クズ、異世界の聖王子に転生する

朝月アサ

第1話 クズホスト、異世界の葬式で目を覚ます



 酒と嘘と色恋にまみれたオレの人生は、あっけないほど簡単に終わった。


 ――歌舞伎町の路地裏。

 ネオンの灯りすら届かない、ジメッと湿った狭い通り。ゴミと煙草の臭いが染みついた場所で、オレは女に背中から刺された。

 情なんか一滴も感じない冷たい一突きだった。


「ねぇ……ユーリくん……なんで、ジュリアじゃダメだったの……?」


 泣きそうな声。泣きたいのはこっちだよ。でも涙も出やしない。肺に血が流れ込んでるのかひたすら苦しい。溺れているみたいだ。


 カツカツと、ヒールの音がネオン街に遠ざかっていく。


 せめて救急車ぐらい呼んでくれ。止血ぐらいしてくれよ。

 そんな価値もないってことか、オレは。


 クソ、ご丁寧にナイフを抜いていってくれやがって。

 血がどんどん流れていく。命が身体から裏通りに零れていっているのがわかる。


 オレはここで死ぬのか。


「――はっ、なんでって……」


 最後の問いに、オレは笑った。

 声はたぶん声になっていない。それでも吐き捨てずにはいられない。


「……ホストが客に、本気になるかよ……」


 それがオレの、最後の本音だった。


 痛みは意外と遠くて、代わりに頭の奥の方がぼうっとしてくる。

 目の前が暗くなっていく中で脳裏に浮かんだのは、金、酒、女――それだけの世界。


 昼はうさんくさい営業トーク、夜は酒と色恋営業。そしてカネ。カネカネカネ。一夜で飛び交うタガが外れた金たち。キラキラもしていないただの数字。点滅するネオンと同じだ。明日には腕時計にでも化けるような、ギラついた儚い虚構。


 ――くだらねぇ。


 上っ面の嘘と愛想で塗り固めた日々。全部が。


 ほんっとうにくっだらねぇ。


 空っぽのグラスよりも空っぽな、くだらない人生の終わりがこの場所だ。笑える。笑えねえよ。


 誰か泣くだろうか? 泣かねぇな。

 ナンバーツーのホストが消えたところで、三日もたてばみんな忘れる。更新のないアカウントなんて、新しい情報に押し流されて、下段のゴミに紛れてわからなくなる。オレの客たちだって、少し経てば別の推しを見つける。


 所詮、代わりの効く汎用品。

 好きも愛しているも、オレのための言葉じゃない。自分が言われたいだけの言葉。

 それを返してくれない相手に、誰が労力を割くってんだ。


 ――ああ。ほんっとう、クソみてぇな人生だった。



◆◆◆



 ――眩しい。

 瞼の裏が、やたら白くて眩しい。


 ――くさい。

 なんだこれ、花の匂い? 生花か? 誰のバースデーだ?


 ――うるせえ。

 なんだこの歌? 読経? とにかくうるせえ。死んでまで坊主の説教とか聞きたくねえよ。

 それに、いくつもの、すすり泣く声。誰が泣いてんの?


 不愉快だな。なんか葬式みてえ。


 ……葬式?

 ああ、オレ、客に刺されて死んだんだよな。

 死んだって意識はあるもんなのか? 葬式中にどんな葬式かわかるのか?


 ……それって、燃やされるとき地獄じゃね?

 嫌だよ意識のあるまま燃やされるの。どんな罰だよ。


 そもそも誰がこんな葬式上げてんだよ。オレ、家族いねぇぞ? オレの稼ぎ、この前バカ高い腕時計買ったから残ってねーし。金遣いがバカ? 仕方ねえだろ、欲しかったんだから。


 店? んなわきゃねえ。

 女? どの?


 親父は酒で身体を壊して死んだし、母さんはとっくの昔に出ていって行方も知れない。きっとどこかで新しい男と仲良くやってる。


 誰か知らねえけど、葬式上げてくれる金があったらもっとドンペリ入れといてくれよ。シャンパンタワー立ててくれよ。


 ――ああ、もう。うるさい。

 うるさい。うるさい。うるさい。


「――うるせええええぇぇえ!!」


 イライラが爆発して、起き上がって叫ぶ。

 うるせーんだよ、この読経!! 黙れ! 泣くなアホども!!


「――オレは死んでねぇんだよ!!」


 目を開けて見えたのは、結婚式を挙げる教会に似てるがよっぽど大きくて広い場所だった。


 白い袈裟を着た坊主ども、黒い服を着たド派手な――だが自然な赤髪の女。そして、鎧を着た男たちが、呆然としながらオレを見ていた。


 真っ白な、光に満ちた光景の上から、白い花びらが降ってくる。

 それはオレの頭の上や服から落ちてきたものだった。


 足元は、白い花に埋め尽くされている。


「……は?」


 これ、もしかしなくても棺の中か? オレ、棺の中で寝てたの? いや死んでたの?

 死んでるのに、どうして起き上がってんだ。どうしてやつらはオレを見ている?

 これ、どういう状況だ?


「ユーリ、さま……?」


 なんかやたら美人な、喪服っぽい格好の赤髪の女が青い目でこっちを見ている。


「い、生きておられる……! 奇跡……聖王子様の奇跡だ!!」


 なんかやたら偉そうな坊主が叫んでいる。

 葬式の坊主って袈裟白かったっけ? それになにそのコックみたいな天を突く帽子。地味なようで派手すぎね?


 それに――……


「…………」


 少し遠くから、黒髪のやたらイケメンの騎士の格好をした男が、オレをまっすぐに見てきている。ホストじゃねーよな。もしかして俳優か?


 なんだこの状況。

 まるで、外国映画の葬式シーンの棺の中にぶち込まれたような――……ん? オレ小道具扱い? いいところで死んでたから拾って使われた? ンなバカな。


「ユーリ様!」


 喪服美人が涙を流して駆け寄ってくる。


 いや、『ユーリ』はたしかにオレの源氏名だけどさ。


 お前ら、誰だよ。

 ――ここは、どこだよ?




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