオレに、伯爵は冷ややかに視線を落とす。


「やはり、よく似ておる……影武者に選ばれることはあるということか」


 ハァ? 影武者扱いされてんの、オレ。


 まあわからなくもないけど。

 死んで生き返った聖王子の中身がクズホストなんて誰が信じるんだ。

 復活の場にいたやつらしか信じねーだろ。


 普通のやつは、別人のなりすましって思うだろうさ。


「……しかし、品のない顔だ。教育は間に合わなかったか」


 身体おんなじなんですけど?


「――本物の聖王子はどこにいる」


 オレが聞きてえ。つーか目の前。たぶん。


「……やはり、死んでいるのだな?」


 ちょっと待てよ、せっかちさんだな。こっちの返事聞く気がないな。


 ……でもまあ、そうだろうね。でも、それをオレが認めるわけにはいかないんだよな。


「聖王子が死んだにも関わらず、影武者を立てて、下賤な手段で王位を簒奪しようとしているなど……許されることではない。神に、王権に対する侮辱である……!」


 そういうロジックねー。


「そうです。オレはしがない神聖術使いです。聖王子様じゃないんです。だから、見逃して」


 にこっとホストスマイルすると、伯爵、剣を手に取った。


 おいおい、マジかよ。


「貴様には、ゆっくりと吐いてもらう……エルスタージュ侯爵家の計画をな」


 んー? エルスタージュ? どっかで聞いた名前だな。確か、アマーリエの家の名前?


 つーかオレ、これから拷問されるわけ?

 マジで怖いんですけどぉ?! オレは自分で自分を癒せないしさぁ!!


「吐く吐く。全部吐く。知ってること全部教える」

「では、エルスタージュ侯爵令嬢は何を考えている」


 ざっくばらんとしすぎー!

 もうちょっと、答えやすく! 質問を、絞って!


「え、ええと……あの街を、信仰と芸術の都市にすること……?」


 なんかそう言ってた気がする。

 オレの肖像画いっぱい描いてるし。


「……貴様は何者だ」

「ホストのユーリです。たまたま王子様と同じ名前でした。たまたま神聖術が使えました、はい」


 これは本当。


「どのように神聖術を使えるようになった」

「気づいたら使えてました。ちょっと練習はしました」


 これも本当。


「貴様の背後にいる黒幕は誰だ」

「クライヴなら大体背後にいるけど」

「……聖王子の近衛騎士か」

「事務方はアマーリエ。全部任せてる」


 オレはただのサイン係。


「やはり、エルスタージュ侯爵令嬢と近衛騎士が結託し、貴様を聖王子に仕立て上げたと……これは、王権への反逆だ!」

「まったくそのとおりでございます」

「ふざけとんのか!!」

「ンなこと言われてもな~」


 なんで正直に答えてるのにブチ切れてんの?


「ところでクライヴはどうしてんの?」


 心配してないけどさ、いちおう気になる。


「やつにも反逆の疑いがある。ヴァレンシュタイン家に生まれながら、このような陰謀を企てるなど……堕ちたものよ」


 なんかまた舌噛みそうな家名だな。クライヴそんな立派な名字だったの?


 いやー、クライヴはよくやってるよ? 本人は不本意かもしれないけどさ。


「貴様らの真の目的は何だ」

「えーと……街づくり? 都市再開発?」

「もっと根本的なことだ! いまだ継承戦から降りぬということは、王位を狙っておるのだろう?! 王家をどうするつもりだ!」

「えっと……あ、オレ? わかんないけど、ぶっちゃけ王様はめんどくさそうだからやりたくないです。ホストやっときたいです」


 王様となったらさすがにサイン係で済まないだろ?

 サイン係でも大変なのにさぁ。


「――――ッ、ならば、誰が王にふさわしいと?」

「アマーリエ?」

「貴様……正気か? 王族でもない女が王に?」


 でも有能だぜ。王様になったらきっと皆の幸せを考える。


「じゃあクライヴ」

「護衛が王に?! 何を言っているッ!!」


 真面目でいいと思うんだけどなぁ。皆が安心して暮らせる国を作るんじゃね?


 それでもダメなら――


「じゃあお前やる?」

「私ではない!!」

「……王様なんて誰でもいいじゃん。皆を幸せにするならさ」

「――――ッ!!」

「他の王子でも王女でもいいよ。誰がやったってそう変わらねーだろ」

「変わるに決まっているだろうがああああああ!!!!!」


 伯爵、ブチギレ。


「血筋! 伝統! 儀礼! 忠誠! そのすべてが積み重なって――王権なのだ!!」

「はー……王様って大変だね」

「お前はなぜそんなに軽いッッ!!」

「いや、人生に重さ求めてないんで……」


 オレは気楽に楽しく生きたいだけ。


「――でもまあ、オレが勝手に喋ってるだけだし? 本当の黒幕とかいたとして、アマーリエとかクライヴとかがオレに教えてくれるわけねーし。そういうのも全部任せてるし」


 あいつらが何を考えてようと、オレはしたいようにしか動かないし、動けない。だって異世界わけわかんねぇし。


「オレはただのお飾りで、自分勝手に街づくりして、皆がいい感じに協力してくれてるだけ」


 自由にやらせてもらってます。


「お前……まさか本当に……何も考えていないのか……?」


 オレはちょっと考える。


「うん。たぶん……そうだと思う」

「――――ッ!!」


 ん? なんかめちゃくちゃショック受けてない?


「私が……どれだけ命を懸けて派閥をまとめあげていると……! 貴族たちを説得し、証拠を集め、議会に提出するタイミングを計り、すべてを――」

「そんなんしてるの? すげーじゃん。ヨッ! 根回しの鬼!!」

「貴様あああああああああああああ!!!!」


 そんなに怒ったら頭の血管切れるよ。


「ちょっと落ち着いて」

「そもそも貴様がひょこひょこ私の前に現れるから、ついつい捕えてしまったであろうが!」

「へー、ライブ感があっていいじゃん。お嬢様のおかげだな」


 あの子が脱走していなかったら、オレもここに来ていないわけでさ。

 にしてもこのおっさんも、かなりの行き当たりばったりだな。仲良くなれそう。


「だいたい、ホストとはなんなのだ?!」

「あっ、じゃあ――体験してみる?」



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