突撃! 隣のリンジー
自室のベッドで猫のように丸くなりながら、私は頭から布団を被って横になっていた。少しの光でも頭がズキズキと痛むし、今日は昨日よりも寒い。頭痛さえなければ、貝になるにはそれなりに良い日だった。
床にはカラの包装シートが山のように転がり、頭痛薬の在庫が心配になる。「トリプタン系か予防薬が効いてくれりゃマシなのに」誰に言うでもない恨みの言葉が、部屋の空気に混ざって消えた。
コンコン、
そんなような頃。私の眠りかけた意識が強引に現実へ引き戻され、夢現な視界で、のそり、と起き上がった。窓の向こうに人の気配を感じ、ほぼ無の感情でカーテンを開け放つ。
「………リンジー。あんた何やってんの」
そこには持参した保冷ボックスに腰をかけたまま、芸能人よりも整った顔で笑うリンジーがいた。
正直このままカーテンを閉めてしまいたいが、煩くなることは目に見えているので仕方なしに窓をあけて応対する。
「おりんに用があってきたんだよ」
「玄関から来てくんない」
「ベランダのが近いし、どうせそんな状態じゃピンポン鳴らしたって出てくんないだろ」
ベランダ云々は意味が分からなかったが、後者はとてもよく当たっていた為、図らずも無言で肯定した形になってしまった。頭痛で頭が働かないのも、妙に腹立たしい。
「で、何の用。見ての通り、うち頭痛くて死にそうなんだけど」
「中入っていい? さみい」
「………どーぞ」
リンジーは十二月の初旬だというのに、半袖にカーゴパンツという馬鹿みたいな姿でベランダに立っていた。ベランダで一段低くなっているのに、視線は私よりもずっと高い。
そして右上半身に彫られた蔦のような入れ墨が、露出した首や腕からよく見える。そもそもそんな格好で外にいたら寒いに決まってるけど、まあなんでもいいか。
「薬飲みすぎじゃね?」
「効かないんだよ」
「吐いた?」
「もうなんも出ない」
床に散らばった大量の包装シートを見て、リンジーはだいぶ困った顔をする。私は私で立っているのもツラく、リンジーには悪いがベッドに丸まりながら応答することにした。
「しんどい時にきて悪いけど、オレ明日から急遽仕事で海に行くことになってさ。内臓あったらくんない?」
「内臓……? 普通内臓のストックなんか───、いや、あったね。忘れてたよ」
「うん、順調そうだね」
「なにがよ」
「まあ、お前は半分本能で動いてるからな。感心するよ」
機能していない頭で思い浮かんだ文章をつらつらとあげていくが、結局頭は機能していないので、内臓という言葉以外殆ど頭に残らなかった。
リンジーはあれをどうするんだろう。海って言っていたし、餌にでもするのかな。乾燥させれば飼料になると聞いたこともあるし、まあ詰まるところ餌になるのだろうな。
「冷凍ストッカーに入ってる」
横になりながらリビングを指さすと、リンジーは「助かるよ」そう言って扉の向こうへ消えていった。
助かるのはこっちなんだけど。マヨコくんもリンジーもいなかったら、今頃私は職場に捨てていたかもしれない。まあ、職場でも別に良いんだけどね。
そんなことを考えながら扉を見つめていると、やがて「うわあっ!?」という叫び声が聞こえてきた。今度はなんなんだ。
「おりん! 人の頭入ってるなら先に言っといてくれないかな!」
「ああ、そうだった」
リンジーは内臓の入った袋と頭部の入った袋を両手に掴みながら、憤慨したような表情でバタバタと部屋に入ってきた。どちらもいい具合に凍っており、今の時期ならすぐには溶けなさそうだ。
「頭くらいでびっくりすんなよ」
「頭あったら普通ビビるだろ」
「頭なんか皆ついてんじゃん」
「それが取れてるから、びびってんだよ!」
私は体を少しだけ起こすと、ナイトテーブルに置いてあった水を口に含んだ。頭痛は相変わらずだが、会話を続けられる程には回復している。
リンジーは持参した保冷ボックスに内臓を突っ込んでいくと「頭も持ってってやるよ」と、私の返事も待たずに収納していった。同い年というだけあって、リンジーとは一番気安い。そして面倒くさがりの私は、面倒見の良い彼とは相性が良かった。
「ありがとう」
「頭痛いんだろ。薬以外なんか口入れたのかよ」
「なんも。めんどくさくて」
「食いたいもんは?」
私は壁に体を預けた状態で十秒程考え込むと「林檎のすりおろし?」と、自信なさげに答えた。体調不良時にはなぜか林檎のすりおろしが良い。何故かは分からないけれど。
「磨ってやるから、ちゃんと食えよ」
「自分でやるからいいよ」
「絶対やらんだろ」
「まあ」
リンジーは半ば呆れた顔でキッチンへ向かうと、暫くして林檎を磨る音が聞こえてきた。あんなゴリゴリに墨を入れた兄ちゃんが林檎を磨っているなんて、なんだかシュールだ。
それにしても、頭も持っていってくれるなんて。入っていることすら忘れていたのだから言葉もない。
そんなことを考えていると、リンジーがすりおろした林檎を持ってきた。傍らにはウサギの形に切られた林檎が一切れ乗っている。
「幼稚園児か」
「なんだよ、前は喜んでたくせに」
前、という言葉に頭がぐらりと
すりおろされた林檎を少しずつ口に含むと、空っぽの胃に林檎が流れていく。「美味しい」その言葉に彼は漸く安心した顔になった。
なんだか、前にもこんなことがあったような気がする。うまく思い出せないけれど。でもあの時のリンジーは。
「ねえ、リンジー」
「なに?」
「リンジーはあの時泣いてた?」
「いつのこと?」
「………いつだろう」
「思い出したらまた話そうか。大丈夫、皆ずっと一緒だから」
頭は変わらず痛いままでも、美味しい林檎にカーテンから射し込む光。何ともいえぬ穏やかな午後の時間が静かに流れていく。
私はなんだかほっとしていて、頭が痛いのにどこか満ち足りた気持ちに包まれていた。
*この作品はフィクションです。実在の人物・団体・出来事とは一切関係ありません。
*また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
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